ぺルビ狩り……のはずなのに
森の奥から地響きと共に毛玉の波が木々の隙間を縫うように形を変えて、どんどんと迫ってくる。
土煙を上げ、べーべーと鳴き声を上げながら迫りくる毛玉の波、その正体は大小入り交じった数えきれないほどのぺルビの群れだった。
森の奥から現れた毛玉の波が俺とレビさんを飲み込む寸前、それは俺たちを囲むように左右へ別れていく。
程なく小道の広くなった場所が後から後から押し寄せるぺルビの群れに埋めつくされた。
だが俺たちの周りを埋めつくしても、べーべーと独特な鳴き声をあげながらまだまだ集まってくるぺルビたち。
凄い。これは凄い。だが、これは、ちょっと、数が多い。
始めはある程度の距離を取りつつ集まってきていたぺルビの群れだが、後ろから押されているのかどんどんとその距離は無くなり、やがて俺とレビさんは毛玉の波に飲み込まれた。
「レビさん、これは……どとうのひつじ!?」ベヘェーベェー
「どとう……?言っておりませんでしたが、私、羊魔族の中級貴族の1人なんです。『ベェーべーベェェー』魔族の中での爵位で言うと伯爵の末席に位置する家系になりますね。そしてこのぺルビは羊魔族の下級魔獣として位置付けられています。『べーべーベヘェー』魔族の掟として弱き者は強き者に従う、というものがありますので、下級魔獣のぺルビはより上位の魔族である私の命令に従う義務があるのです」ベェェーべーべー
「なるほど!?貴族の呼び掛けに平民が答えたと言う所ですかね!?『ベヘェーベヘェー』あ!?いてぇ!足踏んでる!蹄が!ちょ!角が刺さっ!いてててて!?『ベェェーべーべー』ってか喧しいな!」ベヘェーベェェー
会話の最中だと言うのに鳴き声がやまず、遠慮も何もなく更にどんどんと押し寄せる毛玉の波のおかげでその場に立っていることもままならない。べーベェェー
その毛玉の波の下で革の靴の上から蹄がガリガリと、俺のお腹位の高さがあるぺルビの頭、その頭に生えているくるりと丸まった角が俺の体をガツガツと削っている。べーべーベヘェー
その角の硬さと、数の暴力を前にして、初期装備のただの布の服の防御力では如何ともし難いことこの上ない。と言うか、かなり痛い。凄く痛い。
どうにか、どうにかせねば。ベェェーべーベェェー
ぺルビが鳴きわめく中レビさんの様子をうかがってみると、レビさんの首から胸の辺りをぺルビの角が行き交っているのに気付いた。
うわぁ、あかんやつや。あれはどう見ても危ないやつや。何とか近づいてスペースを確保してあげねば。
犇めき合うぺルビをかき分けてレビさんに近づこうとした時にふと思い出した。べーべーベェェー
これは、もしかしなくてもランタンの中に収納されているオプション先生が危ないのでは、と。
おい待て、この密集具合からして、腰にぶら下げているランタンが壊される可能性が高いんじゃなかろうか。
ランタンが壊れたら中におわすオプション先生は……何事もないかもしれないが、後々いろいろと困る気がするぞ。
救出だ。オプション先生、とランタンを速やかに救出だ。ベェェーべーベェェー
いつも守っていただいているオプション先生だからな。こういう時だけでも俺が守ってあげねば。
腰に下がっていたランタンを頭の上に避難させた状態でレビさんの隣に移動する。
あれ、レビさんの周りは思ったよりぎゅうぎゅう詰めじゃないぞ?レビさん寄りのぺルビが気を使ってるような?めっちゃ足踏ん張ってるような?べへヘェーベェー
ぐあ!俺には遠慮ねぇな!?いてぇ!この角めっ!このっ!このっ!
