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朝の失態

数回の協議の末、彰吾の働き方が正式に変更された。


時給五千円。


勤務時間は日中のみで、担当業務に合わせて自分で調整できる。


会社側も簡単に認めたわけではない。しかし彰吾が退職すれば、複数の案件が止まる。結局、統括部長が特例として押し切った。


その日の夜。


夕食の途中、彰吾は香織へ話を切り出した。


「これからは、俺もマリアのことをやるよ」


香織が箸を止める。


「何を?」


「幼稚園の送り迎えとか、風呂とか、ご飯とか」


「仕事はどうするの?」


「勤務時間を変えてもらった。これからは朝遅めに出て、お迎えの時間までに帰れる」


香織はしばらく彰吾を見たあと、小さく笑った。


「本気で言ってるの?」


「本気だよ」


「まあ、できると思うなら止めないけど」


応援しているようには聞こえなかった。


どうせ続かない。その顔には、そう書いてある。


「やるよ。明日から」


彰吾は言い切った。



その夜、彰吾はパソコンで予定表を作った。


七時、起床。


七時十分、着替え。


七時三十分、朝食。


七時五十分、歯磨き。


八時、幼稚園へ出発。


帰宅後も、夕食、入浴、自由時間、翌日の準備、就寝まで細かく時間を決めた。


仕事と同じだ。


必要な作業を分解し、時間を割り当てればいい。


遅れが出たら、次の作業で取り戻す。


彰吾は完成した予定表を見て満足した。


これなら回せる。


香織の、人を小馬鹿にしたような顔を思い出す。


十人いる課の仕事を、ほとんど一人で回してきたんだぞ。


子ども一人くらい、どうってことない。


育児ノイローゼなんて、ただの甘えだということを教えてやる。


彰吾の目に、静かな闘志が宿った。



翌朝。


「マリア、起きる時間だよ」


眠そうな顔をしたマリアが、ふらふらと起きてくる。


「お着替えをしようね」


半分眠っているマリアを抱きかかえ、幼稚園の制服を着せた。


「じゃあ、ご飯を食べようか」


テーブルの上には、すでにトーストとジャム、それにフルーツが並んでいる。


マリアはトーストを一枚手に取り、じっと眺めた。


「パパ」


「どうしたの?」


「マリアね、朝はお茶漬けがいいの」


「えっ、お茶漬けなの?」


椅子に座って様子を見ていた香織が、コーヒーを飲みながら頷いた。


ご飯なんて炊いてないし……。


「今日はパンにしない? お茶漬けは明日にしよう」


マリアはトーストを皿へ戻した。


「やだ。お茶漬けじゃないとやだ」


「くっ……」


香織がぼそりと言う。


「冷凍庫に少しご飯が残ってるよ」


彰吾は無言で冷凍庫からご飯を取り出した。


時計を見る。


すでに十分オーバーしている。


しかし、まだ巻き返せる。


マリアがお茶漬けを食べている間に、幼稚園のかばんを確認する。


チャックを開けると、赤ちゃんの人形が出てきた。


彰吾はそれを取り出す。


その奥には、赤い折り紙を丸めたような物が入っていた。


――これは、なんだ?


彰吾は迷わずゴミ箱へ捨てた。


「パパ、なんで捨てちゃうの! それ、リナちゃんがくれたメダル!」


彰吾は慌ててゴミ箱から拾い上げる。


「えっ、これメダルなの!?」


もう一度見直したが、どう見ても丸めた折り紙だった。


マリアがお茶漬けを食べ終える。


あとは歯磨きと、髪を整えれば終わりだ。


マリアが歯を磨いている間、彰吾は後ろから髪にブラシを通す。


「ミンティちゃんみたいにして」


「はい?」


「ミンティちゃんの髪型がいい」


「ごめん。パパ、その子知らないや」


マリアが歯ブラシを洗面台へ置いた。


「じゃあ、幼稚園行かない」


彰吾は洗面台の鏡に映るマリアの顔を見る。


絶対に引かないガチギレの顔だった。


「明日。明日やってあげるから。な?」


彰吾は必死に説得する。


すると、マリアの目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。


「幼稚園いかなーい!」


「ううっ……」


「ねえ、もう時間よ」


後ろから香織が声をかける。


時計を見ると、すでに出発時間になっていた。


香織がマリアの後ろへ回り込む。


「ママがミンティちゃんの髪型にしてあげるから、泣かないの」


マリアはこくんと頷いた。


香織は彰吾を見る。


「もう邪魔だから、あんたは早く会社に行って!」


「でも…」


「本当に間に合わなくなるよ。まだトイレにも行かせてないし!」


「うう……ごめん」


彰吾はとぼとぼと家を出た。


「久しぶりに人から怒られたな」


彰吾は寂しそうに呟いた。


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