悟りの境地ってどの辺?
北門擁する壁を左に見ながら少し行ったところに、従魔の預かり所があった。
ここは街に訪れる商人や冒険者の中型から大型の従魔獣を預かり、管理する公営の施設だそうだ。
その歴史は意外と古く、中央区の時計塔と同じくらいの歴史があるらしい。
この施設が出来る前までは、街中に従魔獣を引き連れて行くしかなく、あちこちで従魔獣同士、従魔獣の飼主同士のトラブルが絶えなかった。
その状況を重く見た当時の領主様がこの預かり所を作り、法を整備したことでスパッと解決したそうだ。
ちなみにレビさんの耳情報調べである。
時計塔やら預かり所やらを建設するっていう功績からみても、当時の領主様の有能さが留まるところを知らないぞ。
やっぱりいつの世にも先進的な考え方を持つ施政者っているんだね。
それが良い方向に向かうと街やら国やらは栄えますよね。
悪い方向へ向かった場合はちょっと、うん、目も当てられないけども。
石畳を歩きながら預かり所のメインの建物を眺めてみる。
土台と壁は石材、屋根は木造の中々大きな建物だ。
見た感じ前世?の海外の国にあった馬や牛の厩舎の様子にそっくりだ。
うーむ、利便性を考えたら形とかも似てくる物なんですかね?なら壁は木造でも良かったんじゃないかなーなんて。
建物に近付くと、預かり所の中からはメーメーやらべーべーやらモーモーやらギャオォォンやらグルルォォーンという鳴き声が聞こえてくる。
あぁ、何か、中に何がいるのか見るのが怖くなりますね?と言うか明らかに後半の鳴き声はペルビと一緒に置いといたらマズイ奴ですよね?
いやだって、今建物から出てきたぱっと見、何とかラプトルって名前がついてるであろう恐竜みたいな奴がいますもん。
体高2メートルくらいのデカイやついますもん。
壁が石材造りなのにも納得なデカイやつですもん。
あ、でも迎えに来た飼主?の男性に嬉しそうに頭をスリスリしてるな。ああいう姿を見ると肉食恐竜でも可愛らしく見えてくる不思議……あ、飼主の頭がラプトルの口にパクリと……。
頭かじられたぁぁぁぁ!!
え!?ちょ、あれ首まで丸ごと!?死ん!?え!?周りの人達は何のリアクションも無し!?待って!?いや、え!?喰われて!?
あまりにもあまりにもな衝撃的な現場を目撃した俺は1人あたふた。
しかし、周りの人達はさほど驚いた様子もない。
「さ、早く入りましょう。このあとも森へ行って仕事をしなければいけませんからね」
その衝撃的な現場を隣で見ていたはずのレビさんもこれを鮮やかにスルー。
「いや!レビさんあれ!」
「はい?……あぁ、あれ。いつものことみたいですよ?」
「そんなバカな!」
頭をパクリといかれた男性に視線を戻すと、ラプトルがパカリと口を開けて男性の頭を解放した。
顔中ネットリとした液体にまみれながらも満面の笑みで「ははは、困った奴だな~」と笑う飼主。
その顔を先が二又に分かれた舌で舐め回す肉食恐竜。
そこには確かに信頼という名の絆が存在していた。
な、なんと言う異世界文化か。
これがこの世界のスタンダードなのか。恐ろしい。
いや、舐めるくらいはセーフだが、頭をパクリといかれるのは見上げるほどのハードルの高さだぞ。
うちの子にはそういうことはしないようにしつけないとな。
羊の歯で噛まれるとか想像しただけでゾッとするわ。
まぁ、羊の口に頭入らないと思うけど、念のためな。
あ、ちょ、いつの間にかレビさんいねぇ。
すでに建物の中かこれ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小声で失礼しま~すと呟きながら穏やかに入場であります。
中に居られるであろう肉食恐竜等を刺激しないようにとの配慮からの、気配を殺しながらの入場であります。
ほんのりと薄暗い建物の中は家畜を飼っていますと言わんばかりの匂いが立ち込めていて、ひっきりなしに何かの鳴き声が聞こえてくる。
入口からまっすぐと伸びた通路の左右には石材の壁で仕切られた小部屋が整然と並んでおり、その開口部は頑丈な鉄の檻で閉じられていた。
一見牢屋の様にも見えるが、ちらりと覗いてみた小部屋の中には綺麗な藁が敷かれていて、そこに寝そべる馬っぽい動物はリラックスした様子でこちらを眺めている。
おお、何か思ってたのと違うなぁ?
