初陣
バイクを走らせることおよそ一時間半。新太は目的地である円卓奥多摩支部へと到着した。駐輪場にバイクを駐車し、入り口に向かう。4階建ての、役所のような建物に近づくにつれ、須藤が言っていた花の香りが強くなっていく。
(ホントに花みたいな香りがするなぁ。あ、匂いと言えば―――)
「来て、アヌビス」
声に呼応して、影からアヌビスが姿を現す。見た目がオオカミのアヌビスなら匂いがどんなものなのか分かるのでは、と新太は思ったのだ。
『…………バウ』
しかし、新太の期待とは反して、アヌビスは少し顔を出し匂いを嗅ぐと、顔を顰めて帰ってしまった。
「……?」
どうやらお気に召さなかったらしい。そんなこともあるか、と新太は気にせずに支部の入り口をくぐった。
内装はほとんど市役所などと変わらず、職員は皆淡々と仕事をこなしている。
「すみませーん」
「………………」
窓口で呼びかけるが、誰も反応がない。
「すみませーん!」
「……はい」
二度目でやっと反応した。抑揚のない声で返事をした係員が、新太の対応に向かってくる。
「これを届けるように言われてきたんですけど」
「……はい」
「どうしたらいいですかね?」
「……はい」
「あのー?」
「……はい」
係員の反応に違和感を覚えた新太は、今一度係員の顔を確認する。表情に生気がない。激務で死んだようになっているのかと思ったが、とあるものを見つけた途端、そんな考えは吹き飛んだ。
(瞳孔が、開いてる)
「っ!」
入り口に駆け出す新太。しかし、一歩遅かった。扉が開かなかったというわけではない。問題があったのは外の方だ。
「なに、これ」
そこにあったのは一面の花、どこまでも続く花の海が広がっていた。先程とは全くの別世界。新太はこの感覚に覚えがあった。
「王域……!」
『ピンポーン。権能を受け継いだばかりにしては冴えてるじゃないか』
「!?」
不思議な世界に、どこかから男の声が響く。どうやら各所にあるスピーカーから聞こえてくるようだ。
「誰!」
『別に名乗らなくてもいいんだが……今から何も理解できずに死ぬのに、相手の名前すらわからないのは可哀そうだな。耳をかっぽじってよーく聞けよ。俺の名は“花王” フレール。魔王軍所属の王さ』
「なっ……!」
(魔王軍、しかも王クラス!?)
まさかの大物登場に、新太は一瞬たじろぐが、悟られないように会話を続ける。
「ここに来るまでにしていたあの匂いも、あなたの?」
『ああ、俺の権能だな。あの匂いを嗅いだら円卓の職員や三流騎士なら一発で苗床のできるんだが、さすがは冥王。出オチは回避できるか』
(だからアヌビスは嫌がったんだ。それに……やっぱりバレてる)
先ほどの会話でも言われていたが、やはり新太が冥王だとバレている模様。つまり明確に敵と区分できる。なら彼女がまずやることは、相手の権能の把握。
(花王の権能は、さっきの発言からするに何かしらを寄生させて傀儡のように操る力、それに……)
新太はあたりを見渡す。コンクリートだった床の部分は完全に花に覆われており、壁にも蔓のようなものが生えていて、山奥の廃墟を思わせる様相になっている。どうやら長い時間をかけて支部の建物を王域の一部として取り込んだらしい。
『別にそう難しいものじゃあない。この建物を少しづつ浸食し、職員を全員養分にすることで取り込むことができた。1年くらいかかったけどな』
(現実のものを王域に取り込むとか化け物にもほどがあるでしょ。それに、今の言い方だと職員はもう手遅れだと考えるしかない)
「それじゃあ、本題に入ろうか」
「なっ……!」
スピーカーから聞こえる声とは違う、人間の声帯から直接発せられた音に思わず臨戦態勢をとる新太。声がした方向を見ると、そこには金髪緑眼で小綺麗なスーツを着た男が立っていた。
「安心するといい。この俺は数ある分身のうちの一人だ。本体はこの建物のどこかにいる」
「分身……それに本題って」
「ああ、単純なゲームだ。死んだ方が負けの、な」
フレールの声に呼応し、生い茂る花々が新太へと襲い掛かる。
「はっ!」
死の香りを漂わせている花を、霊炎で焼き尽くす。やはり炎に弱いのか、今の新太のレベルでも対処できるようだ。
(これなら何とか……!)
