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肉屋のマンヨウ




俺の名前はマンヨウ。

マインエラの街で肉屋をやっている者だ。


爺さんの代から続いている店を親父から譲り受けてから、かれこれ20年、店を譲り受ける前から連れ添っている嫁さんと息子夫婦と一緒に店を切り盛りしている。


長年続いている肉屋だからこその伝で、注文を受ければある程度の種類の肉は取り扱うが、ここマインエラの街では肉と言えばぺルビの肉と言っても良いくらいぺルビの消費量が多い。


魔物ではあるが、家畜としても扱いやすいし何より街の周りの森や山で狩れる上に肉以外にも毛皮や骨など、全身余すところなく使われるということが一番の理由だろう。

何より肉の味も良いしな。


だが、最近の職人や商人の増加に対して、ぺルビの供給量が間に合わなくなってきている。


隣国とその向こうの国の情勢が焦臭きなくさいことになっているらしく、マインエラ産の武具や薬品の需要が上がり、稼ぎ時と見た坑夫や鍛冶職人、商人やたちが街に押し寄せてきている。


商人として確かに稼ぎ時ではあるのだろうが、いかんせん売り物がなければ話にならない。

街の狩人たちも頑張ってくれているが、なかなか供給が追い付いていないのが現状だ。


そこで俺は冒険者ギルドに依頼を出してみることにした。

何でも屋の異名を取る冒険者ギルド。依頼を出せば何でもこなしてくれる便利なギルドだ。


俺が出した依頼もあっさりと受理され、銅ランクの掲示板に貼り出された。

後はどこぞの冒険者が依頼を受けてくれるのを待つだけだ。


だが正直な所、俺はそこまで期待はしていなかった。

相手も生き物だから1日に何頭もポンポン狩れる物でもないし、初心者が狙うには手強く、中級者が狙うには報酬が安いぺルビの依頼を受けてくれる冒険者がどれだけいるかわからなかったからだ。


少しでも肉の供給量を増やせればと思ったのだが、その思いつき……いや、商人の勘ってやつだな。

その商人の勘に対しての家族の反応はあまり良くはなかった。

期日を過ぎても依頼を受けてくれる冒険者がいなければ、依頼料はそのまま冒険者ギルドに支払ったままになるからな。

無駄金と言われても仕方ないかもしれん。


しかし俺は、俺個人の依頼という形でも良いと押し切った。

ダメで元々という気持ちもないわけではなかったが、俺は俺の商人の勘を信じようと思ったのだ。

そう、決して家族に商人の勘 (笑)などと笑われたのが悔しかった訳ではない。断じてない。


商人の勘を信じたのだ。



そして、依頼を出して3日目の夕暮れにそれはやってきた。



「冒険者ギルドの依頼を受けて参りました。ぺルビの狩猟の依頼ですね。2頭以上と言うことでしたので念のため多めに狩って来ましたが、全て買い取っていただけますでしょうか?」


そう言い放つ女の子の背後、店の前に横付けされた大きな荷車の上にはぺルビの山があった。

唖然とする俺達を前に、にこやかな笑顔を浮かべる女の子。

店の周りにも人だかりが出来始めている。


こんな子がこれだけのぺルビを……?

聞けば今日冒険者になったばかりだと。

そんなバカなと確認してみれば、実際ギルドカードは銅5級だし……依頼書も俺が出した物に間違いない。

だが、一体どんな方法でこれだけのぺルビを?


いや待て、呆けている間にも山と積まれた肉の鮮度は落ちていく。

それは肉屋として見過ごせない。

傷の確認や血抜きの状態も確認しなくては。




うん、確認完了。

何もかも問題なかった。


ぺルビを仕留めるためには矢なり剣なり使われるだろうから、少なからず毛皮や肉に傷が出来るものなのだが、レビアーマと名乗った女の子の狩ってきたぺルビにはそれらが一切なかった。

あるのは血抜きの為の傷と頭の辺りの丸い打撃痕が1つだけ。


その打撃痕は、まるで鉄球の様な物で頭の骨か首の骨を一撃で粉砕したような……。

何をどうしたらこんな風になるというのか。


血抜きも問題なかった。

傷の具合から、ちゃんとぺルビを逆さ吊りにして迷いなく首の太い血管を切り裂いているのが解る。

あまり経験がないと言う割に、素人の手際とは思えないとても良い状態だ。


そんな状態のぺルビが8頭、店の前に積まれている。

全て解体して肉にすればかなりの稼ぎになる。


そら見ろお前たち。俺の商人の勘の正しさを!依頼を出してまだたったの3日だぞ!


え?そんなご託は良いから早く商談を済ませて処理をさせろ?あ、うん。そうだな。

解体もせにゃならんしな。あぁ、わかってるぞ。


これだけのぺルビを狩ってきてくれたんだ。

報酬にちょっとは色を付けなきゃな。銀貨4枚のところ、銀貨5枚、いや6枚出そう。

どうだ?売ってくれるか?大丈夫?よし。商談成立だな。

依頼達成書も文句なし、最高評価で出そう。


さあ今日は忙しくなるぞ。全員で徹夜で解体だな。

あぁまた頼むぞ、レビアーマちゃん。

今、肉はあればあるだけ売れるからな。狩ってこれるなら毎日でも良いぞ。はっはっは。冗談だぞ。はっはっは。


え?じゃあ明日も来ます?また8頭位で良いか?


