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記憶にございません?




ここはどこだろう?

暗くて、雲……?霧……かな?霧がたちこめている。

周りには誰も居ない……。レビさんもオプション先生も、誰も……。


おぉーい、誰かいませんかー……?


声をあげてみても、返事は……ない。


だが、返事の代わりにどこかぼやけたような誰かの声が辺りに響き渡った。


「よお、ぺルビハンター。今上がりか?」


「これはまた多いなぁ?ひーふーみー……、今日も8頭か?こりゃ街の周りのぺルビはみんなあんたに狩られちまうな!ははははは」


「最近ぺルビ肉がよく出回ってると思ったら、なるほどなぁ。さすがぺルビハンターと呼ばれるだけはあるぜ」


内容が無いような声が鼓膜を揺らす。

みんな何を言っているんだろう……?

ぺルビハンター?誰のことだ?俺の名前はぺルビハンターなんかじゃない。俺は、俺は、あれ?俺は……?



「マオさんおめでとうございます。銅ランク3級に昇進ですよ!異例のスピード昇進ですね!新人冒険者の中でも1番の注目株ですよ!私も鼻が高いです!ふふーん!」



あぁ、そうだ俺は、マオ……、そう、マオだ。

貴方は、ラウラ、さん?また、そんなことを大声で……。

先輩方に、目をつけられるから辞めて下さい。……マジで……。いやほんとに……。



「そう言えばマオ様。従魔獣登録するのにこの子に名前をつけなくてはいけません」


え……?レビ、さん?……名前……あぁ、手触り最高のペルビの……。

名前……じゃあ……触り心地が、絹織物みたいだから……シルク……じゃ、そのままだな……。なら、シルキー、シルキーでどうでしょうか……。



「はい、じゃあそれで」



あ、そんなあっさり……。ま、まぁ、良いか。……よろしくな、シルキー。


ふふふ、やっぱりシルキーの手触りは最高、だな……。


……べー……


!?……この鳴き声は……?


べー……べェー……


ぺルビ?こんなにたくさん……?何で、そんな目で俺を……あ、あぁ、そうか、俺は……お前たちを……お前たちの家族を……。

ま、待て。確かに、あの依頼は俺が選んだけど……。

お前たちをやったのは……えーと、あぁ、俺か……。


いやでも……すまん、俺が、あんな依頼を受けなければ……。


うぅ……。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「はっ!!」


暗闇の中で包まれていた霧が、サァッと晴れる様な感覚がしたと思うと、目の前がパッと明るくなった。


ぼんやりとした頭を振り、意識をはっきりとさせる。

何が起きたのかと辺りを見回すと、そこはどこかの食堂のようでガヤガヤと賑わう人々がテーブルについて食事をとっている姿が見える。

そして、俺の前には鉄板の上でジュウジュウと美味しそうな音と匂いを振り撒く分厚い骨付き肉が鎮座していた。


その重厚なフォルムは見るものを圧倒し、その豊満な香りは嗅ぐものを魅了する。

見た目の上では非の打ち所のない骨付き肉がそこにはあった。


これは、俺のか?でも、こんなのを頼んだ覚えは……?


