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17/22

離婚

夜になり、彰吾はマリアに夕食を食べさせた。


自分と香織の分は、当然のように作らなかった。


食事が終わる頃になって、香織がようやく寝室から出てくる。


マリアが不思議そうに見つめると、香織は優しく笑い返した。


何かを感じ取ったのか、マリアはぐずることもなく、夜の八時にはベッドへ入った。



彰吾が子ども部屋から出ると、香織は食卓に座って待っていた。


彰吾も正面の席へ腰を下ろす。


長い沈黙が続いた。


やがて、香織が深く頭を下げる。


「ごめんなさい」


それは、浮気を許してほしいという意味ではなかった。


これまで彰吾を騙していたことへの謝罪だった。


彰吾は何も言わず、頭を下げる香織を見ている。


「どうして、気づいていたのに何も言わなかったの?」


香織が小さな声で尋ねた。


彰吾は少し間を置いて答える。


「マリアと会えなくなると思ったから」


香織はゆっくりと頷いた。


再び、長い沈黙が訪れる。


彰吾は視線を落としたまま、静かに言った。


「離婚しか……ないと思う」


香織の目から、数滴の涙が落ちた。


「あんなところを見られたら……何も言えないよね」


震える声で呟く。


彰吾は目をそらした。


「香織は、どう思う?」


香織の頭に、お泊まり保育の夜が浮かんだ。


二人で手をつないで歩いたこと。


最近になって、少しだけ夫婦へ戻れたような気がしたこと。


もう少し早く、彰吾をきちんと見ていればよかった。


そう思っても、もう遅かった。


長い沈黙のあと、香織は口を開く。


「分かった。離婚しましょう」



翌日、彰吾は会社を休み、区役所で離婚届を受け取った。


自宅へ戻ると、マリアのいないところで香織へ見せる。


香織は離婚届を見つめ、小さく頷いた。


彰吾がその場を離れようとすると、香織が呼び止める。


「ねえ、マリアにはいつ話すの?」


彰吾は壁のカレンダーへ目を向けた。


「次の土曜日にしよう。それまでは、普通に過ごそう」


香織は黙って頷いた。


土曜日まで、二人はマリアに笑顔で接した。


しかし、彰吾と香織が目を合わせることはなく、必要なこと以外は何も話さなかった。


夜、食事をしながらマリアが言う。


「ねえ、今度みんなで動物園に行きたい」


彰吾は小さく笑って頷いた。


香織も、何も知らないマリアへ微笑み返す。


三人の家庭は、消える寸前のシャボン玉のように、かろうじて形を保っていた。



土曜日。


三人は朝から動物園へ出かけた。


マリアは大喜びで園内を走り回り、彰吾と香織がそのあとを追いかける。


動物と一緒に写真を撮り、小さなヒヨコを手のひらに乗せた。


キリンの檻の前では、通りかかった人に頼み、三人で写真を撮ってもらった。


昼になると、香織が作ったおにぎりを並んで食べる。


「また三人で来ようね」


マリアが笑顔で言った。


彰吾と香織は、少し遅れて頷いた。


「うん」


何をしていても、これが三人で過ごす最後の日になるかもしれないと思うと、胸が痛んだ。


まだ日が暮れる前だったが、三人は少し早めに動物園を出た。


帰りの車で、遊び疲れたマリアはすぐに眠った。


彰吾と香織は、一度も言葉を交わさないまま、自宅へ戻った。



夜。


ソファで眠っていたマリアが、大きなあくびをしながら目を覚ました。


キッチンのテーブルには、彰吾と香織が並んで座っている。


「マリア、こっちおいで」


香織が手を引き、二人の間に座らせた。


冷蔵庫からジュースを取り出し、コップへ注ぐ。


マリアはまだ眠そうな顔で、それを嬉しそうに飲んだ。


彰吾が香織を見る。


「話そうか……」


香織は小さく頷いた。


「マリア」


「なに?」


彰吾は何度か口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。


動物園で笑っていたマリアの顔が頭に浮かぶ。


それでも、いつまでも黙っているわけにはいかない。


「実はね。パパとママは、別々に暮らすことになったんだ」


マリアはきょとんとしている。


彰吾は、もう一度言い直した。


「パパとママが、違うお家に住むってこと」


「どうして?」


マリアが首をかしげる。


「パパとママはね。一緒にいると、喧嘩しちゃうようになったんだ」


「でも、パパとママは仲良しだよ」


彰吾は言葉に詰まった。


香織が膝の上で、両手を強く握る。


「ママが、もうパパと一緒にいられないことをしちゃったの」


彰吾が香織を見る。


「分かんないよ。なんで一緒にいられないの?」


「ごめんね。ママが全部悪いの」


香織の目から、大粒の涙がこぼれた。


「パパ、ママはなんで泣いてるの?」


彰吾の目にも涙が浮かぶ。


「パパとママは別々に暮らすけど、二人ともマリアのことは大好きだから」


マリアは不安そうに、二人の顔を見つめた。


彰吾と香織は、同時にマリアの小さな手を握る。


「パパもママも、マリアのことが一番大事なんだ」


「じゃあ……」


マリアは二人の顔を交互に見た。


「マリアは、どっちと暮らすの?」


彰吾と香織は、同時に顔を上げた。



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