こんな顔した奴なんだ
父親参観日。
彰吾はマリアの隣に座り、色画用紙でよく分からない仮面を作っていた。
「パパ、そこ切っちゃ駄目!」
「えっ、ここ線が引いてあるじゃん」
「そこは模様なの!」
開始から十分で、すでに一度失敗している。
同じ机では、リンカとアイリの父親も無言でハサミを動かしていた。
彰吾は二人へ小声で話しかける。
「プリキュアの名前、覚えました?」
二人が同時に頷いた。
「おままごとに誘われるのが、一番きつくないですか?」
再び、二人が深く頷く。
「正直、娘が可愛すぎて嫁にやる気ないですよね?」
二人とも強く頷いた。
彰吾は周囲を確認し、さらに声を潜める。
「どの先生が一番かわいいと思います?」
アイリの父親が、仮面を見つめたまま答えた。
「……あずさ先生」
「同じです」
彰吾とアイリの父親は、固く握手を交わす。
リンカの父親も口を開いた。
「俺は……シスター山田先生」
彰吾とアイリの父親が、同時に顔を上げる。
「シスターは駄目です」
「バチ当たりますよ」
「ええええ」
三人は笑いをこらえながら、娘たちの仮面を作り続けた。
◇
数日後の祝日。
「今日、マリアを連れて、実家へ行ってくるよ」
「母さんがたまには顔を見せろって」
彰吾が言うと、香織は少し驚いた顔をした。
「あら、私も行った方がいい?」
「いや、うちの実家だと気を遣うだろ。家でゆっくりしてなよ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
香織はあっさり頷いた。
彰吾は笑顔を返し、マリアと家を出た。
◇
実家では、姉の恭子が待っていた。
マリアが祖母と遊び始めると、彰吾は恭子を別の部屋へ呼んだ。
浮気に気づいてから、半年がたっていた。
香織との生活。
育児を始めたこと。
浮気については、まだ問い詰めていないこと。
そして香織は、彰吾に疑われていることに気づいていない。
恭子は途中で口を挟まず、最後まで黙って聞いていた。
「それで、あんたはどうしたいの?」
「どうって?」
「香織さんと離婚したいの?」
彰吾はすぐに答えられなかった。
浮気を知った夜なら、迷わず離婚すると言っていたかもしれない。
だが、この半年間は、怒りだけで過ごしてきたわけではない。
マリアを幼稚園へ送り、食事を作り、髪を結ぶ。
三人で食卓を囲み、香織と何事もなかったように話す日もあった。
「正直、分からない」
彰吾は正直に答えた。
「香織と、このまま暮らしたいとは思わない。でも、離婚したらマリアと離れるかもしれない」
「香織さんへの気持ちは?」
「大学の頃からずっと一緒だったから、簡単に嫌いにはなれないよ」
彰吾は少し間を置いた。
「でも、信用はしてないかな」
恭子は小さく頷いた。
「だったら、今すぐ結論を出さなくていい。離婚するかどうかと、準備をするかどうかは別だから」
「準備?」
「親権で争うなら、弁護士は必要になるよ」
「やっぱり?」
「当然でしょ。あんたが半年間育児をしてきたことも、ちゃんと残しておいた方がいい」
「何を残すんだ?」
「送り迎えの記録、幼稚園からの連絡、食事、病院、行事への参加。誰が日常的にマリアを育てているのか分かるもの」
彰吾はスマートフォンを取り出し、メモを始めた。
恭子は続ける。
「それと、貯金はあるの?」
彰吾は首を横に振った。
「ほとんどない。家計簿をつけるようになって分かったんだけど、毎月十万円くらい、何に使ったのか分からない金がある」
「香織さんが使ってるってこと?」
「うん。貯金がゼロだとは思ってもなかったよ」
「何年くらい?」
「はっきりしない。でも、少なくとも一年以上は続いてると思う」
恭子の表情が険しくなる。
「それ、浮気相手に使ってる可能性もあるよね」
「俺が稼いだ金で?」
口に出した瞬間、彰吾の中で怒りが膨らんだ。
自分が終電まで働いている間に、香織はその金を別の男へ使っていたのかもしれない。
「彰吾、今は怒らないで」
「でも」
「問い詰めたら、明細も連絡も全部消されるかもしれない。通帳とカードの利用履歴は、今のうちに残しておきなさい」
「証拠になる?」
「なるかどうかは弁護士に聞く。でも、消されたら確認すらできなくなる」
彰吾は頷いた。
「それから、浮気の証拠もちゃんと集めなさいよ」
「それは、大丈夫かな」
「そうなの?」
彰吾は小さく笑って何も答えなかった。
恭子が目を細める。
「まあ、帰っても絶対に顔に出さないこと」
「分かってる」
「本当に?」
「半年間、何も知らない夫をやってきたんだ」
彰吾は静かに言った。
「今日一日くらい、どうってことないよ」
恭子は心配そうな顔をしたまま、それ以上は何も言わなかった。
◇
夜、マリアと自宅へ戻った。
「おかえり。楽しかった?」
香織が笑顔で出迎える。
「ばあばの家でお月見のお団子食べたよ!」
「よかったね」
彰吾は香織の顔を見た。
いつもと特に変わらない。
「私がマリアをお風呂に入れるからゆっくりしてて」
「ありがとう」
香織とマリアが風呂へ入る。
二人の声と水音が聞こえる中、彰吾はリビングの棚へ向かった。
朝、そこへ仕掛けておいた小型のビデオカメラ。
メモリーカードを抜き、ノートパソコンへ差し込む。
動画を再生する。
数分後。
画面に映る男の顔を、じっと見つめる。
「へえ……」
口元だけが、わずかに動いた。
「こんな顔した奴なんだ」




