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浮気相手のコーチ

一か月後。


彰吾は、どうにか子育てを続けていた。


朝食を作り、幼稚園へ送り、帰宅後は風呂と翌日の準備。


最初の頃より失敗は減ったが、うまくできている実感はない。


その朝も、スマートフォンで見本を確認しながら髪を結ぶと、マリアは鏡を見て不満そうな顔をした。


「ねえ、パパ」


「なに?」


「送り迎え、ママがいい」


彰吾の手が止まった。


「どうして?」


「みんな、ママにやってもらってるもん」


悪気のない言葉だった。


「……そっか。でも、パパも頑張るからさ。もう少しだけ付き合ってよ」


そう返すしかなかった。


少し離れた場所から、香織はそんな二人を黙って見ていた。



その週末。


幼稚園の友達とその家族が集まり、近所の広い公園で花見が開かれた。


アイリやリンカの母親も来ており、香織と楽しそうに話している。


香織はママ友の間でも顔が広い。


それに比べて、〝マリアちゃんのパパ〟に向けられるのは、軽い会釈だけだった。


桜の下には大きなシートが敷かれ、料理や菓子が並んでいる。


親たちは酒を飲みながら、いくつかの輪に分かれて話していた。


子どもたちは、もうすぐ年長になる。


このくらいの年齢になると、親も付きっきりにはならない。


目の届く範囲で遊ばせながら、時々様子を見る程度だ。


彰吾は勧められた酒を断り、常にマリアの近くにいた。


会話に入れないわけではない。


ただ、マリアから目を離すことが、どうしてもできなかった。


「マリアちゃんのパパも、あんなに見てないで、こっちに座ればいいのにね」


彰吾を見ながら、ママ友の一人が言う。


「あの人、仕事ばっかりで人付き合いが下手だから」


香織が代わりに答えた。


「放っておいてあげて」


ほかの父親たちも、輪に入ろうとしない彰吾を遠巻きに見ていた。


二時間ほどが過ぎた。


マリアたちが砂場で夢中になって遊んでいるのを確認し、彰吾は親たちの輪へ戻った。


「香織、お茶もらってもいい?」


香織からペットボトルを受け取り、口をつける。


そのまま、彰吾はブルーシートを見回した。


彰吾の顔が険しくなる。


「あれ? カナタ君は?」


カナタの両親が顔を上げる。


「さっき、ヨウタ君とシーソーの方に走っていったから、まだそっちにいるんじゃないかな?」


「いえ。シーソーのところには、ヨウタ君しかいません」


カナタの母親が顔色を変えた。


「こっちに歩いていたから、てっきり戻っていると思ってました」


彰吾は周囲を確認する。


そして、カナタ以外の七人の子どもがいる場所を、順番に指さした。


「あんた、全員の子どもがどこにいるか把握してるの?」


香織が驚いた顔をする。


「うん。高校のサッカーで司令塔をやってたから、つい全体を見る癖があるんだ」


カナタの両親が立ち上がり、慌てて探し始める。


ほかの親たちも酒を置き、それぞれ公園内へ散っていった。


子どもが一人いない。


そう思った途端、公園の景色が急に危険な場所へ変わった。


木や遊具の裏には死角が多い。公園脇の道路では、車がかなりの速度で走っている。


彰吾は、公園の出口へ目を向けた。


少し前、カナタが知らない子どもたちと話していたことを思い出す。


「もしかして……」


彰吾は公園を飛び出し、走っていった。


五分後。


彰吾は、カナタを肩車して戻ってきた。


「カナタ!」


両親が駆け寄る。


「すぐ近くの別の公園にいました。知らない子と友達になって、ついていったみたいです」


そう言って、カナタを肩から下ろす。


両親は息子を強く抱きしめたあと、彰吾へ何度も頭を下げた。


帰り道。


彰吾たちは三人で歩いて帰宅する。


彰吾に肩車されたマリアが、楽しそうに言った。


「パパ、大活躍だったね」


「ふふ、まあね」


彰吾は、少しだけ自信を取り戻した。



数日後。


香織は駅から離れたホテルの一室にいた。


「ごめんね。最近、家に呼べなくて」


香織が言うと、ベッドに寝転んでいたコウスケが顔を向ける。


「なんかあったの?」


「旦那がさ、会社を早く上がるようになって、子育て始めたんだよね」


「おっ。もしかして、感づかれたんじゃないの?」


「何も言ってこないし、それはないと思うけど」


コウスケは枕に頭を預けた。


「でも、家族のために頑張ろうとしてるんじゃない?」


「さあ。急に父親らしいことをしたくなったんじゃない?」


香織は興味なさそうに答えた。


「香織は、旦那に惚れ直したりしないの?」


「しないかな」


香織は迷わなかった。


「もう二年以上、コウスケと会う生活が当たり前になってるし。彰吾に愛情はないよ」


コウスケが吸っていた煙草を取り、香織も一口吸う。


「離婚は?」


「今は、まだしない」


「今は?」


「ばれたら、離婚になるでしょ。そのときは、それだけのこと」


まるで、他人の家庭について話しているような口調だった。


コウスケが香織の肩を抱く。


「まあ、しばらく子育ては旦那に任せて、俺たちは楽しもうよ」


「それもいいかもね」


香織はスマートフォンを手に取った。


『まだ友達と飲んでる。少し遅くなるね』


彰吾へメッセージを送り、何事もなかったようにスマートフォンを伏せた。



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