円卓
あれから空の旅を続けること15分ほど。新太の耳に、地面に着く足音が届いた。どうやら目的地に着いたらしい。
「お、来たか」
「はぁ、はぁ、死ぬかと思った……」
「お前もご苦労だった。下がっていいぞ」
リーアがそう言うと、黒服は新太を立たせて、瞬きの間に姿を消した。
「速ぁ……。あの人ってなんなんですか」
「円卓が使える暗部組織だ。結構便利なんだぞ?」
"円卓"。それは王たちの権能による様々な現象に対応する機関の名。特殊な警察のようなものだと言えばわかりやすいだろうか。警察では手に負えないような事態に対処するために作られた組織だ。
「やっぱ円卓ですか……」
「なんだ、気づいてたのか」
「そりゃ、あんなに権能について知ってる組織なんて円卓くらいでしょ」
そう言いながら、改めて目の前の建物に向き直る。とてつもない大きさ。何階建てかも分からない。東京ドーム15個分の広さは伊達ではない。もはや一つの町である。
中には研究所や膨大な量の書物を抱える大図書館、挙句の果てには学校すらあると、新太が呼んだ教科書に書かれていた。
(私これからここに住むのか……マジで?)
先日までただの田舎の高校生だった新太には、なかなか実感が湧かない。一気に非日常に足を踏み入れた感覚。新太がこれから待っている様々なことにナーバスになっていると、後ろの道路を引っ越し業者のトラックが通った。
(こんな所にも引っ越し業者って来るのか……。ん?引越し?)
嫌な予感がした新太は、リーアに一つ質問をする。
「リーアさん」
「なんだ?」
「さっき通った引っ越しのトラックって」
その質問に、リーアは少し気まずそうな表情をしつつ、答える。
「……まあ、十中八九君の荷物だろうな」
「ですよね〜」
予感が的中してしまった新太は、もう遠くを見ることしか出来ない。完全に退路が絶たれた。
(うん、諦めよう。もう私には抵抗できることが何も無い。いや元々無かったんだけども)
「よし、それじゃ案内するからついてこい」
「……はーい」
諦めた新太は、言われるがままにリーアについて行くことにした。
エントランスは、よくある会社の受付のようになっていた。あくまで様式がそうなだけで、他は明らかに違う。
見るからに高そうな家具に植物、そして鏡のように輝いている床。綺麗すぎて反射している。
そんな広々とした場所で、女性が3人ほど、パソコンをカタカタしながら業務をしている。
「すまない、待たせた」
「はーい。少々お待ちをー」
名札に『立花』と書かれている黒髪の女性は、リーアの姿を確認すると、パソコンで何かにアクセスしだした。
「そーですねー。データベースによると、あとはご本人のサインだけですねー。他は全部完了してますー」
どうやら何かのプロセスかなんかのの進み具合を確認していたらしい。新太には何なのか皆目見当もつかないが。
「確認ありがとう。新太、サイン頼む」
「え?」
どうやら今話していたのは新太に関することだったらしい。ということは、また彼女の知らないうちに事が進んでいたということでもあり、もちろん新太は疑り深くなるわけで。
「今度は何なんですか」
「ライセンスさ、円卓の。これがないと、ここに出入りできないからな」
「ライセンス……。それってそんな簡単に取れるものなんですか?」
円卓、それもこれほど大きな施設に出入りするのに、たかがサイン一つで作れるものなのか。そのような疑問が新太には浮かぶ。
その疑問を察したのか、立花が新太に説明する。
「もちろんそれだけじゃダメですよー。正式な書類とかー、生体認証に必要な情報もいりますー」
「へー。……って生体認証?」
「はいー。顔認証とか指紋とかー。あとは虹彩なんかもいりますねー」
そんな情報を提供した記憶は新太にはない。つまり誰かが勝手に提供したということになる。そしてそんな犯罪を行う人間を、新太は一人しか知らない。
「……リーア、さん?」
「いやあ、さすがにな?私もそれはまずいと言ったんだが……押し切られた。すまない」
さすがに申し訳ないと思ったのか、シュンと肩を落とすリーア。
「はあ……。まあいいですけど。どうせやらなきゃいけないことだったんでしょう?なら手間が省けてよかったですよ」
そんなリーアを見て怒る気も失せたのか、新太はそれだけ言って、サインを提出した。
「新太……、そのマインドでなんでも許すと、こき使われて死ぬからやめておいた方がいいぞ」
「どうなってんですかこの場所!?」
「できましたー。それじゃ、お疲れ様ですー」
あーだこーだ言ってるうちに完成したらしい。
もう退勤時間なのか、立花はライセンスをカウンターに置いた後、そそくさと裏へと行ってしまった。
「よし、行くか」
完成したライセンスを受けとり、2人は奥へと進みだした。
「ここはメインタワーと呼ばれている。地上と地下があり、さっき通ったエントランスのほかに、大量の会議室や資料室、地下には訓練場などがある。まあ詳しくは使いながら覚えていけばいい。基本的にはここをメインとして活動することになるな」
エレベーターを待ちながら、立体デジタルマップを指さして、内蔵している施設についての説明を新太にするリーア。
「次はここだな」
着いたエレベーターに乗り、目的階へ向かう間にも説明は続けられる。彼女が指したのはメインタワーに隣接している建物だ。