「さすがに届かないか。なら、これならどうだ?」
フレールは指を鳴らす。すると苗床にされていた職員たちが動き出した。
「まさか」
「ハハハ!見せてもらおうか、お前に人が殺せるのかをな!!」
傀儡たちが一斉に新太のほうを見たかと思うと、新太目掛けて全速力で走り始めた。元職員は自衛用に円卓から支給されている聖遺物を、警備をしていたであろう騎士は対魔王軍を想定した聖遺物を手にして、新太たちに襲い掛かる。
「ちっ、良い性格してるわホント」
応戦するために、新太も霊炎で作り出した剣を構える。応戦と言っても、新太にとっては初戦闘。誰かを殺した経験なんて微塵もない。当然、ここからの戦闘は防戦一方となる。
「くっ……」
「おいおい、守ってばっかじゃ勝てないぞ?ちゃんと反撃しないと」
(うるさいなぁ!)
新太は教わったことを忠実に繰り返す。
相手の攻撃に対し、適切な角度で武器を当て受け流す。そうして出来た隙に蹴りを入れ吹き飛ばす。しかし蹴られた傀儡はなんともなかったかのように立ち上がり、再び襲い掛かってくる。
(痛覚もなくなってる、いやまず意識というものがまだ存在してるの?それに今の感触……おそらく根が体中を廻って、第二の筋肉のような働きをしてる。これは、もう―――)
攻撃をいなしながら、新太は逡巡する。おそらくこの建物にいる新太とフレール以外の人間は死んでいる。しかし、死んでいても姿は人のそれだ。人を殺したことなんてない新太にとって、躊躇うには十分すぎる。
(とはいってもこのままじゃジリ貧で死ぬ。どこかで踏ん切りをつけないと)
「他の王たちに殺しは教わってこなかったのか?円卓も甘ちゃんの集まりだな!」
(ホントに黙れよあいつ――――――ん?教わる?)
フレールの言葉に、新太のとある記憶が蘇る。それは、円卓に来たての頃の特訓の一幕。3人とも、同じことを言っていた。
「ああ、そういえば忘れていたな」
「戦闘において一番大切なことを教えてあげる」
「これは、お前がこれからも生きるための教えになるだろうな」
「「「―――躊躇うな」」」
(───スパルタが過ぎない?まだ殺しをしたことがないやつに『躊躇うな』とか。そんなんで何とかなるわけないのに)
文句を言いながらも、その顔は笑っていた。
(でも、それで何とかなるのが、私なんだよな)
新太は武器を構え、足に力を入れ、前進する。すると、獲物を振り下ろそうとしていた傀儡が唐突な接近によって動きが鈍る。その隙に腕を振り抜くと、一拍おいて、傀儡の首が地面に落ちる音が響いた。
「へぇ……」
花王は感心したような声を上げる。あんな風に煽りつつも、心のどこかでは新太が苗床を殺すことなどできないと思っていたのか、愉快そうに笑みをこぼす。
「ハハッ!そうこなくっちゃなァ!!!」
新太は、フレールの狂気に応えるように霊炎を暴れさせる。近くにいた数体が巻き込まれ灰と化すが、彼女は気にせず前を向いている。
「―――決めた」
「?」
「お前の顔に一発ぶち込んでやる。首洗って待ってろ」
そう吐き捨て、新太は花王の軍勢を焼き尽くさんと進撃した。




