第一話 魔法少女なんでしょ? ②
冴子の職業は作家だ。ベストセラー作家というわけではないが、生活を維持できるだけの収入はある。
冴子が作家になったのは、それが憧れの職業だからではなく、自堕落な生活を思う存分満喫できるから、というのが本当の理由じゃないの?──美月はそう疑っている。いまさら母親のだらしない生活を矯正しようとは思わない。冴子に言わせれば、それは「個人の自由」であり、彼女への忠告は「個人の尊厳を毀損する行為」であるらしかった。けだし、ものは言いようだ。
美月は毎朝の習慣になっている大きなため息をつくと、冷蔵庫から牛乳の紙パックを取り出し、冴子の前のコップに白い液体を満杯になるまで注いだ。
冴子は露骨にイヤな顔をして、うさん臭そうにコップの中身を見つめる。
「なによ、これ?」
と、不機嫌な声で、冴子。
「牛乳っていうのよ。知らないの?」
「ビールがいい」
「ふざけんな」
美月は右手の人差し指を振り立てて、ガミガミと説教する。まるで自分が母親の母親になったような気分だ。
「ちゃんと食事をしないで、お酒ばっかり飲んで! 昨日だって、夕食をまともに食べなかったじゃない。それなのに、朝からビールを飲みたいなんて、非常識でしょ!」
「非常識でもなんでもいいから、ビールが飲みたい」
美月は天井を仰ぐ。もう一度、ため息。
冴子が席を立ち、冷蔵庫に向かったので、美月は機先を制する。
「ビールはないからね。昨夜、全部飲んじゃったの、憶えてないの?」
冴子は恐い顔で娘をにらみつける。美月は平然と母親の視線を受け止めた。腰にこぶしをあて、挑戦的に唇の端を曲げる。しばらくのあいだ、両者のにらみ合いが続いたが、先に根負けしたのは冴子のほうだった。
冴子はブツブツ口のなかでこぼすと、自分の席に戻った。おもしろくなさそうな顔つきでコップをにらみつけていたが、意を決したらしく、右手でコップを持ち上げると、中身を喉に流しこむ。
美月はその様子を横目でうかがいながら、母親の対面の席につき、冷たくなってきたトーストをせっせとかじった。
高校生の娘を持つわりに冴子は若い。歳はまだ三十代である。冴子は大学を卒業してすぐに美月を産んだ。結婚する前はかなり派手に遊んでいたらしく、美月は当時の関係者から信じられないようなエピソードをいくつか聞かされていた。その当時といまも変わらないのは、冴子がとても美人だ、という事実だ。美人であるだけではなく、スタイルも抜群だから、周囲の男性が冴子を放っておかなかったのは想像にかたくないが、美月が理解に苦しむのは、冴子がどうして修平と結婚したのか、という点だった。
もう六年も前に死んだ美月の父親の修平は、どう過大に評価しても、モデルみたいな冴子と釣り合うような男性ではなかった。
美月は子供のころ、「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの?」と質問したことがある。そのときの冴子の回答は、「いまにあなたにもわかるときが来るわよ」という曖昧なものだった。
あれから数年が経ったいまでも、いまだに美月には冴子の人生観がよくわからない。修平は美月にとって優しい父親だったから、悪い印象を持っているわけではないが、派手な遊び人だった母親が、どうしてきまじめで物静かな青年を結婚相手に選んだのか──納得がいく答えは得られていなかった。
美月は無意識のうちに、ダイニングの食卓の端に、こちらを向いて飾られている小さな写真へ視線を移す。その写真を見るたびに、胸がチクリと痛む。
止まってしまった時間のなかで、修平が笑っていた。突然の事故死の数日前に撮った写真。
この写真が、修平の生前の最後の写真となった。
写真が置かれたそこは、修平のために用意された特別の席だ。