主に俺に対して迫りくるぺルビの群れと角を、レビさんに当たらぬようにせっせと押し返していると、一頭のぺルビの毛並みに触れて、驚いた。ベヘェーベェーべー
え、何これ。凄いモコモコなのにサラサラ?凄いモフモフでフワフワ?他の奴等とは一線を画すレベルだ。半端ない手触りの良さ。驚きの毛並みだぞ。
他のぺルビは野生の獣だけあってベタベタゴワゴワなのに、何故こいつだけこんなにも手触りが良いんだろう?種類が違ったりするのかな。べーべーベェェー
あぁ、こんな毛皮で毛織物とか作ったら、良い値段になりそうだなぁ。
そりゃ寝具にも使われる様になるよなぁ。肉も皮も、内も外も余すとこないぜ。さすがぺルビ。やるなぺルビ。
よくよく見れば愛嬌ある顔してるし、頭とか撫でてやると気持ち良さそうに目を細めるし、これは確かにちゃんと飼ってれば愛着沸くぞ。よーしよしよしよし。
これならば家畜として飼うのも納得できるな。ぺルビ可愛いぞぺルビ。ベヘェーベェーべー
「ふむ、確かにうるさいですね。それに、距離が近い……。私に対してずいぶんと馴れ馴れしい態度も不快ですね。『べーべーベヘェー』貴方たちいい加減……『ベェェー』……黙りなさい」……べ……
レビさんがひんやりとした声色でそう告げると、ぺルビたちは一斉に鳴くのを止めた。
辺りに風の音と木々のざわめきだけが響く中、ぺルビたちはその場でピクリとも動かず、首だけをレビさんの方へと向けている。
俺が撫でていた奴はレビさんの間近に居たためか心なしかプルプルと小刻みに震えていた。
手のひらに直に伝わる微振動を受け、ちょっと可哀想になる。
でも、お貴族様に対してこんな押しくら饅頭状態でいるって、かなりの問題行動な気もするからな。
人間の世界なら恐ろしいことになる未来しか見えないぞ。
ちょっと怒られても仕方ないかなって思います。
いや、俺に対してめっちゃ角とか蹄でガリゴリやってきたことにいらっとした訳じゃないよ。ほんとだよ。
それにしても、ぺルビたちがピクリとも動かないのは、レビさんの圧倒的強者感に気圧されてる感じかな。
やっぱり魔獣って言う位だから、知性はそんなに高くなくて、本能で生きてる感じなのかも知れん。
その獣の本能がレビさんのヤバさを感じ取っているのではないだろうか。
「指笛の音に魔力を乗せて、この場所に集まるように命令をしましたが、思ったよりも音が届く範囲に居たぺルビが多かったようですね。ここまで集まってしまうと人目に付いたり、無駄な問題が起きるかもしれません。4、50頭ほど残して帰しましょう」
レビさんが再び指笛を吹くと、微動だにしていなかった群れの外側のぺルビたちが森の奥に散っていく様子が見えた。
おぉ、これでこの密集具合から脱出できるぞ。
人口密度ならぬ獣口密度が解消されるな。
そんな中、俺は手触りの良いぺルビを撫で回している。
首と胴に手を回して首筋と横腹をわしゃわしゃしてやる。
お?目が細まったな。ほぉれ、ここか?ここがええのんか?よーしよしよしよし。
俺が手触り最高のぺルビを撫で回してその毛並みを堪能している間に、周りの獣口密度の高さはすっきりさっぱり解消されていた。
俺とレビさんから距離を取った状態で、ぺルビたちはべーべーと先程よりも控えめな鳴き声をあげながらこちらの様子をうかがっている。
これだけのぺルビに囲まれるのもなかなかの迫力があるな。一斉に襲われたらひとたまりもないのではなかろうか。
オプション先生にお願いすれば逃げ出すくらいは出来るだろうか?
いやレビさんがいれば問題はなかろうが。
どうやったら生き残れるかを1人考えていると、レビさんが一歩前に出た。
「皆、私の呼び掛けに応じてくれたこと喜ばしく思います。今回の呼び掛けの目的は2つ。1つは私の新しい主の紹介です。こちらに居られる方の姿形匂いを覚えておくように。では、マオ様、一言お願いします」
いきなりレビさんにそう言われてぎょっとしたが、有無を言わさない感じのレビさんに押し出され、こちらを凝視するたくさんのぺルビの前に歩み出た。
「えー、えっと、マオと言います。みなさんよろしくお願いします」
『べヘェーべーべー』
とりあえず無難に自己紹介なんぞをしてみる。
日本人の性から軽く頭を下げながら周りのぺルビに挨拶をすると、ぺルビたちはべーべー!と鳴き声を上げて挨拶?を返してくれた。
お、おう。可愛いぞ。ぺルビたち。何か嬉しいな。
小さく手を振りながらレビさんの横に戻ると、またレビさんが一歩前に出る。
「私の主です。くれぐれも粗相のないように」
そう言いながら周囲を見渡すレビさん。
威嚇ですね?わかります。直視されていない俺でさえもちょっと震えが来てますから。
俺のそばにいる毛並みの良いぺルビも俺に寄り添って震えているものな。
あれかな?魔力的な何かを乗せて周りを見渡しているとかそう言った奴ですね?そこまで威嚇しなくても良いと思うんですが。
「さて、2つ目の目的ですが、貴方たちにしか出来ないことです」
『ベェェー』
レビさんがそこで言葉を区切ると、ぺルビたちがやる気満々と言った様子で鳴く。
貴方たちにしか出来ないこと、と言われたにも関わらず、俺ら何でもやりますよ!と言っている様にも見える。目にやる気がみなぎってるもんな。
貴族様の頼みに平民が張り切ってるって感じか。
良い奴ばっかりかよぺルビ。
そのぺルビたちに向かって、レビさんが口を開いた。
「私の主が貴方たちの血肉をご所望です。6~8頭、老若は拘りませんが小さい子供以外の有志を選出して贄として、その命を差し出しなさい」
…………………………………………………。
……………………べー……………………。
沈黙っ!圧倒的沈黙っ!からの小さな鳴き声!
