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ハコニワの王  作者: ウエハース
第一章 冥王の目覚め
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地獄の時間

「お、来たな」

「よろしくお願いします」

「まあそんな畏まるな。今日は雑談がメインだからな。無礼講ってやつだ」


 そう言い、笑顔でサムズアップするリチャード。おそらく優しい人なのだろうが、新太には先日のバーサーカーを見ているので若干遠慮がちに反応する。


「あー、昨日んことは忘れてくれ。というかあいつが悪いし」


 彼の言うあいつとはおそらくシュレイデルだと思われる。犬猿の仲であるのはさんざん見せつけられたので、触れないほうがいいだろう。しかし、新太は昨日から二人の関係が気になって仕方ない。


「……お二人の関係って、聞いてもいいやつですか?」


 祟られようとも神に触りに行くタイプの新太は、デリケートそうな部分にも土足で踏み込む。


「お前度胸えぐいな。俺なら絶対聞かねぇぞそれ」

「ただ仲悪いって風には見えなくて」

「む……鋭いなぁ」


 どうやら新太の予感は当たっていたらしい。


(これは並々ならぬ関係と見た。ラブコメの気配がしてきたな?)


 若干気持ち悪くなりながらも、新太は続きを急かす。


「で、どんな関係なんです?」

「……あいつとは幼馴染でな。物心ついた時から一緒にいたんだ。昔っからよくケンカてたな。どうでもいい些細な事でもケンカした」

「仲がいいというか、いい関係だったんですね」


 新太の表現は的を射ていたようで、リチャードは頷きながら話を続ける。


「いい関係性だったと俺も思う。でも、ある日を境にレイは変わったんだ」

「そのある日っていうのは」

「―――あいつの親友が殺されたんだ」

「…………」


 新太は、先ほどのふざけた雰囲気を仕舞い、黙って聞いていた。大切な人が突然いなくなる悲しみは、彼女もよく知っていたから。


「魔王軍にいるとある王によってな。名前とか詳しくは教えて貰えなかった。それからあいつは、人と関わるときに壁を作るようになった」

「失ったときに辛くないように、ですか」

「ああ。それにはもちろん俺も含まれていて、その日を境にケンカをすることはなくなった。みんなも笑顔になったレイを見て安心してたさ」


 でも、と。奥歯を噛み締めながら、彼は言葉を紡ぐ。


「俺には、とても寂しそうに見えたんだ」

「……だから、昔みたいにケンカを吹っかけてるんですね」

「そうすれば、俺の前では壁を作らずに済むからな。あと……」

「?」


 唸りながら頬をかき、逡巡する様子を見せるリチャード。どうやらこの先を言うのが恥ずかしいらしい。数秒悩んだ末に、決心がついたのか話し始めた。


「あとは……そうしていれば、俺のことだけを見ていてくれるから、だな」


 ガタイの良い屈強な男性が、乙女のような考えを持っていたというギャップに、新太は萌えすぎて固まってしまう。


「……拗らせてますね」

「ああ。なんせ20年くらい続く片思いだからな。拗れないほうがおかしいだろ?」


 自分の気持ちに対して吹っ切れているのか、自信満々にドヤ顔を新太に見せるリチャード。

 リンゴくらい軽く握り潰せそうな肉体の持ち主は、聞いた人が健康を害するほどの甘い恋をしていた。


「ま、いつも最終的にガチギレしてるからただのガチ喧嘩なんだけど」

「それダメでは」

「うっせ。あとあいつには言うなよ」

「言うわけないじゃないですか。大事なとこは口硬いんで私」

「ただ口軽いやつより厄介だろそれ。まあ、そろそろ本題に入るか。俺はお前の身体能力の強化や近接戦闘なんかを担当する。最初のほうは筋トレで、権能をある程度使えるようになったらそれも使ってだな」


 新太は権能という言葉を聞いて、忘れていたことが蘇ってきた。


「そういや、リチャードさんの権能って何ですか?」

「ん、そうだな……見せたほうが早いか」


 リチャードはそう言うと、来ていた服を脱ぎだした。どうやら破れるからとのこと。


(……破れるから???)


「吼えろ、我が心臓」


 詠唱に呼応するように『ドクン!』と彼の肉体が跳ねたかと思うと、表皮から湯気が立ち上り始めた。上半身は毛むくじゃらになり、筋肉は変身前とは比にならないほど膨張し、爪は獣のように鋭くなり、顔はライオンに変化した。


「獅子心王……」

「その通り。内容はシンプルな身体能力の強化。デメリットは……変身する度にレイから『獣臭い』と言われるメンタルダメージだな」

「致命的では?」


 好きな人から「獣臭い」なんて言われた暁には、世の男子は何日か寝込むのが世界の常識。それを耐える鋼のメンタルには新太も感心せざるえない。

 至近距離で権能を見るのは初めての新太は、興味津々でふわふわの毛をモフモフし始めた。


「すっごいフワフワ。換毛期とかないんですかこれ」

「あるぞ。毛が多すぎて戦闘に支障が出るくらいには」

「ほえー。これが権能なんですね」

「リーアに見せてもらってないのか?」

「聞き忘れて……」


 そう言う新太を見て、リチャードは先ほどと同じように唸り始めた。どうやら今回は表現する言葉を考えているようだ。


「権能は『犯罪王』」

「……ジェームズ・モリアーティ。ホームズの宿敵ですよね?」

「ああ。肝心の能力は……めっちゃ頭良くなる」

「急に頭悪くなった」


 あれほど考えていたのは何だったのか。おそらく中学生のほうが詳しく説明できるのでは、と新太は失礼なことを考える。


「仕方ないだろ!本当にそう言うしかないんだから」


 リチャードが言うには、リーアの権能は思考能力の強化。敵の攻撃の先読みや作戦の指揮力向上など単純に便利な力とのこと。新太が初対面で感じた知的な雰囲気は間違っていなかったらしい。


「タイマンだと絶対勝てないな。というか戦いたくない」

「そりゃまたなんで」

「考えてみろ。攻撃が全部軽々といなされるんだぞ。メンタルに効きすぎて体力の前に気力が尽きるってもんだ」

「oh......」


 ありとあらゆる攻撃を最小限の動きで回避し、的確に反撃をしてくる敵。ゲームの負けイベが可愛く見えてくる程の化け物具合と言えるだろう。


「さてと、それじゃあ雑談はこれくらいにして、早速トレーニングといきますか」

「……内容を聞いても」


 万年帰宅部で、ろくな運動も体育の時間以外してこなかった新太にとって、『筋肉トレーニング』という言葉は、恐怖の対象となりえていた。


「そうだな……腹筋20回───」


(あれ?熱血そうだから身構えてたけど、案外良心的?)


「を10セット」

「────────」


 一瞬で新太の幻想は打ち砕かれた。世界はそう甘くはないらしい。


「あとは……」


 それからも、とてつもない量のトレーニングメニューを提示され、新太は軽い走馬灯を見ることになった。


「くらいだな。説明も終わった事だしやるか」


 リチャードはそんな新太のことなんで露知らず、既に筋トレの器具を準備しだしている。


(お母さん、もしかしたら今日そっちに行くことになるかもしれません。もし行ってしまったら、こんなバカな娘を、どうかよろしくお願いします)


「ふぅー、やってやらあ!」


 空の上にいる母親に伝言を残し、拒否権のない新太はジャージに着替え、地獄へとダイブした。

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