「ここは研究棟だな。良くも悪くも変人たちが日夜研究に励んでいる。ここに行くのはあまりお勧めしない」
「なんでです?」
「モルモットにされるから」
新太の疑問に、真顔で答えるリーア。その雰囲気にガチさを感じた新太は、ここにだけは近づかないことを心に決めた。
「ここは学校で、こっちは図書館。このあたりが居住区で、ここに君も住んでもらう。あとの細かい施設は、まあ使うときになったら自ずと知るだろうし、割愛させてもらう」
「……人はそれを丸投げというのでは」
「ちなみに君を鍛えるのに私のほかにあと二人いるんだ」
リーアがそう言ったところで、エレベーターの扉が開いた。
「露骨に話を」
『ドゴォン!!』
変えましたね、と新太は言おうとしたが、できなかった。目の前が轟音と土煙で覆われたからだ。
「どうしてあんたはいっつもそうなのよ!もう少し頭を使うってことが出来ないわけ!?」
「あぁ!?それはてめぇの方だろ!この前の任務の作戦、ありゃなんだ!?小学生の方がマシなモン考えるんじゃねぇか?」
そして土煙の中から言い争う声が聞こえてきた。声を聴く限り男性と女性が言い争う……というか取っ組み合っているようだ。
「あんたに言われたくないわよ!この前あんたのせいで死にかけたの忘れたの?」
「あれはお前が勝手に動いたからだろうが!」
「はあ?あたしが悪いっての?これだから獣は……」
「今なんつったお前。喧嘩売ってんなら買うぞ」
「売ってんだけど、気づかない?」
「よし殺す」
土煙が晴れると、そこには対照的な二人がいた。
一人は小さな女性。赤いショートヘアに口から覗く八重歯、そして特徴的な瞳。新太はそれに見覚えがあった。龍の瞳だ。ファンタジー作品で幾度となく見た事のあるあの目だ。
しかし、それ以上に目を引くものがあった。あまりにも小さいのだ。身長は150cm程だろうか。
それに対し、男性の方は屈強な体つきをしていた。胸板は厚く、服の上からも筋肉のつき具合がよくわかる。髪は茶と金のハイライトで他も整った顔立ち。しかしこちらも瞳が特徴的だ。瞳の色が金色なのだ。まるで肉食動物のようなオーラも感じる。
そんな二人が、互角に取っ組み合いをして、壁を破壊した。
(取っ組み合いで壁壊すって何?え、これ私がおかしいだけでここの常識だったりする?)
もちろん先日まで一般人だった新太には訳が分からない光景である。
そして、二人の喧嘩のボルテージは最高潮に達しようとしていた。軽く壁を壊す人間たちが本気で殴り合えばどうなるかは想像に難くない。
「二人とも、そこまで」
「リーア……チッ、命拾いしたな」
「それはこっちのセリフよ」
しかし、その前にリーアが一言で止めてしまった。
(……実はこの人結構すごい人だったりするの?)
などと新太が今更なことを考えていると、リーアが新太の方を向いてこう言った。
「彼らがさっき言ってた二人だ」
「は、はあ。よろしくお願いします」
(不安しかない。というか今のを見ていい印象持つ人間いないでしょ)
などとは口が裂けても言えないので、とりあえず挨拶をしておく新太。
「見苦しいところを見せちまったな。俺はリチャード。よろしく頼む」
「私はシュレイデル。分からないことがあったらこいつより先に私に聞いてね」
「あ?」
「なによ?」
まさしく犬猿の仲。混ぜるな危険過ぎる。リーアによると、常日頃から些細なことで喧嘩するらしい。そしてその喧嘩で円卓の建物を壊しまくるらしい。
(うん、怖い)
新太には、今のところ、誘拐犯とバーサーカー二人が自分を鍛えるという構図にしか見えない。
「そうだな……もう時間だし詳しいことは明日にしよう」
「げ、もうそんな時間か」
「あんたに付き合ってたせいでやりたいことできなかったじゃない」
新太は、リーアの言葉に思わず時計を見ると、既に20時半を指していた。
(20時半か……。夜と言われれば夜だけど、そんな夜遅くってレベルじゃないと思うんだが)
新太が疑問に思っていると、すぐに答えが帰ってきた。
「私たちはこれから会議なんだ。ここには円卓の地図が入ってる。悪いが、居住区までは一人で頼めるか?」
そう言って、腕時計を渡してくる。見た目はなんの変哲のないスマートウォッチ。しかし、電源を入れた途端に、目の前に立体ホログラムが現れた。
(え、なにこれ。技術ヤバ。ハイテクとかいうレベルじゃないわよこれ。…………面白そう!)
「ま、まあこれがあるならたどり着けるでしょうし、いいですよ」
新太は、とてつもなく面白そうな玩具を貰ってウキウキなのを何とか隠し、返事をする。
「すまないな。先程も言ったが、詳しくはまた明日になる。9時にエントランスに来てくれ」
「分かりました」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみー」
「ゆっくり休めよー」
就寝の挨拶をして、三人ともエレベーターに乗って行ってしまった。
(今上に行かなかった?ここ15階なんだけど……。まぁいいか。今日は訳わかんないことだらけで疲れたし、さっさと寝よう。場所は……はーい1階まで降りましょうね〜。───だるい~~~)
疲れた体に鞭を打って、彼は地図を頼りに新たな家へと向かった。




