246ページ
運命の時間を間もなく迎えようとしていた。吹雪の中、魔王はいた。カムラの本の中に入れたことに感謝はしているようだった。さて、先を急がなければ。時は一刻も争う。そう、移動しようとするのだが――。
「魔王っ!」
走ってきたのだろうか。後ろには誰かさんによく似た少年――フレイヴが息を切らしていた。急ぐ自分を止めるつもりらしい。魔王は「時間がないんだ」と対話をする気がない。
「俺はもう心が孤独になるほどつらい思いをしたくない」
「ぼくだって同じだっ!」
まだ話が終わっていない、とフレイヴは地面に落ちていた木の棒切れを拾い上げて構えた。これで勝てるなんて微塵も思っていない。それでも、魔王を行かせるわけにはいかなかった。何も知らないまま、ここで過ごすつもりはないのだから。
唯一、人間らしい左の薄い青色の目でこちらを見ながら魔王は「なんだ」と話ぐらいはしてくれるらしい。どこまで本当のことを教えてくれるかはわからないが、嘘ではないことを祈ろう。
「なんで、ぼくを……。ぼくにカムラを殺させようとしたの?」
「…………」
「ぼくは友達を殺したくなんかないのに。大切な人を失った人間が、そんなひどいことができるとでも思ったのか!?」
魔王は何も言わない。
「大体なんだよ! 世界を終わらせるとか、ループするとか……! 完全にぼくは巻き添えじゃないか!」
冗談じゃなかった。ようやく世界の真実に辿り着けたというのに。世界を終わらせるためにカムラを殺せとか。そうする気がないならば、また同じつらい目に合えとか。なぜにこんなことをした。なぜに世界改変をした。それだからこそ、カムラに嫌われるじゃないのか。
「ぼくはっ……ぼくは……ただ、平穏に暮らしたいだけなのに!」
あふれ出てくる涙。生まれて、両親に育てられて、五年間の軍役を経て、普通に誰かと結婚して、子どもと奥さんと楽しく過ごして、老いて死にたい。穏やかな人生を歩みたかった。ナズーが自分たちを苦しめる存在だとしても、まだ故郷を失うよりかはマシだった。
「お前なんて最低だっ! 何もかも、ぼくをクラッシャーに勝手に仕立て上げて……!」
だから、カムラに嫌われた。もう、嫌だ。ボロボロとこぼれる涙をフレイヴは服の袖口で拭き取った。その姿はさながら泣きじゃくる小さな子どものよう。頬に垂れた涙を強く拭き取り、魔王の方を見た。吹雪が荒れている。まるで、あの場所のようだ。変な夢を見た場所とは少し違うが、似ている。
一番強い風が吹き荒れた。思わず、フレイヴは目を瞑る。ややあって、目をそっと開けると――。
「俺も同じだよ」
魔王はそう言った。フレイヴに似た――クラッシャーに似た少年の姿を見せて。彼は真っ黒な右手を見て憂う。
「クラッシャーが俺たちを作った。俺たちはあいつの駒通りに動かなければ、どうすることだってできないんだ」
それがたとえ、独りになろうとも。すべて気付いたとしても。運命から逃れることはできない。世界は心を孤独にするほど俺たちを嫌っているのだから。