もっとこう、雑な感じなのかと思ってたけど、全然そんなことなかったわ。
めっちゃ管理が行き届いてるって言うか。結構良い扱いされてるじゃんね?
まぁ、預かった従魔獣だっけ?に何かあったら預かり所の人達の責任問題になったりするんだろうし、預かるのがお仕事ならきっちりお世話するのも当然か。
と言うかあの馬っぽいの肝が座ってるなぁ。周りで肉食恐竜っぽいのがギャーギャー鳴いてるのに全然ビビってないもんな。
あぁ、そうだシルキーは大丈夫かな。
レビさんの殺気に怯えて震えてた様子からして、肉食恐竜の隣の部屋なんかに入れられてたらストレスでどうにかなってそうだよな。
早いとこ引き取ってやらねばだわ。
そんなことを思いながら建物の中程の場所でレビさんが係りの人らしき人物と話している所にさりげなく合流する。
係りの人は丈夫そうな作業着を着こなすイカしたおじさんだった。
その優しそうな眼差しに似つかわしくない筋骨隆々な体格が特徴的だ。
というかまくりあげられた袖から見えるムキムキの腕とか手にやたらと古傷が見え隠れしてるんですが、預かってる獣に日常的に噛まれたりとか引っ掻かれたりしてるわけですかね?
だとしたらここってなかなか危険な職場じゃないですかね?
ちらりと小部屋を見ると、檻の向こうにまごうことなきうちの子、シルキーがシャキッと緊張した風な様子で立っていた。
きりりとした表情?を浮かべ、蹄の先まで意識を巡らせたその様子は何だかおっかない上官を前にした一兵卒を思わせる。
あ、あれ?何でこんな緊張を?
もしかしてレビさんの前だからとかそう言った感じか?
あれ、これ、もしかしてレビさんの側の方がめっちゃストレスかかるとか?
そ、そんなわけないよな?ははは、そんなわけ。
「よし、確かに預かり料金はいただいた。じゃあ、鍵を開けるぞ」
レビさんと話していた係りのおじさんが慣れた手つきで檻の鍵を開ける。
すると緊張仕切った表情のシルキーはどこぞの兵士が行軍するかの如くカッ!カッ!カッ!と蹄を鳴らしながら檻を出た。
そしてレビさんの前でビシッと停止する。
え、何これ。何の儀式?
それに対するレビさんは、その動きを若干冷ややかな目で見つめつつ
「シルキー、マオ様の前だとてそういう無駄に目立つ所作はいりません。二度としないように」
とバッサリ切り捨てた。
そんなレビさんの言葉に一際ビクリと震えたシルキーは、首を何度も縦に振り、ガタガタと微振動を始めてしまった。
心なしか瞳から光が消えつつある。
あぁ、出会ったあの時の様だ。
見てるだけで心が痛む。
「ま、まあまあレビさん。良いじゃないですか。よしよし、気合入っててカッコ良かったぞシルキー」
あまりのガクブルぶりに思わずフォローに入り、首の辺りをワシャワシャと撫でてやる。
うん。相変わらず最高の手触りだな。毛皮の奥から伝わるペルビの体温が心地よい。
「……マオ様がそう仰るなら」
「あ、でも緊張して無理しなくても良いぞ。リラックスして普通にしていこう。な?」
シルキーの頭を撫でながらそう言ってやる。
心なしか瞳に光が戻ってきたし、震えが治まったような気がするぞ。
うん、まぁ、まだガクブルしてはいるが。
「さて、それでは行きましょうマオ様、シルキー。ではまたお願いします」
「あいよ。気を付けてな。ペルビハンターさんよ」
飼育員のはずなのに歴戦の猛者感を漂わせたおじさんが手を振って見送ってくれる。
んえ?何それ?ペルビ……ハンター?
