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こんな顔した奴なんだ

父親参観日。


彰吾はマリアの隣に座り、色画用紙でよく分からない仮面を作っていた。


「パパ、そこ切っちゃ駄目!」


「えっ、ここ線が引いてあるじゃん」


「そこは模様なの!」


開始から十分で、すでに一度失敗している。


同じ机では、リンカとアイリの父親も無言でハサミを動かしていた。


彰吾は二人へ小声で話しかける。


「プリキュアの名前、覚えました?」


二人が同時に頷いた。


「おままごとに誘われるのが、一番きつくないですか?」


再び、二人が深く頷く。


「正直、娘が可愛すぎて嫁にやる気ないですよね?」


二人とも強く頷いた。


彰吾は周囲を確認し、さらに声を潜める。


「どの先生が一番かわいいと思います?」


アイリの父親が、仮面を見つめたまま答えた。


「……あずさ先生」


「同じです」


彰吾とアイリの父親は、固く握手を交わす。


リンカの父親も口を開いた。


「俺は……シスター山田先生」


彰吾とアイリの父親が、同時に顔を上げる。


「シスターは駄目です」


「バチ当たりますよ」


「ええええ」


三人は笑いをこらえながら、娘たちの仮面を作り続けた。



数日後の祝日。


「今日、マリアを連れて、実家へ行ってくるよ」


「母さんがたまには顔を見せろって」


彰吾が言うと、香織は少し驚いた顔をした。


「あら、私も行った方がいい?」


「いや、うちの実家だと気を遣うだろ。家でゆっくりしてなよ」


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


香織はあっさり頷いた。


彰吾は笑顔を返し、マリアと家を出た。



実家では、姉の恭子が待っていた。


マリアが祖母と遊び始めると、彰吾は恭子を別の部屋へ呼んだ。


浮気に気づいてから、半年がたっていた。


香織との生活。


育児を始めたこと。


浮気については、まだ問い詰めていないこと。


そして香織は、彰吾に疑われていることに気づいていない。


恭子は途中で口を挟まず、最後まで黙って聞いていた。


「それで、あんたはどうしたいの?」


「どうって?」


「香織さんと離婚したいの?」


彰吾はすぐに答えられなかった。


浮気を知った夜なら、迷わず離婚すると言っていたかもしれない。


だが、この半年間は、怒りだけで過ごしてきたわけではない。


マリアを幼稚園へ送り、食事を作り、髪を結ぶ。


三人で食卓を囲み、香織と何事もなかったように話す日もあった。


「正直、分からない」


彰吾は正直に答えた。


「香織と、このまま暮らしたいとは思わない。でも、離婚したらマリアと離れるかもしれない」


「香織さんへの気持ちは?」


「大学の頃からずっと一緒だったから、簡単に嫌いにはなれないよ」


彰吾は少し間を置いた。


「でも、信用はしてないかな」


恭子は小さく頷いた。


「だったら、今すぐ結論を出さなくていい。離婚するかどうかと、準備をするかどうかは別だから」


「準備?」


「親権で争うなら、弁護士は必要になるよ」


「やっぱり?」


「当然でしょ。あんたが半年間育児をしてきたことも、ちゃんと残しておいた方がいい」


「何を残すんだ?」


「送り迎えの記録、幼稚園からの連絡、食事、病院、行事への参加。誰が日常的にマリアを育てているのか分かるもの」


彰吾はスマートフォンを取り出し、メモを始めた。


恭子は続ける。


「それと、貯金はあるの?」


彰吾は首を横に振った。


「ほとんどない。家計簿をつけるようになって分かったんだけど、毎月十万円くらい、何に使ったのか分からない金がある」


「香織さんが使ってるってこと?」


「うん。貯金がゼロだとは思ってもなかったよ」


「何年くらい?」


「はっきりしない。でも、少なくとも一年以上は続いてると思う」


恭子の表情が険しくなる。


「それ、浮気相手に使ってる可能性もあるよね」


「俺が稼いだ金で?」


口に出した瞬間、彰吾の中で怒りが膨らんだ。


自分が終電まで働いている間に、香織はその金を別の男へ使っていたのかもしれない。


「彰吾、今は怒らないで」


「でも」


「問い詰めたら、明細も連絡も全部消されるかもしれない。通帳とカードの利用履歴は、今のうちに残しておきなさい」


「証拠になる?」


「なるかどうかは弁護士に聞く。でも、消されたら確認すらできなくなる」


彰吾は頷いた。


「それから、浮気の証拠もちゃんと集めなさいよ」


「それは、大丈夫かな」


「そうなの?」


彰吾は小さく笑って何も答えなかった。


恭子が目を細める。


「まあ、帰っても絶対に顔に出さないこと」


「分かってる」


「本当に?」


「半年間、何も知らない夫をやってきたんだ」


彰吾は静かに言った。


「今日一日くらい、どうってことないよ」


恭子は心配そうな顔をしたまま、それ以上は何も言わなかった。



夜、マリアと自宅へ戻った。


「おかえり。楽しかった?」


香織が笑顔で出迎える。


「ばあばの家でお月見のお団子食べたよ!」


「よかったね」


彰吾は香織の顔を見た。


いつもと特に変わらない。


「私がマリアをお風呂に入れるからゆっくりしてて」


「ありがとう」


香織とマリアが風呂へ入る。


二人の声と水音が聞こえる中、彰吾はリビングの棚へ向かった。


朝、そこへ仕掛けておいた小型のビデオカメラ。


メモリーカードを抜き、ノートパソコンへ差し込む。


動画を再生する。


数分後。


画面に映る男の顔を、じっと見つめる。


「へえ……」


口元だけが、わずかに動いた。


「こんな顔した奴なんだ」



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