「食べないのですか?」


その大きな骨付き肉の向こうから声がして、そちらに目を向けると優雅にナイフとフォークを使って自分の分の骨付き肉を食べているレビさんの姿があった。

一口大に切り分けた肉を口に運び、もにゅもにゅと咀嚼するその様は、相も変わらず美少女である。


「い、いや、これは俺の分です?」


「もちろんですよ。これで良いですか?と聞いたら頷いたじゃないですか」


俺の問いを何を言っているんだろう?みたいな顔で肯定するレビさん。


あぁ、やっぱり俺の分で間違いなかったか。

骨付き肉で良いかと聞かれた覚えも、頷いた記憶も全くないような気がするが?おかしいな?まぁ、良いか。


ふっ、と息を一つ吐き、ナイフとフォークを使って肉を切る。

骨付き肉の分厚さは中々の物だが、その肉質は見た目より遥かに柔らかく、ナイフを少し動かすだけで簡単に骨から切り分けることが出来た。

肉の断面からは肉汁が滴り、表面はしっかりと焼かれ、中は赤みが残った状態で残されており、ちょうど良い焼き加減になっている。


それを口に運ぶと、肉本来の旨味の中と表面に振り掛けられていた荒々しい岩塩の風味が口の中で踊った。


あぁ、美味い。美味いなこれ。

何の肉だろう?やっぱり牛かな?この世界でも牛は美味いんだな。感動するわ。

でもこんな肉ならそこそこのお値段するんじゃないか?

我が家の家計から見たら中々の出費では?

あぁ、でもたまの贅沢なら良いのか。うん、良しとしよう。こんなに美味い肉の前でごちゃごちゃした思考は邪魔だし、肉に対して失礼だもんな。うん、集中しよう。

さぁもう一口。……あぁ、美味い。


あまりの肉々しい美味さに感動していると、レビさんが何やら微笑ましい物を見るような顔でこちらを見ている。


何ですか。美味い肉を食べてにやついちゃいけませんか。


そんな感情を込めつつ微笑み返してみるが、おのれ美少女。さすが美少女。笑顔のレベルでは勝ち目がないな。


「美味しいですか?」


「美味しいですよ。肉の旨味と、岩塩かな?塩の風味が合わさって最高に美味しいですね。これ、何の肉ですかね?あんまり食べたことないなぁ」


「何を仰るんですか。ここ数日毎日のように食べてるじゃないですか」


えっ?こんな美味しい肉をここ数日毎日?記憶にございませんが?お財布事情は大丈夫です?

あれ?と言うか数日?そんな数日なんて経ってましたっけ?昨日……ぺルビを狩りに行って……あれ?


「やっぱりご自分で獲ってきたお肉は格別なのですね」


そう言いながら肉をまた一口、口に運ぶレビさん。


ご自分で獲ってきた……?

ま、待て。俺が、自分で?

こっちに来てから俺が戦った奴らって言ったら……。


頭の中に今までの戦いの記憶が走馬燈のように駆け巡る。


ゴブリン、コウモリ、角ウサギ、ゴブリン、コウモリ、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン……。

あれ、おかしいな。ほとんどゴブリンの思い出しかないぞ。


後は……つい先日の……。


「んん、このペルビ肉。侮れませんね。たかが下級魔獣と思っていましたが、これほどの肉が取れるならその価値を見直す必要がありますねぇ」


あーーーーーー!やっぱりぺルビでしたかーーーー!!

ですよね!そうですよね!だと思いました!

ゴブリン肉とか食べないですもんね!角ウサギとか肉獲ってきた記憶ありませんもんね!


頭の中に父ぺルビと子ぺルビの悲しげな別れの姿が浮かび上がる。


べー……べー……。


物悲しい子ぺルビの鳴き声がこだまする。

ああああああ……。


でも、でも食べてしまう。美味いんだもの。既に美味しく料理されてしまった物を残すなんて命に対する冒涜だもんね。

いただきます。いただきます。命をいただきます。

くそう、くそう。人は食の誘惑には勝てんのか。

美味い。美味いぞぺルビ。ありがとうペルビ。すまないペルビ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ごちそうさまでした」


何だかんだ言っても結局完食してしまう俺。

だってぺルビの骨付き肉めっちゃ美味いんだもの。食べてしまうよ。毎日でも食べたいくらいだよ。

食べる度にぺルビ親子の悲しい別れを思い出すだろうけどもさ。涙がちょちょぎれるわ。


それはさておき、骨付き肉の代金を支払うためにギルドカードを取り出しておこう。

お勘定の時にわたわたするのは恥ずかしいからね。

そこはやっぱり男の子。女の子の前ならばちょっとくらいカッコつけたい生き物ですから。


よし、その前にカードの残金を確認だ。

払います、足りませんじゃ恥ずかしいどころの話じゃなくなるもんな。


前に確認したときは……銀貨が12枚と銅貨も20枚ちょっとあったよな。

それから荷車のレンタル代と北門の通行料を支払ったから、銀貨11枚と銅貨何十枚ってところのはずだ。

骨付き肉、多少は値が張るだろうが銀貨11枚以上はしないはずだよな。……しない、よな?


