表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/22

サッカー教室

彰吾は、三つ編みも送り迎えも、食事の準備も普通にこなせるようになっていた。


以前はスマートフォンで見本を確認しながら結んでいたマリアの髪も、今では会話をしながら整えられる。


親権争いに備えて始めた日記にも、結局はマリアとの出来事しか書いていなかった。


『初めて三つ編みを褒められた』


『嫌いだったピーマンを一口食べた』


『夜、一人でトイレに行けた』



休日。


幼稚園主催の親子サッカー教室が開かれた。


父親と子どもが一緒に参加するイベントで、香織は観覧席から二人を見ていた。


「パパ、サッカー上手なの?」


「高校までやってたからな。パパはキャプテンだったんだぞ」


「すごーい」


彰吾が得意げにリフティングをしていると、コーチが近づいてきた。


背が高く、爽やかな顔立ち。


登場したときから、母親たちの視線を独占していた。


「もしかして、彰吾先輩ですか?」


「えっ?」


「高校のサッカー部で、二年後輩だった木村です」


彰吾はしばらく顔を見つめ、ようやく思い出した。


「ああ、木村か。ずいぶん久しぶりだな」


「先輩は、すっかりお父さんになりましたね」


そう言って、木村は白い歯を見せた。


練習が始まると、母親たちは自分の夫より木村へ大きな声援を送っていた。


木村が華麗なドリブルで、父親たちを次々と抜いていく。


「コーチ、頑張って!」


「木村先生、格好いい!」


彰吾も正面からボールを奪いにいったが、あっさり股を抜かれてしまう。


香織は観覧席で頬杖をつきながら、その様子を眺めていた。


「やっぱり、十五年のブランクは厳しいですか?」


木村が振り返り、笑いながら声をかける。


その瞬間、ふと嫌な記憶がよみがえった。


高校サッカー部で、レッドカードの最多記録を持っていた選手。


「あれって、確か彰吾先輩だったような……」


彰吾の身体が低く沈んだ。


次の瞬間、真後ろから膝裏を狙うような鋭いタックルが炸裂する。


「うわっ!」


木村はボールを奪われ、芝生の上へ転がった。


「こ、子どもたちの前でなんてことを!」


彰吾は聞こえないふりをして、高々と右手を上げる。


「マリア、パスいくぞ!」


「パパ、格好いい!」


マリアは大喜びでボールを追いかけた。


観覧席の香織は、呆れた顔で呟く。


「あれの、どこがキャプテンなのよ」



休憩時間。


マリアが、一人の男の子と手をつないでやってきた。


「パパ、この子、リオン君」


「こんちは」


「はい、こんにちは」


彰吾は笑顔を返しながら、リオンをじっと見る。


娘と仲のいい男の子。


五歳とはいえ、油断はできない。


「マリアとは、いつも何して遊んでるの?」


「おままごと」


「ほう……」


彰吾がリオンを警戒していると、遠くから女性の声が聞こえた。


「リオン!」


振り返ると、ショートカットの美しい母親が歩いてくる。


「いつもマリアちゃんに仲良くしてもらってるみたいで」


「いえ、こちらこそ」


「さっきのタックル、格好よかったですね。サッカー経験者なんですか?」


「まあ、高校のときに少しだけ」


彰吾は急に背筋を伸ばし、照れたように笑った。


「パパ、顔が変だよ」


マリアが不思議そうに見上げる。


その様子を観覧席から眺めていた香織は、冷めた目を向けた。


彰吾への恋愛感情など、もう残っていないはずだった。


そう思っていたはずなのに、ほかの女性へ笑顔を向ける姿は、なぜか少しだけ面白くなかった。



帰宅後。


彰吾がマリアの泥だらけの靴を洗っていると、スマートフォンに一件のメッセージが届いた。


送り主は、以前同じ会社で働き、彰吾に仕事を教えてくれた先輩だった。


現在は、海外の大手企業に勤めていると聞いている。


『久しぶり。彰吾に相談したいことがある。時間があるときに連絡をくれ』


「珍しいな。何の用だろう」


「パパ! マリアのパンツないよ!」


風呂から出たマリアが、大声で叫んだ。


「分かった。すぐ持っていく!」


彰吾はスマートフォンと靴をその場へ置き、タンスへ走っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