えーと、どちらさん?
中央区の大交差点を荷馬車に轢かれないように渡りきり、東区に向かって伸びる大通りを行くと、一際異彩を放つ建物が目に飛び込んできた。
『冒険者ギルド』というわかりやすい看板が掲げられた石造りの3階建ての大きな建物だ。
周りの建物も同じくらい大きいのだが、一際違う点が1つ、建物の出入口からはひっきりなしに人が出入りしていて、とても賑やかだ。
思ったよりも人が多い。朝早く来れば人が少ないのではないかという思惑はまったく検討違いだったみたいだ。
あまりの人の多さにびびり、オプションさんが入ったランタンが腰に下がってるかをしっかり確認しながら、大通りを挟んで少し離れた所で壁に寄りかかりながら観察してみる。
しばらく観察していると、出入りしているのは剣やら盾やらで武装している人が5割、商人風、職人風な小綺麗な感じの人が3割、ちょっと汚れた服とかよれよれの服を着た人たちが2割くらいというのがわかってきた。
しかも出入りするのは姿形が様々な人々。
自分と同じ完全な人間が半数を占めるが、クロフさんのような顔までしっかり狼なウォルグ族のお姉さんもいれば、猫耳をつけたお兄さん、背丈は子供位だが髭もじゃでやたら筋骨隆々なおじさん、長身でスタイル抜群の金髪のお姉さん、鎧を着込んだペンギン等々、本当に様々な人種?が冒険者ギルドに足を運んでいた。
正に人種の坩堝である。
髭もじゃのちっちゃいおじさんは絶対ドワーフだろ。やっぱいたよドワーフ。凄い。マジファンタジー。髭もじゃだよ髭もじゃ。
長身金髪のお姉さんはエルフ的な種族じゃないかな。遠目だからよく見えなかったけど、耳尖ってたよな。凄い美人さんだったしな。
猫耳のお兄さんも中々のインパクトだったけど、ドワーフとエルフには及ばないかな。
機会があれば話をしてみたいね。
酒場とか行ったら会えるかな。
ん~、武装している人は冒険者として、商人風、職人風な方々は依頼人的な立場なのかな?
きっとあれだ、自分じゃ取りに行けない物とか、倒せない魔物を狩ってきてとか依頼を出すんだ。
怪物狩人でもそんな感じだったもんな。荷馬車をデカイ竜に襲われたんだ!退治してくれ!みたいなね。
俺のイメージの中の冒険者もギルドで依頼を受けて、モンスター狩ったり、薬草刈ったり、卵運んだり、集落を作って暮らしてる獣人を殺戮したりするもんな。いや、この世界の冒険者がそうかはわからんが。
どうしようかな。あんまり人が多いとポッケのジャラジャラをどうにかするのに、変な視線を浴びそうだ。それはちょっとやだな。変なフラグが立ちそうだな。
強面の先輩冒険者に「ちょっとジャンプしてみろよ」的なフラグがね。あらやだ怖い。
ランタン内部のオプション先生がいれば身を守れるとは思うが、下手に騒ぎを起こしてしょっぴかれたりしたくない。
うん、一旦時間を置いて、人が少なくなりそうな時間を見計らってからもう一度来よう。
かの有名な紫電さんも言っていた「こういう時は臆病なくらいで丁度いいのよね」と。
しかし、何時ごろなら人が減るんだろう。
誰かに聞いてみたいところだが…。
ふと、周りに視線を向けると、忙しそうに歩いていく大人たちの雑踏の中で、小さな籠を抱えた子供が目についた。籠の中には小さなパンのような物が入っている。
売り物っぽいけど、その子に目を向ける人はいない。
もちろん買おうとする人もいない。
フードを目深に被ってて男の子なのか女の子かはわからないし、服装はあんまりきれいじゃないけど、パンは美味そうだ。
衛生的に不安を覚えるが、こう見えて俺、胃腸には自信がある。腹を壊さない自信が。なので、パンを買いつつ、冒険者ギルドについて聞いてみよう。
その辺の忙しそうな大人に声をかけるよりはお子様の方がハードルが低いからな。