どこかで、聞いたような?あれ?
どこで、聞いて?うん?
「マオ様?」
俺の顔を覗き込んでくる美少女の顔に思考が現実に引き戻される。
あぁ、いかん。何かさっきから頭がぼーっとしているな。
「何でもないです。さ、行きましょう」
まだどこかぼんやりする頭を振り、最高の手触りの毛皮をモフモフしながら、ギャーギャーグォーグォー騒がしい預かり所を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コツコツと石畳を叩く蹄の音を聴きながら北門へ向かって行く。
そんな中
「さて、マオ様、今日もペルビ肉の納品の依頼でよろしいですか?」
レビさんの無慈悲な提案によって再びシルキーのバイブレーションのスイッチが入った。
強さは弱と中の間くらいだろうか。
「下級魔獣と侮っていましたが、新鮮なペルビ肉があれほど美味だとは知りませんでした。豊かな食生活のためにも安定した食材の供給は欠かせませんからね。マンヨウさんに美味しい部位を譲ってもらえる約束もしていますから、継続してペルビを納品して行きたい所です」
バイブレーションが強くなるシルキーをなだめるように撫でてやる。
強さは中と強の間くらいだろうか。
あれ?おかしいな?俺の手も震えているのか?ははは。一緒だな、あははは。
「そう言えば……一番下級のペルビであれだけの味なら、シルキー、あなたのお肉はどれほどの味なのですかね……?」
ふと思い付いたようにそう呟き、どこか熱っぽい視線をシルキーに向けるレビさん。
その目はどこからどう見ても肉食系女子のそれだった。
その目が語るのは、そう、弱肉強食の掟である。
全く関係ないはずの俺にも震えが走る。
その視線を受けたシルキーは、バイブレーションが限界を越えて激しくなるかと思いきや、すっと震えが治まり、その表情が悟りきったような穏やかな物に変わった。
そしてその表情のまま、おもむろに石畳の上でごろりと寝転がり、足を折り畳んで腹を見せる。
いわゆる犬の服従ポーズだ。
石畳に寝転がるシルキーの穏やかでどこか諦めの混じった表情は『美味しく食べて下さいね。あ、出来れば痛くしないでいただけると嬉しいです』と言っているようにしか見えない。
諦めの境地である。悟りの境地である。いや、悟りの境地ってどの辺?天竺とかそう言った方かな?
そんな姿のシルキーを見て、俺は思わずその腹に覆い被さった。
「レ、レビさん。シルキー、シルキーだけはご勘弁を」
今にも手からビームソードを発しそうな目をしているレビさんに必死の懇願だ。
確かに肉を食べるために生き物を殺すのは仕方がない。現に俺もペルビを狩って、納品している、はずだ。
だがさすがに自ら首輪をつけたペットを目の前で精肉されるのは辛すぎる。
まだ出会って長い時間を過ごしたわけではないが、俺の中には既にシルキーに対して仲間として、戦友としての絆が生まれているのだ。
どこぞの誰かの魔王の所業や無慈悲な提案を共に乗り切る心の支えとして、俺にはシルキーが必要なのだ。 この最高の手触りとぬくもりが必要なのだ。
だから、だから……どうかシルキーだけは……。
「マオ様、マオ様、冗談ですから早く起きてください。シルキーもこんな所で寝転がると荷車に轢き殺されますよ」
…………。え?冗談?
シルキーの上からちらりとレビさんの様子をうかがうと、呆れ顔という表現しかできない表情をしたレビさんがこちらを見下ろしていた。
先程の肉食系女子の視線はどこへやら、今では冷ややか過ぎる視線をこちらに向けている。
冗談、にしては……かなり本気目な視線だったような気がしますが……。弱肉強食の掟を如実に語っておりましたが……。
そんなことを思っていると、はぁ、と大きめのため息をついたレビさんが、俺とシルキーの首根っこを摘まんでひょいっと持ち上げた。
そのまま荷車があまり通らない路地へと入っていく。
シルキーは石畳の上をズルズルと引きずられている。
え、ちょ待っ、ぐえぇ、首が、締まっ……。
思わぬ運搬方法に息が出来ない、っと慌てたとたんに地面に下ろされた。
俺の横にはぐったりとするシルキー。未だに諦めの境地からの帰還は果たしていない様子だ。
だが、冗談なら命は助かったはずだ。生き残った。俺達は生き残ったぞシルキー。
しかし、それにしても?