あぁ!ぺルビたちの目から光が消えていく!絶望!?絶望して!?
待って!レビさん待って!こんなのって!
慌ててレビさんに声をかけようとその横顔を見ると、その顔は正に冷静沈着。冷酷無比。
命を差し出しなさいと言っておきながらそれについて何とも思っていない様子。
「レ、レビさん。ちょっと、あの」
震える体を手触り最高のぺルビに寄り添わせつつ、レビさんに声をかける。
あぁ、手触り最高のぺルビ。お前も震えているな。さっきよりも激しく。わかる。わかるぞ。大丈夫だ。俺も震えている。
怖いよな。落ち着け。安心しろ。大丈夫だ。俺も怖い。
「はい、マオ様。お任せください。依頼の品をすぐに用意させますから」
震える俺を安心させるように、にっこりと優しい笑顔を浮かべるレビさん。
レビさんの美少女加減も相まってそれは正に聖母の笑み。
だがその行いは魔王の所業である。
「あ、いや、その、確かに依頼はそうなんですが……」
「あら、その子が気に入りましたか?」
俺が抱えているぺルビに目を向けるレビさん。
レビさんの視線を受けて、手触り最高のぺルビがびくぅ!と体を震わせたのが直に伝わってきた。
そして完全に硬直する手触り最高のぺルビ。その目は虚ろだ。
あ、これ、死を覚悟した奴じゃね?
圧倒的強者に出会ってしまって身動き出来なくなるって奴じゃね?
あ、諦めるな。諦めたらそこで試合終了だって偉い先生が言ってたぞ。ならば、どうにか命だけは、助けて、やりたい、助けてやりたい、が。
俺に何が、俺に何が出来る?
「でしたらその子は残しておきましょうね。ペットとして飼うのも良いでしょう」
聖母の笑みを浮かべながら俺が抱えているぺルビの額に人指し指を当て、何かの言葉を小声でゴニョゴニョ呟くと、ぺルビの首にレビさんの首に嵌まる首輪に似た首輪が現れた。
「後で名前を付けてあげてくださいね」
聖母の笑みのままガッチガチに固まったぺルビの頭を優しく撫でると、レビさんは小さく鳴き声をあげながら相談?をしているぺルビたちに向き直った。
「いつまで待たせるのですか?貴方たちのその塵芥の命で、私の主の役に立てるのです。名誉な事と思い、疾くその身を捧げなさい!」
聖母の笑みから一転。どちらの独裁者かとも思えるようなお言葉がその口から飛び出します。
その堂々とした態度たるや、自分の行いに対して何ら恥じることなしと言う確信が100%。
自らの正義を信じて疑うこと微塵もございません。
凄いね。あそこまで自分を信じられるって凄いことよね。自信に満ち溢れてるってことかしらね。
そういう所は見習わないと、見習わないと……見習わないと、ダメ、ですかね……?
威風堂々たる立ち姿でぺルビたちを睥睨するレビさんの側で、己の行く先を自問自答する小物感バリバリの俺。
そんな俺に寄り添って震えている手触り最高のぺルビが、今、俺の心を支えてくれていた。
あぁ、凄く、フワフワです。サラサラです。安らぎます。心が、落ち着きます。
傍らに寄り添う温もりと優しさに涙がちょちょぎれそうになっていると、悲壮な決意を目に宿した数頭のぺルビが群れの中から進み出てきた。
その後ろでは進み出たぺルビの子供だろうか、小さなぺルビがべーべーと悲しげな鳴き声をあげている。
その様はさながら無実の罪であるのに断頭台に向かう父親と、泣きながら引き留めようとする子供の図。
めっちゃ知性あるじゃん。めっちゃ家族を守るために命を捧げる決意じゃん。
本能で生きてるとか思っててごめんなさい。
そんな姿見せられたら俺、涙ちょちょぎれそうになるわ。
これは、あまりにも、あまりにも過ぎる。
「ずいぶんと待たせたものですね。まぁせめて、苦しまないよう殺してあげますから、安心して首を差し出しなさい」
そんな姿に微塵も動じた様子を見せず、その右手にヴォンと言う音と共に光る何かを出現させるレビさん。
どこぞの機動戦士のビームソードみたいなそれは魔力的な何かの成せる技だろうか。
触れれば何でも焼き斬りそうな輝きは正に殺る気の塊である。
そんな光って唸る殺る気をみなぎらせて、涙目で震えるぺルビたちにスタスタと歩み寄るレビさん。
冷酷っ!圧倒的冷酷無比感!