あぁ、狩ってこれるなら、良いが。

……冗談だよな?


ところで……荷車を引いているぺルビはレビアーマちゃんのかい?

従魔獣登録は済んでる?大人しい良い子?

あぁ、もちろんそうだろうが、あれってザイーデぺルビじゃないのか?

その毛皮は普通のぺルビとは桁違いの手触りと美しさで、傷の無い毛皮なら金貨5枚は下らないと言われてる。出すところに出せばそれ以上の値段がするとか言うあれだろ?


それが従魔?滅多に見つからなくて、見付かったらそれこそ高値で取引されてるザイーデぺルビを?そこいらのお貴族様どころか王都のお貴族様でも持ってない毛皮のぺルビを従魔に?


うん?いや、売ってくれって事じゃないんだ。まぁ、出来たら売って貰いたいが……無理だよな。大丈夫だ、解ってた。

で、その金貨何枚の毛皮に顔を埋めてる奴は……飼い主?あぁ、なるほど。……なるほど?

何か、疲れきってると言うか打ちひしがれてると言うか……?


気にしないで良い?そうか、そうだな。冒険者に余計な詮索はご法度だよな。すまなかった。

俺では計り知れない何か辛いことがあったんだろう。

男が泣くにはそれなりの理由があるんだろうからな。

ならそれに触れるのはやめておこう。


俺が一人頷いていると、じゃあまた明日、とレビアーマちゃんは打ちひしがれてる飼い主を荷車に乗せ、その荷車をザイーデぺルビに引かせて帰っていった。


良くも悪くも目立つ冒険者だったな……。

よ、よし、とにかく目の前のぺルビの解体をしちまわねぇとな。

おい、今日のうちに全部解体するぞ。小分けにして氷室に積まねぇとこの量は入らないからな。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




夜通し全員でせっせと解体作業を続けて、岩山の向こうから太陽が登った頃ようやく全てのぺルビの肉が氷室に収まった。


みんなよく頑張ったな。あぁ、お疲れさんだ。

よし、じゃあ俺は他の素材を各店に売りに行くからな。

交代で店番を頼むぞ。あぁ、交代で寝てて良いからな。


なぁに、一晩の徹夜でへこたれる俺じゃないさ。はっはっは。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




骨や毛皮を知り合いの店で売り払い、温かくなった懐を抱えながら昼頃に店に戻った。


すると店の前に、目を疑うような光景が広がっていた。


荷車に山と積まれたぺルビ。

にこやかな笑顔を浮かべるレビアーマちゃん。

荷車の脇でザイーデぺルビに顔を埋めて打ちひしがれてる飼い主。

店の前で呆然としながらも狼狽えている息子。


しばらくその光景を理解できなかった。


そんな、バカな。昨日の今日だぞ。いくらなんでも早すぎる。


慌てて駆け寄った俺に気付いたレビアーマちゃんが、昨日と同じ笑顔を向けてくる。


「お約束通り追加のぺルビをお持ちしました。買い取りをお願いします」


その笑顔を見る俺の顔は、どんな風だったのだろうか。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




その日の夕暮れ時、親父や爺ちゃんの代から付き合いのある肉屋に昼間に持ち込まれた追加のぺルビの内、俺の店で捌ききれない分と、氷室の精肉したものの一部を売った俺は一息ついていた。


他の肉屋もぺルビ肉の在庫が少なかったらしく、喜んで俺の店から買い付けをしてくれた。

俺の店の株が上がったのは良いが、俺の店で全てのぺルビを捌ければその利益はバカにならなかったはずだ。

せっかくの商機を自分の準備不足で逃さざるを得なかったのは商人として情けなく思ってしまう。


息子夫婦が言っていたように、もう少し店を広くするか解体作業を出来る場所を借りて作るか。

忙しい時だけ来てもらっているやつらを、従業員として雇って頭数を増やす手もあるな。


いや、いきなり手を広げようとすると無理が出るよな。

レビアーマちゃんがいつまでぺルビを狩ってきてくれるかもわからん。


もしまたレビアーマちゃんが来たら、とりあえず応援を呼んで解体作業を手分けしてやるしかないな。

稼ぎ時に稼がない商人なんざ、商人やめちまえって話だからな。


だがまぁ、さすがに1日に何度も、っていうのはないだろう。

次いつ来るかも明言していなかったし、明日明後日もしかしたら10日後かもしれん。

それならば、とりあえず今ある肉をいつもの仕入れ先の状況も見ながら調整して売って、またいきなり8頭とか来ても慌てないように準備をしておかなくちゃな。


頭の中でとりあえずの段取りがついた所で立ち上がる。

せっかくの新鮮な肉だ。早いとこ売りに出してみんなに食ってもらわないと肉屋の名が廃る。


「さぁ、売るぞ!」


頬を叩き、気合いを入れた俺の耳に、店先の方から聞こえるはずのない声が聞こえてきた。




「こんにちわ。ぺルビの買い取りをお願いします」




俺は自分の耳を疑う前に、仮眠をとっていた息子を叩き起こし、大至急応援を呼んでくるように指示を出していた。

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