「ねぇ君、それは何かな」
「え?…あ、えと、これは豆をすり潰した粉にぺルビの脂を入れて、ぺルビの乳で練って焼いたお菓子だよ…。1つ小銅貨1枚で良いから…お兄さん、買ってくれよ」
ちょっと怯え気味に答えた声は、声的には男の子かな?どっちでも良いけど。
しかし、お菓子だったか。めっさ安いけど50円って大丈夫か。
しかもここでもぺルビだ。ぺルビの脂とぺルビの乳だ。
ぺルビの普及率が半端ないね。庶民の味なんだね。マインエラと言ったらぺルビだと言えちゃうね。
「じゃあ2つもらえる?」
「…買ってくれるの?」
俺の言葉にキョトンとするお子様。
そりゃ買うさ。情報料も含まれてますからね。
目深なフードの奥にちらりと見えた顔は、あらやだイケメン。こりゃあ成長したらジャ○ーズ系のイケメンに分類されるね。羨ましい限りだわ。良かったな少年よ。その容姿があれば君の未来は明るいぞ。
「買うよ。はい、小銅貨2枚で良いかな?」
「も、もちろん。ありがとう」
「こちらこそ」
小銅貨2枚を手渡して、籠の中のお菓子を受け取る。
一口かじると、サクッとした食感で、ほんのり甘味が広がった。見た目以上に美味い。
クッキー的なお菓子だな。豆の粉と脂と羊乳でこんなんできるのか。
やるなぺルビ。凄いぞぺルビ。マジで捨てるところがないじゃんか。ぺルビ万能説。
あぁ、忘れない内に聞いとこう。
「ちょっと聞きたいんだけど、冒険者ギルドって朝から晩まであんな感じ?いつも人がいっぱい?」
「ううん、朝と夕方から夜はあんな風だけど、お昼頃は結構静かになるよ。僕は入ったことはないけど…」
おぉ、有力情報ゲットだ。
そうか、朝早くに来たのは間違いだったな。まぁ、仕方ない。
というかシャローネちゃんに聞いてみたら良かったよね。
いやでも、今日の朝は声をかけられないくらい忙しそうだったしな。
そう、繁盛してたよ、岩壁の止まり木亭。朝から大勢のお客が詰めかけてたわ。
飯も美味いし、シャローネちゃんも可愛いからな。納得だよな。
昨日の夜は俺が寝過ぎてただけだったんだね。閉店後じゃお客もいないわな。
だから聞けなかったのは仕方ない仕方ない。
「そっか。ありがとう。これも美味いぞ。見かけたらまたもらうから、よろしくね」
「う、うん。またよろしく」
イケメン少年に別れを告げて大通りを東に向けて歩き出す。
よし、昼時まで東区の方を見学しに行こう。
ひやかすだけなら何の問題もないだろうし、錬金術ギルドとかも見学出来るならしてみたいしな。
ギルドを見学出来なくても別に良いし、街中テクテク歩き回るくらいなら変なフラグも立たないはずだ。
変なフラグが立ちそうになったら全力逃走再びで乗りきろう。そうしよう。
さて、無難に行こう、無難に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
やって来ました。マインエラ東区。
見た感じ南区と大した違いは無いように見えるけど、南区とはちょっと異質な空気が漂っている気がするし、市場に並ぶ商品が何だか怪しいものが多いように感じるぞ。
普通の商品もあるにはあるのだが、よくよく見ると、人の顔がついたトマトとか、トカゲの丸焼きとか、何かの根っことか、不思議な色の液体とか、凄く錬金術というか魔女魔女しいイメージを彷彿とさせる品々が見受けられる。
客層も凄い。
明らかに不健康そうな学者風な男性、真剣な表情で顔のあるトマトを吟味するローブ姿の女性、トカゲの丸焼きをダース買いする黒ずくめのお婆ちゃん、不思議な色の液体を小瓶に詰めてもらっている耳の尖ったお兄さん等々。
凄く、凄く怪しいです。
錬金術ってこんなんかな?俺の勝手なイメージが先行逃げ切りで行きすぎてただけか?