無抵抗の民衆を惨殺してその身を売り捌くなんて!待って!こんなの、こんなの俺が思ってた狩りじゃない!!
「レビさんストップ!!」
今にもぺルビたちの喉元をかっさばきそうなレビさんに向けて全力のストップのお願い。
それを受けてか、ピタリとその動きを止めるレビさん。
「待って、ちょっと待ってねレビさん。確かに俺はぺルビ狩りの依頼をしようとここに来たけど、無抵抗の奴を狩って、はい終わりって言うのは……いくらなんでも、いや、狩りってそう言う物なのかも知れないけど、これはちょっと、俺の精神的に辛いって言うか……ぺルビたちも本意じゃないだろう、って言うか……」
あぁ、考えがまとまらない。
結局俺はどうしたいんだ。
元々ぺルビ狩りってそう言うことだったのに。
ぺルビを殺してその肉を納品して、報酬を得る。
目的も結果も変わらない。そのつもりでここまで来たはずなのに。
でも、でも、あんな光景を見せられた上でこの状況に耐えられるほどの精神力の持ち合わせがございませんことよ。
だから、ちょっと待って。
どうにかして、ちょうど良い落とし所を模索して……。
「確かに……マオ様の仰る通りですね」
どうにか脳みそを振り絞り、良い落とし所を模索しようとしていると、そう呟いたレビさんの右手から殺る気の塊が姿を消した。
あ、あれ?俺の、心の内が伝わった、のかな?以心伝心ってやつですかね?
さすがレビさんだ。いや?首輪と腕輪の効果か?
いや、今はそこを考えている場合じゃない。今のうちにこの危機的状況の打開策を……。
「さ、マオ様のお気に入りのあなた、こっちへ」
何時の間にやらレビさんは俺から少し離れた場所にある木の近くに移動して、手触り最高のぺルビを呼ぶ。
完全に従順なぺルビは迅速な行動を取ってレビさんの隣へ移動した。
「あ、マオ様はそのままで」
え?俺もそっちへ?と顔を向けたら、先手を取ってその場にステイを命じられるご主人様のはずの俺。
いや、対等にありたいと思っているから別に良いんですがね?
え?でも、これから何が行われるんでしょうかね?
「皆喜びなさい!私の主は貴方たちの魔族としての矜持を守らせたいと仰られました!ただの贄として果てるのではなく、誇り高き魔族として戦って死ねと!そして主自らその相手をしよう、と!」
え!?あれ!?俺、そんなこと一言も!?以心伝心どこ行った!?
「ならば、レビアーマ・フールートの名において約束しましょう。私の主の体に傷を負わせられる強きぺルビの居る群れは、今回の命を免除することを!」
レビさんが堂々と言い放ったその言葉に、ぺルビたちの目に光が戻る。
その目に宿る光は、決死の光だ。
え、ちょ、待っ……。
「貴方たちごときでも殺す気でかかれば傷一つくらいはつけられるでしょう。さぁ、子を家族を、群れを守りたくば、その身命を賭けて戦いなさい!」
更に煽るレビさんの言葉にぺルビたちは一際大きな鳴き声をあげて、頭に生えた角を俺に向けながらその瞳に激しい決意を宿した。
やる気、いや、殺る気である。
テレビでたまに見かける闘牛のように、その蹄で地面をガリガリと削り、飛びかかるタイミングを計る者。
少しでも成功の可能性を高めるためか、俺の側面に移動していく者。
威嚇か、己を鼓舞するためか、しきりに鳴き声をあげる者。
皆、殺る気満々である。
どうして、どうしてこうなった。
レビさん。貴方、何考えてるんすか。
あ、魔神の封印に関しての仕返しですかね。
覚えとけよすっとこどっこいってめっちゃ言ってたしね。
それなら納得、納得……できないけど、気持ちは察し、ます。多分。
じりじりと間合いを計るぺルビたちに気圧されて、俺はじりじりと後退り。
その背中に小道の広くなった部分の際の木が、どすっとフィット。
あぁ、逃げ場が、ない。
辺りに満ち満ちた殺気に震えながらも、腰の剣を引き抜く。
ギラリと光る切っ先を見せ付けて、寄らば斬る!と虚勢を張ってみてもぺルビたちの殺る気は衰えない。
そうですか。殺るか殺られるかしか選択肢が無いんですね。わかります。
殺らなきゃ殺られるんですね。わかります。わかりたくないけど。
カタカタと剣の切っ先が震える中、一頭のぺルビが一際大きな鳴き声をあげた。
それを合図に一斉に俺に殺到するぺルビたち。
たくさんの角が、蹄が、俺に襲いかかる。
オレンジ色の光が、宙を駆けた。




