第二話 ヤバいヤツがやってきた! ②
梨音は口をとがらせて、文芸部に割り当てられた部室へ向かう。
部活動は最低限五人のメンバーがそろっていないと認められない。去年までは「本物」の文芸部員の先輩がふたりもいたから、ちょうど五人で要件を満たしていたが、そのふたりが卒業してしまったので、いまは三人になってしまった。一学期中に五人まで戻らないと、部室も没収される可能性がある。
それはそれでマズい。学校のなかで、みんなが集まる場所がなくなるからだ。文芸部の存続は、切実な問題だった。
梨音が部室のドアを開けると、部屋の真ん中に置かれた、折り畳みができる長テーブルには先客がいた。
澪子と桐也。
ふたりとも、部室の本棚にある文庫本を読んでいる。梨音に気づいて、澪子がおもてを上げた。梨音の渋い表情とぶつかって、澪子が口許に指を添える。
「……その様子ですと、加藤さんには逃げられたみたいですね」
「逃げられた」
「仕方ないですね。無理強いはできませんから」
と、桐也。文庫本から目を離さないまま。
「でも、加藤さんには仲間になってもらわないと……。ついでに、文芸部にも入ってもらわないと、困るよ、あたしたち?」
「部員が不足してることでしたら、僕がなんとかできるかもしれませんよ」
「誰でもいいってわけじゃないじゃん」
「そうですね。特にいまは、包み隠さずなんでも話し合えるメンバーでないといけませんわ」
と、澪子。パタンと文庫本を閉じて、立ちっぱなしの梨音に目顔で空いている席を勧める。それから、長テーブルの端で突っ伏している、薄い水色のかたまりに視線を向けて、
「梨音さん、結界をお願いできますか?」
梨音は長テーブルに配された丸椅子に腰かけると、神妙な表情でうなずいた。
梨音が、魔力を引き寄せる。
空間の性質に変化を与える、空の素の魔法。この魔法を扱える者は少ない。梨音は、その数少ないうちのひとりだった。
部室の周囲に、光と音を遮断する結界を張る。この結界のなかにいる限り、なかの音が外に洩れることはないし、秘密にしておきたい光景を外から目撃されることもない。
「もう動いてもいいですよ、紫蝶」
澪子が呼びかけると、水色のかたまりがモソモソと動き出した。プハーッと息を吐き、机から顔を起こす。
その顔を見て、梨音の口許がひきつる。
「……どうしたの、その顔?」
ぬいぐるみみたいな生き物──紫蝶という名の精霊の顔は、無残にも赤くただれた擦り傷だらけだった。
その生き物は、あえて似ているものを挙げるとしたら、ミニサイズのドラゴンだろうか。背中に青い小さな翼が生えていて、空を自由自在に飛べる。大きな紫色の瞳、ダイヤモンドのかたちをした額の宝石、耳は大きくフワフワで、手足は短く、太い。お腹には緑色のポケット。そのままぬいぐるみでもとおってしまうほどのかわいらしさ。
なのに、いまはその愛くるしいマスクは傷だらけになっていた。
紫蝶、涙目。甲高い少女の声で、彼女は訴えた。
「昨日の夜、美月につかまって、壁にゴリゴリされました……」
「梨音さん、治してあげてくれますか?」
桐也が優しい声で促す。梨音は得意げなドヤ顔をすると席を立ち、痛々しい姿の精霊に右手をかざす。梨音にしか使えない癒しの魔法を浴びて、見る見る紫蝶の顔の傷が回復した。
紫蝶、復活。小さな精霊は踊って、喜ぶ。




