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きょうだいが欲しい

マリアの誕生日まで、あと一週間。


夕食を食べながら、彰吾は向かいに座るマリアへ尋ねた。


「誕生日プレゼント、何が欲しいか決めた?」


マリアはご飯をかき込みながら、大きく頷く。


「マリアは、きょうだいが欲しいの」


彰吾の手が止まった。


隣に座る香織も、ゆっくりと顔を上げる。


「きょうだい?」


「どうして欲しいの?」


マリアはスプーンを置いた。


「だって、アイリちゃんには妹がいて、リンカちゃんには弟がいるのに、マリアだけいないんだよ」


そういうことか。


一人っ子なのが寂しいらしい。


彰吾は慌てて話をそらした。


「プリンセスのコスプレセットは? かわいいドレスのやつ」


「いらない」


「じゃあ、もこもこシールをたくさん買うのは?」


「ほしくない」


マリアはかたくなだった。


「赤ちゃんのお人形はどう? ミルクを飲むやつ」


珍しく香織も援護する。


しかし、マリアは首を横に振った。


「誕生日プレゼントは、絶対にきょうだいがいい!」


彰吾も香織も、目を合わせることができなかった。


どれだけ待ったところで、この家に弟や妹がやってくることはないのだから。




その日、彰吾は自宅の書斎で仕事をしていた。


二台のモニターには、ログと設計資料が表示されている。


廊下では、マリアが半分だけ開いたドアから、こっそり彰吾をのぞいていた。


そこへ、統括部長から通話が入る。


「どうしました?」


『彰吾君、悪いけど、海外チームとの会議に参加してくれないかな』


「僕がですか?」


『朝からシステムエラーが出ているんだが、向こうは日本側の責任だと言って聞かない。話が進まなくてね』


「分かりました。すぐ入ります」


彰吾がオンライン会議へ接続すると、日本と海外の担当者たちが英語で激しく言い争っていた。


日本側は設定に問題はないと主張し、海外側は日本から送られたデータが原因だと言い張っている。


彰吾は口を挟まず、共有されたログを追った。


同じ説明が何度も繰り返され、互いに責任を押しつけ合っている。


彰吾の目が、ある時刻で止まった。


『Excuse me. May I say something?』


少し強い声を出すと、全員の発言が止まった。


彰吾はログの一部を拡大する。


『この処理の直前に、別のサーバーが同じデータを更新しています』


日本側の担当者が首を振った。


「そこには排他制御が入っています。同時に更新されることはありません」


「通常はそうです。でも、この二十六ミリ秒だけ、処理の順番が逆になっています」


彰吾は二つのログを並べた。


「どちらか一方のミスではありません。二つの処理が同時に走ったときだけ発生する、設計上のエラーです」


会議が静まり返る。


しばらくして、海外側の責任者が頷いた。


『確かに、その通りだ』


彰吾はそのまま、暫定対応と恒久対応を説明する。


先ほどまでの言い争いが嘘のように、話がまとまっていった。


『君が入ると三日かかる話が一時間で終わるな』


統括部長が満足そうに笑う。


「皆さんがログを残してくれていたおかげです」


彰吾は何事もなかったように答えた。


「マリア、何してるの?」


後ろから香織に声をかけられ、マリアが振り返る。


「しーっ。パパ、英語でおしゃべりしてるよ」


香織も、ドアの隙間から書斎をのぞいた。


誰にも臆せず、海外の担当者へ指示を出す彰吾。


家でマリアの髪を結び、洗濯物を畳んでいる姿とは、まるで別人だった。


仕事をしている彰吾を、香織が見る機会はほとんどなかった。


「うん……パパ、すごいね」


香織は小さく呟いた。


そして、しばらく彰吾の後ろ姿から目を離せなかった。




マリアの誕生日まで、あと三日。


「なあ、マリア。そろそろプレゼント決めようよ」


彰吾がカタログを見せる。


「だから、きょうだいが欲しいの」


「それは無理なんだって」


「なんでマリアのお家だけいないの?」


「そういうこともあるんだよ」


「やだ。もうお話しない」


同じやり取りを何度も繰り返し、彰吾も次第に余裕を失っていく。


「無理なものは無理なんだよ!」


思わず、強い声が出た。


マリアの顔が歪む。


「うわーん!」


泣きながら、香織のところへ走っていった。


彰吾はその場に立ち尽くす。


「しまった……」


香織は泣くマリアを抱きしめながら、彰吾を見た。


「仕方ないよ。何か喜びそうなもの、こっちで選ぶしかないんじゃない?」


責めるような口調ではなかった。



その夜。


香織は寝室で、マリアを寝かしつけていた。


彰吾は部屋にすら入れてもらえず、廊下に立っている。


小さくドアをノックし、顔をのぞかせた。


マリアは彰吾の姿を見ると、頭まで布団をかぶる。


「パパなんか大嫌い!」


彰吾の指には、ペットボトルのふたで作った人形がいくつもはめられていた。


香織が不思議そうに見つめる。


彰吾は一度、大きく息を吸った。


「プ、プ、プリキュアショー、始まるよ!」


指人形を揺らしながら、声を絞り出す。


「イエース! イエース! プ・リ・キュ・ア!」


布団から、マリアがそっと顔を出した。


しかし、怪訝そうに彰吾を見ている。


「ラブリー! ラブリー! プ・リ・キュ・ア!」


彰吾は、アニメのオープニングを見よう見まねで歌い続けた。


「ワン……ワンダホー! イエー!」


「ふふっ」


ついにマリアが小さく笑った。


彰吾は手応えを感じ、さらに声を張る。


「なんだって、いいんじゃない!」


そこで動きが止まった。


「えーと……次、なんだっけ」


――駄目だ。歌詞が出てこない。


そのとき、指人形の後ろからウサギのぬいぐるみが現れた。


「失敗なんて怖くない! 私は恋する乙女だもん!」


香織がぬいぐるみを動かしながら参加する。


「きゃはははは!」


マリアは耐えきれず、布団から飛び出した。


彰吾の指から人形を一つ取ると、二人に交じって歌い始める。


三人が歌い終わった頃には、全員が笑顔になっていた。


彰吾はベッドの脇へ座る。


「マリア、ごめんな。さっきは大きな声を出して」


「ううん。マリアも、わがまま言ってごめんなさい」


「でも、きょうだいはやっぱり難しいんだ」


マリアはこくんと頷いた。


「マリアは、パパとママがいればいいよ」


彰吾はほっと息を吐く。


「もう、お姉ちゃんも欲しいって言わない」


「えっ?」


彰吾と香織が同時に顔を上げた。


「お姉ちゃん?」


マリアは頷く。


「優しいお姉ちゃんが欲しかったの」


「弟や妹は、めんどくさそうだからいらない」


彰吾と香織は顔を見合わせる。


どちらからともなく吹き出した。



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