きょうだいが欲しい
マリアの誕生日まで、あと一週間。
夕食を食べながら、彰吾は向かいに座るマリアへ尋ねた。
「誕生日プレゼント、何が欲しいか決めた?」
マリアはご飯をかき込みながら、大きく頷く。
「マリアは、きょうだいが欲しいの」
彰吾の手が止まった。
隣に座る香織も、ゆっくりと顔を上げる。
「きょうだい?」
「どうして欲しいの?」
マリアはスプーンを置いた。
「だって、アイリちゃんには妹がいて、リンカちゃんには弟がいるのに、マリアだけいないんだよ」
そういうことか。
一人っ子なのが寂しいらしい。
彰吾は慌てて話をそらした。
「プリンセスのコスプレセットは? かわいいドレスのやつ」
「いらない」
「じゃあ、もこもこシールをたくさん買うのは?」
「ほしくない」
マリアはかたくなだった。
「赤ちゃんのお人形はどう? ミルクを飲むやつ」
珍しく香織も援護する。
しかし、マリアは首を横に振った。
「誕生日プレゼントは、絶対にきょうだいがいい!」
彰吾も香織も、目を合わせることができなかった。
どれだけ待ったところで、この家に弟や妹がやってくることはないのだから。
◇
その日、彰吾は自宅の書斎で仕事をしていた。
二台のモニターには、ログと設計資料が表示されている。
廊下では、マリアが半分だけ開いたドアから、こっそり彰吾をのぞいていた。
そこへ、統括部長から通話が入る。
「どうしました?」
『彰吾君、悪いけど、海外チームとの会議に参加してくれないかな』
「僕がですか?」
『朝からシステムエラーが出ているんだが、向こうは日本側の責任だと言って聞かない。話が進まなくてね』
「分かりました。すぐ入ります」
彰吾がオンライン会議へ接続すると、日本と海外の担当者たちが英語で激しく言い争っていた。
日本側は設定に問題はないと主張し、海外側は日本から送られたデータが原因だと言い張っている。
彰吾は口を挟まず、共有されたログを追った。
同じ説明が何度も繰り返され、互いに責任を押しつけ合っている。
彰吾の目が、ある時刻で止まった。
『Excuse me. May I say something?』
少し強い声を出すと、全員の発言が止まった。
彰吾はログの一部を拡大する。
『この処理の直前に、別のサーバーが同じデータを更新しています』
日本側の担当者が首を振った。
「そこには排他制御が入っています。同時に更新されることはありません」
「通常はそうです。でも、この二十六ミリ秒だけ、処理の順番が逆になっています」
彰吾は二つのログを並べた。
「どちらか一方のミスではありません。二つの処理が同時に走ったときだけ発生する、設計上のエラーです」
会議が静まり返る。
しばらくして、海外側の責任者が頷いた。
『確かに、その通りだ』
彰吾はそのまま、暫定対応と恒久対応を説明する。
先ほどまでの言い争いが嘘のように、話がまとまっていった。
『君が入ると三日かかる話が一時間で終わるな』
統括部長が満足そうに笑う。
「皆さんがログを残してくれていたおかげです」
彰吾は何事もなかったように答えた。
「マリア、何してるの?」
後ろから香織に声をかけられ、マリアが振り返る。
「しーっ。パパ、英語でおしゃべりしてるよ」
香織も、ドアの隙間から書斎をのぞいた。
誰にも臆せず、海外の担当者へ指示を出す彰吾。
家でマリアの髪を結び、洗濯物を畳んでいる姿とは、まるで別人だった。
仕事をしている彰吾を、香織が見る機会はほとんどなかった。
「うん……パパ、すごいね」
香織は小さく呟いた。
そして、しばらく彰吾の後ろ姿から目を離せなかった。
◇
マリアの誕生日まで、あと三日。
「なあ、マリア。そろそろプレゼント決めようよ」
彰吾がカタログを見せる。
「だから、きょうだいが欲しいの」
「それは無理なんだって」
「なんでマリアのお家だけいないの?」
「そういうこともあるんだよ」
「やだ。もうお話しない」
同じやり取りを何度も繰り返し、彰吾も次第に余裕を失っていく。
「無理なものは無理なんだよ!」
思わず、強い声が出た。
マリアの顔が歪む。
「うわーん!」
泣きながら、香織のところへ走っていった。
彰吾はその場に立ち尽くす。
「しまった……」
香織は泣くマリアを抱きしめながら、彰吾を見た。
「仕方ないよ。何か喜びそうなもの、こっちで選ぶしかないんじゃない?」
責めるような口調ではなかった。
◇
その夜。
香織は寝室で、マリアを寝かしつけていた。
彰吾は部屋にすら入れてもらえず、廊下に立っている。
小さくドアをノックし、顔をのぞかせた。
マリアは彰吾の姿を見ると、頭まで布団をかぶる。
「パパなんか大嫌い!」
彰吾の指には、ペットボトルのふたで作った人形がいくつもはめられていた。
香織が不思議そうに見つめる。
彰吾は一度、大きく息を吸った。
「プ、プ、プリキュアショー、始まるよ!」
指人形を揺らしながら、声を絞り出す。
「イエース! イエース! プ・リ・キュ・ア!」
布団から、マリアがそっと顔を出した。
しかし、怪訝そうに彰吾を見ている。
「ラブリー! ラブリー! プ・リ・キュ・ア!」
彰吾は、アニメのオープニングを見よう見まねで歌い続けた。
「ワン……ワンダホー! イエー!」
「ふふっ」
ついにマリアが小さく笑った。
彰吾は手応えを感じ、さらに声を張る。
「なんだって、いいんじゃない!」
そこで動きが止まった。
「えーと……次、なんだっけ」
――駄目だ。歌詞が出てこない。
そのとき、指人形の後ろからウサギのぬいぐるみが現れた。
「失敗なんて怖くない! 私は恋する乙女だもん!」
香織がぬいぐるみを動かしながら参加する。
「きゃはははは!」
マリアは耐えきれず、布団から飛び出した。
彰吾の指から人形を一つ取ると、二人に交じって歌い始める。
三人が歌い終わった頃には、全員が笑顔になっていた。
彰吾はベッドの脇へ座る。
「マリア、ごめんな。さっきは大きな声を出して」
「ううん。マリアも、わがまま言ってごめんなさい」
「でも、きょうだいはやっぱり難しいんだ」
マリアはこくんと頷いた。
「マリアは、パパとママがいればいいよ」
彰吾はほっと息を吐く。
「もう、お姉ちゃんも欲しいって言わない」
「えっ?」
彰吾と香織が同時に顔を上げた。
「お姉ちゃん?」
マリアは頷く。
「優しいお姉ちゃんが欲しかったの」
「弟や妹は、めんどくさそうだからいらない」
彰吾と香織は顔を見合わせる。
どちらからともなく吹き出した。




