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足に力が入らない。胸にはカムラの剣が。剣を抜かれてようやく、地面に膝がつけた。ラッキー。魔王の方からお前、と怒声が聞こえてくる。カムラの声が聞こえるのだが、何を言っているのかわからない。雪の上に横たわる。そこから見えた景色はすべてがスローモーション。
魔王の体から血潮が噴き出ている。カムラの長い髪が舞う。彼の顔が険しい。彼女も同様だ。彼は強く歯噛みをしつつ、黒い右手を刃に変えた。人間じゃない。でも、表情はまさしく人間だ。その刃でカムラを斬りつけようと試みる。刃は彼女の体に触れることはなく、逆に髪の毛に触れた。ばっさりと斬られてしまう。あ、短い髪のカムラだ。いつも見ている彼女だ。こうして、敵意を持たれているけれども――きちんと話し合えば、理解してくれるだろうか。うん、大丈夫。魔王と同じ存在だというけれども、魔王だって普通に対話ができたのだ。彼女にも根気よく話をすれば、きっと――。
「失せろ」
周囲には白に混じった赤が付着した状態。視界の端には雪の上に倒れている魔王が。ああ、そうだった。カムラに負けたんだ。負けて悔しいって思いで泣いているのかな? それよりも、カムラはどこへ行った? 会って話をしないと。どうして、ぼくに剣を向けたのか。本の中で彷徨っていろって? 結局、話の途中だったようなものばかりだったから。
「行かなきゃ……」
気力だけで動いているというが正しいだろう。今にもフレイヴにとっての生命の火が消えようとしていたのだから。動け、動け、動け。せめて、カムラのところまで。彼女と話をして、できるなら和解をしたい。クラッシャーが勝手に人の体を乗っ取って口走ったことも謝りたい。だって、友達だもん。
ゆっくりと立ち上がり、そこら中に生えている木にしがみつきながらカムラのあとを追う。彼女がどこへ行ったのかはわからないが、手あたり次第捜さなくては。まだ自分は死んでいないのだ。生きている。鼓動が聞こえないようにも思うが、こうして動けるのだからまだ生きているはず。
会いたい気持ちと裏切られた気持ち。二つの気持ちが不気味に混ざり合う。その混沌とした感情はやがて、フレイヴからあふれ出てきた。あふれ出たそれは一番近くにいた魔王の右手にまとわりつく。雪混じりの大風がびゅうびゅう吹いている。長めの茶色い髪が揺れている。その虚ろな目線の先にはピンク色の分厚い本――神様の日記だ。
――今はいつだ?
周りは雪だらけなのに寒くない。冷たさは一切感じない。
――間に合うだろうか?
依然として神様の日記から視線は逸らそうとしない。
――俺が殺さないと……。
体が動いて欲しいと切実に願う。
――早く、俺が殺さないと……。
斬られた体は時間が経てば、動くことは知っていた。なぜって、あの武器に『確実』という言葉はほとんど存在しないから。
――動け。
真っ黒な右手がようやく動いた。
――早く、単独行動をしている『あいつ』を殺さないと!
直後、魔王の目は大きく見開かれる。すると、黒い右手にまとわりついていたフレイヴの感情は彼の感情と共に一気に肥大化していった。それは人の姿を変えるとでもいうようにして、闇のような黒いもやが魔王の右手だけあらず、体中に巡る。そうして人でもない存在となるのだ。
「俺があのときの俺をここで殺さないと」
魔王は知っている。このチャンスを逃せば、再び世界はループする、と。




