第一話 魔法少女なんでしょ? ③
冴子は美月の視線に気づいて、自分も修平の写真を見つめる。真夜中にトイレに起きたとき、冴子がこの写真の前で泣きながら酔いつぶれているのを、美月は何回も目撃していた。そのたびに自分もベッドに戻って、声を殺して泣いた。
「そういえば、今年は修平の七回忌だったわね」
冴子はフォークでサラダをかき混ぜながら、
「あんたの学校が夏休みになったら、修平の実家に行こうか」
「……うん。そうね」
会話は、そこで途絶えた。
ふたりとも黙々とトーストをかじり、ベーコンが巻きついた目玉焼きとサラダを口に運ぶ。冴子はそれ以上のわがままを口にすることもなく、空になったコップに空疎な視点を据えている。その表情はどこか悲しげで、美月は声をかけるのをためらった。
美月は自分の朝食を終え、「ごちそうさま」とつぶやいて、席を立つ。
そのとき──
しわがれた女の声が聞こえた。それも、心のなかで。
(彼女のいうとおりにするのだ……)
美月はハッとする。エプロンを外そうとした中途半端な姿勢のままで、動きが止まる。
しばらく待ってみたが、自分の思考とは明らかに違う、異質な声はもう聞こえてこない。
美月は首をひねった。
(……幻聴……なのかな?)
もしかしたら冴子がしゃべったのかも、と思ったが、さっきからトーストをかじるのに専念していて、美月にはまったく注意を払っていない。
美月は軽く肩をすくめる。もう一度、エプロンを外そうとして──
(頼む……彼女のいうとおりにしてくれ……)
ギョッとした。
今度はさっきよりもはっきりと聞こえた。
美月とも、もちろん冴子とも違う、威厳を感じさせる、物静かな女の声。
(……な……なんなの、これ? わたし、精神的にヤバい?)
(そんなに驚かなくてもいい。紫蝶にはわかっている。わらわがここにいることが……)
美月は周りを見回す。冴子は、女の声にまったく反応していなかった。この声が美月の心のなかだけに響いているのは確かだ。にわかには信じられないが。
しかも……美月の問いかけに応じたところからすると、この声とは会話が成立するらしい。
(シチョウって? この街の市長のこと?)
(おぬしにはともに戦ってくれる仲間が必要だ)
(戦うって……なに言ってんの? なにと戦うのよ?)
(よいな。紫蝶に会うのだ……)
声は、聞こえてきたときと同じように、とうとつにいなくなった。数秒待っても、なにも聞こえてこない。
美月、爆発。
「あー、もう! なんなのよ!?」
冴子が怪訝な面持ちで、娘を見上げる。かたちのいい眉の片方が物問いたげに曲がった。
「なにしてんのよ、あんた?」
「……別に、なにも」
美月はムスッとした顔で、首を横に振る。
「なんでもないから」
「もしかして、男のこと?」
冴子が空になったコップの口をつまんで、ブラブラと振る。
「男に関する悩みだったら、いつだって相談に乗るわよ。適切なアドバイスをしてあげるから」
冴子はニンマリとすると、食卓に常駐しているタバコとライターに手を伸ばし、食後の一服を始める。
美月は身体にまとわりつく紫色の煙を手で払いのけ、制服にタバコの臭いがつかないうちに、ダイニングから逃げ出した。
美月の背中を、冴子の下品な笑い声が追いかけてきた。




