表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/22

シングルマザー

日曜日。


彰吾は幼稚園の講堂で、演劇会に使う背景セットを作っていた。


木材を床へ並べ、金槌で釘を打ち込んでいく。


作業をしているのは彰吾だけではない。


保護者会で声をかけたところ、十人ほどの父親たちが集まってくれた。


「せっかくのお休みにすみません」


彰吾が言うと、アイリの父親が頷く。


「まあ、家にいても嫁さんから嫌味言われるだけですから」


「うちもですよ」


一人が言い出すと、次々に妻への愚痴が始まった。


――部屋は汚くて当たり前。


――夕飯は準備できてなくて当たり前。


――スマホを見る暇があったら子どもを見ろ。


どこの家も、似たようなものらしい。


「彰吾さんは、奥さんが怒ったときどうしてます?」


金槌を持ったまま、彰吾は少し考えた。


「目を合わせない。背中を向けない。刺激せず、ゆっくり距離を取る」


アイリの父親がつっこんだ。


「それ熊に遭遇したときと同じ」


父親たちが一斉に笑った。


「間違いではないな」



昼を過ぎた頃、講堂の扉が開いた。


リオンと、その母親の紗季が紙袋を持って立っている。


「皆さん、お疲れさまです。差し入れを持ってきました」


「ありがとうございます」


父親たちは作業を止め、飲み物を受け取った。


彰吾は紙コップを持ちながら、何気なく尋ねる。


「リオン君のお父さんは、今日は仕事ですか?」


その瞬間、周囲が静かになった。


紗季は少しだけ目を伏せたあと、明るく笑う。


「うち、一昨年に離婚して、シングルマザーなんです」


「あ……すみません」


「大丈夫ですよ。隠しているわけじゃないので」


紗季は笑いながら、リオンの頭をなでた。


「こういう作業は参加できないので、せめて差し入れくらいはと思って」


「一人だと、やっぱり大変ですか?」


「そうですね。私が体調を崩したら、送り迎えを頼める人もいませんし、仕事を休めばその分お給料も減ります」


紗季はリオンへ目を向ける。


「何かあっても、相談する相手はいない。全部一人で決めないといけないんです」


先ほどまで妻への愚痴で盛り上がっていた父親たちは、黙って話を聞いていた。


「でも、子どもがいるから頑張れるんですけどね」


最後はいつもの笑顔に戻った。


彰吾は紙コップを握りながら、その生活が一本の細い糸で支えられているように感じた。



作業を終え、彰吾は、紗季とリオンと途中まで一緒に帰った。


「リオン君は、将来何になりたいの?」


「サッカー選手」


「じゃあ、おじさんの後輩になるかもな」


「マリアちゃんのパパみたいに、格好いいタックルができるといいね」


紗季が笑う。


リオンは紗季と手をつないで歩いていた。


しばらくすると、反対側にいる彰吾の手も、そっと握った。


紗季が驚いてリオンを見る。


「こら。マリアちゃんのパパが困るでしょ」


「大丈夫ですよ。マリアと同じですから」


彰吾は、その小さな手を握り返した。


ほんの少しの間だけ、三人は親子のように並んで歩く。


分かれ道で二人に手を振り、遠ざかる背中を見つめた。


親が離婚すれば、夫婦は別々の生活へ進める。


だが、子どもの中にできた空白は、誰が埋めるのだろう。


マリアにも、同じ寂しさを味わわせることになるのかもしれない。



翌日。


彰吾がトイレのドアを勢いよく閉めると、向かいの壁に立てかけてあった、マリアの室内滑り台が入った段ボールが倒れた。


段ボールは、ドアと壁の間につっかえ棒のようにはまる。


用を済ませた彰吾がドアを押すと、わずかに開いたところで止まった。


「ん?」


もう一度、力を込める。


しかし、ドアに押された段ボールの反対側は、向かいの壁にぶつかっている。


中には滑り台が入っているため、潰すこともできない。


何度押しても、ドアは数ミリしか開かなかった。


「やばい。本当に開かないぞ……」


そのとき、玄関のドアが開いた。


香織とマリアが帰ってきたらしい。


「香織! マリア!」


トイレの方から彰吾の叫び声が聞こえる。


「どうしたの?」


香織が声をかける。


「なんかつっかえててドアが開かないんだよ」


香織が下を見ると段ボールが倒れ、壁とドアの間にすっぽり挟まっていた。


「ああ、これが原因ね」


香織が段ボールへ手をかける。


その後ろで、マリアが楽しそうに話し始めた。


「今日ね、リオン君が言ってたよ」


「パパとリオン君のママが、手をつないで帰ったって」


香織の手が止まった。


そして無言で段ボールから手を離した。


「マリア、アイス食べようか」


「うん!」


二人の足音がキッチンへ遠ざかっていく。


「えっ? ちょっと待って。どこに行くの?」


返事はない。


彰吾がドアを何度も叩く。


結局、しばらくの間、誰にも助けてもらえなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