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世界は心を孤独にするほど俺たちを嫌う  作者: 池田 ヒロ
◆第十九章 人とバケモノ◆
207/263

207ページ

 可能性はあるように見えていた。だが、現実はそうとは限らなかった。ナズー(?)となってしまったオルチェに顔を向けながら、フレイヴは急いで体を起こす。こうしている間も相手は攻撃の手を止めるはずがない。それが故に彼は雪の上に仰向け状態で真っ黒な爪の一撃を受け止めた。これがまた重い! 自分自身の腕力が非力だと思い知らされる。


 人の心を失くした存在は人の声届かず。いくらフレイヴがオルチェの名前を呼んでも効果は一切なかった。それどころか、自分の名前すらも思い出せないまでに記憶がおかしくなってしまったのか。


「うぐぐっ……!」


 何か手立てはないだろうか。力の差が歴然としている相手を受け流せるようなやり方は。押し返すなんて不可能。無理。だから、そうするしかない。考えようとすればするほど力が押されていく。もう限界。だったら――。


 フレイヴは受け止めていたカムラの剣で黒い爪が地面に行くようにして、傾けた。その爪は剣身を滑るようにして、雪の上へと突き刺さる。これが間合いを取るチャンスだと言わんばかりに、彼は剣の柄の方でオルチェのあごに向かって突き立てた。その場に鈍い音が――風によって掻き消される。


 できるならば、傷付けたくない。そんな思いの最中、もう一度剣の柄でオルチェの顔面に叩きつけた。こうでもしなければ、彼は正気を取り戻さないだろう? いいや、こうして彼は「フレイヴ?」だなんて言わないはず。もしも、反応を見せるならば、怒りの感情を表すだけだろう。これでも元は人間。感情くらいは――。


 山のどこまでも聞こえそうなほどの大声。この声自体が攻撃ではないだろうかと思うほど。びりびりと地面が震えている気がした。それでも、独りぼっちは嫌だ。それだからこそ、フレイヴも叫ぶ。


「オルチェさんっ! 戻って……ぼくのところに戻ってきてください! 帰ってきてくださいっ!」


「うぅっ……嫌だっ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁああああ!!」


 フレイヴが叫んだとき、オルチェは我に返ったようにして、頭を抱え出す。今にも泣きそうなぐらい、声が震えていた。何がそんなに嫌なのか。困惑する彼をよそに、まだまだオルチェは叫びまくる。


「もう嫌だぁあ! 痛いから嫌だっ! 腕が痛い! 死んじゃうっ……助けてっ!」


 腕が痛い? それは真っ黒になってしまったナズーのような腕になったことが原因か。人はナズー化に伴って、身体に尋常ではないほどの痛感を覚えるのだろうか。そうだとするならば、理不尽に暴れるのも無理はない。ならば、痛みをどうにかして和らいであげなければ。


「落ち着いてください、ぼくが何か方法を見つけますから」


 オルチェはフレイヴの忠実なる下僕。そうであっても、一応はナズーのいない世界にする旅をする仲間。絶対に見捨てたりするものか。すべてに可能性がある限り、アルフレッドだって――。


 優しく声をかけたときだった。フレイヴ自身の声が煩わしいと思ったのだろうか。オルチェの真っ黒な爪は目にも止まらぬ速さで彼の腹に穴を空けてしまった。空けられた穴から止めどなく血を垂れ流し、雪の上へと身任せで転がるしかなかった。

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