この世界の錬金術はこんなんなのかもしれない。
怪しまれないように何かを探していますよ~面をしつつ、怪しい品々が並ぶ市場をひやかしていると、徐々に商品の系統が変わっていくのに気が付いた。
これまでは魔女魔女しい物が並んでいたが、はんだごてみたいな物や、回路図みたいな物が描かれている紙、指輪の台座、綺麗なチェーン、宝石みたいな綺麗な石等が目につくようになってきた。
客層もさっきの場所とは違う感じがする。
どう違うと聞かれると難しいけど、魔女魔女しい感じが薄れて、エンジニアみたいな人が増えた気がする。
これはあれか、錬金術は錬金術でも、薬品系の市場と、魔道具系の市場がちゃんとわかれてるのかな。
住み分けってやつだな。自分の欲しい分野の物がすぐに見つかるように、市場の方でも客が足を向けやすいように工夫してるんだ。
凄いぞマインエラ市場。心強いぞマインエラ市場。いつかお世話になるときが来るかもしれないから、その時はどうぞよろしく。
「おい、そこのヒューマ」
あ、凄い。何か水色の水晶みたいな石が売ってる。ゴルフボール位なのに1つ銀貨1枚だって。これ1万円かよ。何に使うんだろな。あっちは、何だ?玉虫色と言うか虹色と言うか不思議な色のブローチがたくさんぶら下がってる。アクセサリー?
「おい、こら、聞こえないのか?そこの黒髪のヒューマ」
ブローチに付いていた小さな板を見ると、霊銀のブローチ(属性付与・無し)と書いてあった。値段は何と1つで銀貨10枚。じゅうまんえんだ。繰り返す10万円だ。
「おばちゃん、これ、何?」
小さなブローチなのにじゅうまんえんと言う高額な物の正体を知りたい、その好奇心に負けて勇気をふり絞って店のおばちゃんに声をかけてみた。
「それかい?それはミスリル銀のブローチだよ。錬金術で属性を込めた魔石を嵌め込むと、嵌め込んだ魔石の属性を補助する効果が出る魔道具が作れるのさ。ちょっと値は張るがミスリル銀は補助効果が高いからね。魔道士連中にはお勧めだよ」
「なるほど…」
ミスリル銀とかファンタジー臭半端ないね。剣とか鎧とか作れちゃうのかな。霊銀とか厨二心をくすぐりすぎだわ。ドキがむねむねする
魔石の情報も計らずもゲットだ。
魔石は魔道具とかに使われるんだね。ならばそこそこの需要があるんじゃないか?そしたらその分お値段も…。
おぉ、ドキがむねむねしちゃう。
「あんた、錬金術師って感じじゃないけど、新人かい?」
「いや、いつか錬金術も習ってみたいな~みたいな素人です」
「そうかい。まぁ、若いうちに手に職つけるのは良いことだ。頑張りな。錬金術を習い始めたら贔屓にしておくれ」
「あ、はい。頑張ります」
ひやかしだけの俺に対してもにこやかに対応してくれるおばちゃん。
いい人や。よし、錬金術を習い始めたら必ずこの店に来よう。贔屓にして、贔屓してもらおう。
「話は終わったか?いい加減返事をしろ。ヒューマ」
次はどこに行こうかな。冒険者ギルドが空くまでは後2時間くらいは時間を潰さなきゃだからな。ゆっくり見回ろう。
北区の方の市場にも足を向けてみるのも良いかな。
と北区の方へ向けて歩き出したその時
「いい加減にしろ!貴様!聞こえているんだろう!?」
大きな怒鳴り声が鼓膜を震わせた。
わぁ!何だ?俺?
怒鳴り声がした方を振り向くと、何やら上等なお洋服を召した小柄なお嬢様が、鼻息荒く仁王立ちしていらっしゃった。
えーと、どちらさん?




