第二話 ヤバいヤツがやってきた! ④
マンションのエレベーターの箱のなかで、美月のスマホが鳴る。
スマホを確かめる。冴子からのLINE。
今日は編集者と打ち合わせがあるから、帰りが遅くなる。夕食は要らない。そのあとには、てへぺろと舌を出し、サムズアップをした、私立探偵白石唯の「よろしく!」のスタンプ。「お嬢さま探偵白石唯の事件簿シリーズ」は、冴子が書く小説のなかでいちばんの人気作で、二年ぐらい前にドラマにもなった。スタンプにもなるぐらいだから、それなりにファンが多いのだろう。
(……なにが「よろしく!」よ。どうせ飲むだけでしょうが!)
それも、出版社の経費で落ちるタダ酒だ。タダだから、いくらでも飲める。人事不省に陥るぐらい。
美月、ため息。
マンションのドアを開けて、電気を点ける。誰もいない。
もう一度、ため息。
部屋着に着替えて、キッチンに向かう。がらんとしたキッチンを見渡す。ひとりしかいないので夕食の支度が急に面倒になってきた。もう手早くレンチンで済ませちゃおうかな、という考えが頭をよぎる。
テーブルの端に置かれた父親の写真に、自然と視線が吸い寄せられた。修平は笑っている。永遠に。お父さんがいてくれれば、お父さんの分もつくってあげるのに、と寂しく思う。冴子も同じ気持ちなのだろうか。冴子の酒量が多いのは、単純にアルコールが好きだ、というのもあるだろうが、それだけが理由ではないような気もした。
(やっぱり、パスタでもつくろうか)
夕食の献立を決めたあとは、通常の日常ルーチン。まずは学校の宿題を済ませて、ネット学習塾の授業動画を何本か消化する。スマホでゲーム、パソコンで動画視聴、テレビは視たいと思う番組がないからパス。
ほどよく日が暮れたころになって、たっぷりとパスタをゆでる。ソースは出来合いのものを使った。それにサラダ。余った野菜は刻んで、スープに。
いただきます。ごちそうさま。
食べ終わって、食器を片付ける。修平が優しく見守ってくれている。鼻唄を口ずさむ。冴子がいないから、バンバン魔法を使って、食器を棚に戻す。
それから、一日でいちばん癒される時間であるお風呂。服を脱いで裸になり、まったりと湯船につかる。極上の吐息が洩れる。指を組み、頭の上でウーンと伸びをする。
(……文芸部、どうしようかな)
きっぱりと断るのは、なんとなく気が引けた。深入りするとたいへんそう、と思う反面、梨音や澪子にはなんとも表現できない、親近感みたいものを感じていた。彼女たちといっしょにいたら楽しそう、と想像する。なんだか矛盾している。
(有名人から声をかけられて、舞い上がってるだけかも……)
天井を見上げる。考えはまとまらない。結論は出そうになかった。またあとでゆっくりと考えよう。
身体も温まってきたので、そろそろ湯船から出ようとしたとき──
なんの前触れもなく、あの女の声が響いた。
(来るぞ……)
美月は、湯船から出ようとする中腰の姿勢のまま、凝固する。
いつだって、この声が一方的に話しかけてくる。こちらから語りかけることができないのが、ひどくもどかしい。
(来るって……なにがよ?)
(これは紅蛾の気配だ。すぐそばまで来ているぞ)
(コウガ?)
それって、市長とどういう関係があんの?
そう聞き返そうとしたその瞬間──
突如として風呂場のドアが、ガバッと開けられた。




