239ページ
カムラを信じるべきか、魔王を信じるべきか。両手に二つ。どちらも嘘つき。正直者はここに一人しかいないのである。扉に触れる手に迷いが生じる。二人に話を訊けばいいものを、フレイヴは不安に思うのだ。
クラッシャーはすべてを教えてくれるならば、魔王だと言っていた。一方でカムラはどうなのだろうか。友達ならば、教えてくれるだろうか? いや、彼女は生粋の嘘つき。呼吸をするように人を騙す。だが、信じたいのだ。こうして、友として戦った証が右手にあるのだから。
――それでも、ぼくはカムラを信じたい!
フレイヴは右の扉に手をかけた。中へと入り込むと、廊下よりも薄暗い部屋だった。部屋の中央からはキイキイと金属が軋むような音が聞こえてくる。ここにカムラがいる?
ゆっくりと、音が鳴る方へ足を向ける。こつん、こつん、と靴底が床とぶつかり合う。
「カムラ?」
本当にカムラはここにいるのだろうか。逆に不安に思う。本当はクラッシャーに騙されているのではないだろうか、と。しかし、そうではなかったようだ。金属の音がする方へとやって来ると、うっすらとではあるが、巨大な鳥かごの檻に人が座り込んでいたのだから。その人物がフレイヴにとって、どことなくカムラであることを知らしめるようだった。彼はもう一度呼びかける。
「カムラ? ぼくだよ、来たよ」
あえて『助けに来た』だなんて言わない。これは言わば、引っかけにもなる。もしも、カムラが『助けに来てくれたんだ』と安心した声が聞ければ、彼女は嘘つきではないことがわかるはず。逆にそれ以外の反応を見せるとするならば――。
「あたしを殺しに来たのか」
カムラは何でもお見通しのようだ。これまでにおいて、初めて聞く彼女の低い声。怒り、挑発と言ったような声音ではない。明らかな殺意。彼女は微動だにしないまま「殺しに来たのか」と二度目の設問をする。
「殺しに来たんだろ。クラッシャー風情が」
「ねえ、カムラ。きみに訊きたいことがあるんだ」
真実を知りたかった。本当は、嘘は嘘でした、と言って欲しかったから。こちらのカムラに対する殺意は一切ない。まだ友達としていたいから。言葉は嘘であっても、これまで過ごしてきた日々は嘘ではなかったのだから。
フレイヴが訊こうとするのだが、カムラは「知ってどうする?」と反問をした。どんな質疑にも応答しないらしい。なんとも彼女らしい、というべきなのか。そこは本来見てきた性格と変わらないな、と思った。
「ぼくはきみの友達だから知りたいんだよ」
「けど、あたしはあんたを友達として見ていない」
「それは魔王に言われたから? それとも、クラッシャーに? ぼくはこうしてカムラに会いに来たじゃないか。会いたかったんだよ」
「…………」
「ここには一人しか来れなかったけれども、オルチェさんやアルフレッドさんはいなくなってしまったけれども……それでも、ぼくはカムラに会いたかったんだ」
だから、とフレイヴが強くカムラの剣を握りしめたとき「そうだよ」とクラッシャーの声が聞こえてきた。いや、彼の声が聞こえるならば、頭に響くようにして聞こえてくるはず。後ろの方から聞こえてきたのは――ああ、彼がいた。魔王だ。魔王は部屋の入口に立って「それだよ」と苦笑い。
「そうして俺は、悪神カムラに騙された。今度は『俺』もだ」
「はぁーん、同じやつなら同じ騙され方をされるばかってところか」
「ああ、ばかだよ、俺は。俺は本当、ダメなやつなんだよ」
魔王のあまりにも皮肉な笑い声はこの部屋に響くのだった。