さ、さぁ出てこいカードの残金。しっかりくっきり浮かび上がりませい。

んー、来た来た来た……。



銀貨:65枚 銅貨:78枚



…………………………………………んへ?



カードを持つ手を一度テーブルの上に置いて、逆の手で目をごしごしと擦る。


いやぁ、目の調子がおかしいのかなぁ?

何かちょっと体調も悪いのかもしれないね。疲れてるのかもしれないね。

さっきも何か頭の中がもやもやしてたしなぁ。あー、寝不足かな?あー、そうかもしれないな。

目を閉じて眼球を、上下上下左右左右、右回転左回転、まばたきまばたき。よし、目の体操終わり。


よし、一旦カードの表面の名前を確認だ。

もしかしたら別の人のギルドカードを間違えて持っているのかもしれん。

名前、名前、名前、名前……。


『冒険者ギルドカード・マオ』


あぁんあ、俺んだ。間違いなく俺のギルドカードだ。

よし、落ち着け。数字の見間違いって可能性もある。

もう一度確認だ。再度の確認だ。

銀貨6枚かもなー?あれー?何に使っちゃったのかなー?ここ数日骨付き肉ばっかりって言ってたからそこら辺にお金使っちゃったのかなー?

もう一度確認してみないとだよなー?


さ、俺のギルドカードさん?ちゃんとした残金を確認させておくんなまし?



銀貨:65枚 銅貨:78枚



…………………………………………んん。


ごしごし……ごしごし。

んん。何度見ても、見間違い……ではないみたいね?


…………………………………………何故だ?


何故俺のギルドカードの中にこんなにたくさんの銀貨が!?

おかしいな!おかしいな!?俺のギルドカードに何が起きた!


「マオ様?」


テーブルの向こうのレビさんが不思議そうに俺の顔をのぞきこんでくる。


「いや!何でもないッス!」


相も変わらず美少女だなおい!

くっ、だが待て。美少女を眺めながらとは言え、何が原因かもわからない中で悩んでても何も解決しない、と思う。

ここは何気なくお会計をしてだな、後から原因を考えていく方向でだな。そんな感じでお願いしたいところだ。


「すいません、お勘定お願いします!」


パタパタと忙しなく働いているウェイトレスさんに声をかけると、すぐに「はーい」と返事をしてこちらに駆け寄ってくる。


「毎度ありがとうございます。お勘定の方、ぺルビの骨付き肉ステーキ2人前で小銀貨1枚ですねー」


おぉう、意外と安い。

これなら、問題ないはずだ。もし銀貨をどうこうするとなっても小銀貨1枚なら元の俺の所持金で支払えるぞ。

だがしかし、下手にカードの中のお金に手を出しておかしな事態になるのも困り物だ。

ここはひとつ、ポーチの中の小袋から現金でのお支払だ。


愛想の良いウェイトレスさんに小銀貨1枚をそっと手渡しでお支払いする。

ウェイトレスさんは小銀貨をちらっと確認するとすぐにポケットにしまって笑顔を向けてくれる。


「はい、確かに!ありがとうございましたー!」


笑顔のウェイトレスさんに「ごちそうさま」と伝えつつ、俺とレビさんは席を立った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




店から出て、右手の方向へ向かいます言うレビさんの指示に従って歩き出す。

今出てきた食堂を含め人で賑わうレストランや食堂がたくさん並んでいるが、道の幅的に中通りとかそういう辺りだろうか。

ざわざわとした喧騒を聞きつつ馬の様な動物が牽く荷車とすれ違いながら、通りを歩いていく。


どうしよう?ギルドカードの中の大金は何がどうなって?あんな大金を稼いだ記憶なんか無いぞ?