「げほっごほっ……冗談、にしては、目が本気だったような気が?」
「気のせいでしょう?さすがに主人の大切なペットを食べようなどとは思いませんよ。思うわけないじゃないですか」
そう、ですよね。そりゃそうですよね。はぁ、良かった。安心しまし……あれ?レビさん?どうして目を合わせてくれないんですかね?レビさん?本当にそう思っていたらちゃんと目を見て、言ってくださいよ。ねぇレビさん?
「レビさん?どうして目をそらすんですか?」
「いえ、別に何も理由はありませんが?」
「じゃあ、ちゃんと、俺の目を見て言ってください。シルキーを食べようなんて思ってないって」
「えぇ、わかりました。次の機会にはしっかりと」
「次の機会!?いや、今!今言ってください!ほら!俺の目を見て!」
「はいはい、この話はもう終わりです。さあ、行きましょう。早く行かないと北門が混みますから。ほらほらさっさと立ってくださいな。で?シルキーもいつまで寝転がっているんですか?立てないなら私があなたを運ぶことになりますが、良いですね?」
ひんやりとした呟きを受けたシルキーが、コマのように回転しながら目にも止まらぬ早さで立ち上がる。
力強く立ち上がったシルキーの顔は「大丈夫です。問題ありません。行けます」と言っているように見えた。
その体は諦めの境地からの帰還を果たしたようで、相も変わらずバイブレーション中である。
「冗談もいい加減にして、さっさと行きますよ。荷車も借りに行かなくてはいけないんですから」
一番の原因であり、一番の実力者の言葉に抗うことは出来ない弱者たちは大人しくその後に続くことにした。
力でも言葉でも太刀打ちできない強者には従うしかないのだ。
悲しいけどこれって現実なのよね。
相変わらず手触りの良いシルキーの毛並を撫でながら石畳を歩き始めると、建物と建物の隙間の細い道から何かが飛び出してきて
「おっと!?」
俺にぶつかってきた。
結構な勢いでぶつかってきた何かを受け止めると、それはちょっと、いや、だいぶ汚れの目立つ服を着た少年だった。
小柄な体とくすんだ栗毛の髪。生意気そうな顔と目が印象的な少年だ。
「何だ何だ、危ないな」
「おととと、わりぃな兄ちゃん。ちょっと急いでてさ」
凄い軽い感じで謝ってくる少年。
その声は全然悪そうに思っている様には思えない。
おいおい、いくら子供でももう少し誠意を持ってだな?
いや、でもこれがこっちの世界のスタンダードなのか?子供らしさを前面に押し出す的な?うぅん、参考になるデータがないな。
仕方ない。ここはひとつ大人の度量を見せておくか。
「急に飛び出すと荷車に轢かれたりするから危ないぞ。気を付けろよ」
謝罪もそこそこにさっさと立ち去ろうとする少年の背中に声をかける。
いやマジで危ないからな。かくいう俺もついさっき轢かれそうになったところだ。
飛び出してもないのにな。
「ははっ、そんなマヌケなことするかよ!じゃあな!マヌケな兄ちゃん!」
なっ!?おい!人がせっかく心配してやってるってのに!何だその言いぐさは!
そんな態度だと今に痛い目を見るぞ!その内に……!
完全に馬鹿にした顔で走り去って行く少年を見送っていたその時、不意に少年の行く先に人影が沸き上がる。
それは俺の背後、少年の進行方向の逆にいたはずのレビさんで、俺の方を見ながら駆けていく少年はそれに気付かない。
レビさんと少年の距離が近付き、少年がレビさんの存在に気付いた、と思った時には
レビさんの鋭すぎる蹴りが、少年の腹に突き刺さっていた。
うおぉぉぉい!?レビさーーぁぁん!?




