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親権

「マリアは、どっちと暮らすの?」


彰吾と香織は、同時に顔を上げた。


「えっと……それは」


彰吾は言葉に詰まる。


「まだ、決まってないんだ」


香織は黙ったまま、視線をそらしていた。


「この話はいったん終わりにして、お風呂に入ろうか」


「ママと入ろう」


香織はそう言うと、すぐにマリアの手を引いて立ち上がった。


彰吾は、その後ろ姿を見て嫌な予感がした。



夜中。


リビングのソファで眠っていた彰吾の前に、香織が立っていた。


「彰吾、起きて」


彰吾は身体を起こす。


「こんな時間にどうしたの?」


薄明かりの中、香織は彰吾の目をまっすぐに見つめた。


さっきまでの寂しそうな表情は、もうどこにもない。


「今後のマリアのことだけど」


「うん……」


「マリアは、必ず私が引き取るから」


はっきりと言い切った。


彰吾が何か返すより先に、香織は背を向け、そのままリビングを出ていった。


やがて、階段を上がる足音が聞こえる。


彰吾はソファに座ったまま、しばらく動けなかった。


宣戦布告。


そう受け取った。



翌日から、マリアの親権についての話し合いが始まった。


マリアが起きている間は、二人で協力して世話をする。


しかし、マリアが寝静まると、キッチンのテーブルを挟んで言い争った。


「マリアは私が引き取る」


「冗談じゃない。マリアは俺と暮らす」


「子どもが母親と暮らすのは当たり前だと思わない?」


「まったく思わない。それは香織が決めることじゃない」


「生まれてから五年間、中心になって育てたのは私よ。マリアのことは、私が一番分かってる」


「俺だって、この一年は食事、送り迎え、通院、幼稚園の行事までやってきた。仕事も育児に合わせて変えた」


「たった一年でしょ。それまでは、ずっと放置してたくせに」


「過去だけで決めるんじゃなくて、マリアのこれからを考えるべきだろ」


香織はテーブルの上で拳を握った。


「別に、マリアに会うなと言ってるわけじゃないでしょ!」


「偉そうに言うな。そもそも、離婚の原因はお前の浮気だろ」


「浮気と親権は別の話だから」


「どんだけ図々しいんだよ!」


「妻として悪かったことは認める。でも、母親として育ててきたことまで否定させない」


彰吾は言い返そうとした。


しかし、言葉が出てこなかった。


浮気をしたからといって、それだけで親権が決まるわけではない。


ここから先は、夫と妻ではなく、父親と母親の争いだった。


話し合いは、その日だけでは終わらなかった。


翌日も、その次の日も、マリアが眠ると二人は向かい合った。


結局、数日間話し合っても答えは出なかった。


決まったのは、親権が決まるまで、どちらもこの家を出ないということだけだった。



朝。


香織がキッチンへ行くと、すでに彰吾がマリアの朝食を用意していた。


「今日は私がやるから」


「もうできてるよ」


香織は何も言わず、冷蔵庫からヨーグルトを取り出す。


その横で、彰吾がマリアの髪を結び始めた。


「今日のお迎えは私が行く」


「今日は俺の予定だっただろ」


「予定が変わったの」


「じゃあ、俺も行く」


二人の間に座るマリアが、不思議そうに顔を上げた。


「パパとママ、また喧嘩してるの?」


彰吾と香織は同時に口を閉じる。


「してないよ」


二人の声が重なった。


マリアは納得していない顔で、朝食を口へ運ぶ。


親権が決まるまで、どちらもこの家を出ない。


そして、どちらもマリアの世話を相手へ譲るつもりはなかった。


同じ家の中で、静かな争いが始まった。


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