いやしかし、ギルドカードの中身は本人以外はいじれない的な話をメドルテさんがしていたはずだし、誰かに話してややこしくなっても困る。

それにギルドカードの中身は誰かに覗かれることもないはずだから、このまま持っておいても俺が中身をぶちまけなきゃ誰かにばれることもないはずだ。


よ、よし、とりあえず何かが起きたのは確かだが、俺のギルドカードに大金が入ってるのも確かだからこれからは慎重に生活しよう。

平時は普通に生活しつつ、何かしらの捜査の手が及んだ場合は臨機応変に対処する方向で。うん。よし、覚悟完了だ。


あれ?そういやこれはどこに向かってるんだろう?


レビさんの様子を伺ってみると


「何どこ行くんですか?みたいな顔してるんですか?シルキーを引き取りに行きませんと。街中は従魔と言えど気軽に連れ歩けませんから、預かり所に預けたじゃないですか」


首をかしげながらそう言われてしまった。


そ、そうでしたっけ。シルキーって言うと、あぁ、あの手触りが最高のあのぺルビの事ですかね。

結局あの森から連れて来てたんですね。というか名前もいつのまにか付けて……いや、あれ?そう言えば、あの森からどうやってここまで戻ってきて……?……?ん?あれ?何か記憶が……?ん?記憶にございません?


顎に手を当てて考えていると、不意に腰のベルトを掴まれて凄い力で引っ張られた。

グキッと嫌な音をたてる腰と首とその他色々な部位。

とても痛い。


おわぁ!?何ですか何ですか!?急に引っ張られると、こ、腰が、首がっ。


「マオ様?考え事をしながら歩いていると危ないですよ?」


レビさんのそんな声と共に、俺のすぐ脇をかなりの速度を出した荷車がガタゴトと音をたてながら掠めていく。

あのままだったら痛いじゃすまない感じでしたね。いや、マジで。


「あ、すみません。ちょっとぼーっとしてて」


「お腹が一杯になったから眠くなっちゃった、とか言うんですか?そんな姑息な手で私の母性本能をくすぐってあんなことやこんなことをさせようったってそうはいきませんよ?仕方ありませんね、膝枕でもしましょうか」


呆れた顔でため息混じりに呟いたかと思うと、座れそうな場所を探し始めるレビさん。


いや、何でいきなりそんなチョロインみたいな流れになるんですかね?あ、ちょ、手引っ張っ、力、強っ、待った待った。


「いや、そんなつもりは!大丈夫ですから!ほら、早く預かり所行かないと!」


踏ん張って堪えようとしても全く堪えられない強さでぐいぐい引っ張るレビさんの手をぺしぺし叩いて、空いてるベンチ一直線の進路の変更を提案する。

力比べでは全く敵わないので言葉でどうにか、思い止まってもらうしかない。


「……ちっ、仕方ありませんね。そこまで仰るなら」


あれ!?舌打ち!?


渋々といった様子で俺の手を解放してくれるレビさん。

そこまで膝枕をしたかったわけではないはずだが、公衆の面前で膝枕という羞恥プレイは免れた。


美少女に膝枕される一般ピーポーなんて変な注目浴びるだけの罰ゲームじゃねぇですか。いや、美少女の膝枕なんてご褒美以外の何物でもねぇですが。ん?ということはとんとんか?


いや、一般ピーポーにそんなとんとんいらないからな。

普通にのんびり生きていけたら良いんですよ俺は。


若干不服そうな顔で先導するレビさんの背中を眺めながら、そんな風に思う俺だった。

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