継承者
「……ん」
とある病院の一室で、新太は目を覚ました。見覚えのある天井に、小さい頃に入院したどうでもいい過去を思い出しながら、辺りを見渡す。
何の変哲もないただの個室タイプの病室……にしては大きい。4人部屋くらいの広さはある。病室の時計は13時を示していた。
「てか、なんで病院に───ッ」
新太は意識を失う前のことを思い出そうとして、強い眩暈に襲われた。
歪む視界と共に、記憶が鮮明になっていく。
「そうだ。あの時……」
あっという間に殺されたはずの自分の身体を眺め、胸の辺りを触ってみるが、あの時のような穴はない。肌を見ても傷一つ付いていない。
(夢、だったのか?まあ、そうだよね。うんうん。あんなことあるわけが……ないならなんで病院にいるんだ私。帰りに倒れたりでもしたのか?)
そんな事を考えながら、新太は病室の窓の外を見ると、そこには見覚えのある道があった。
いつも登下校の時に通る道。半年位は歩いているため、新太の脳には周りの景色もよく焼き付いている。
であればこの病院は……。
(王の権能による影響に巻き込まれた人達が辿り着く場所、通称『牡丹』。なるほどなあ……ここ牡丹か。ってことは夢じゃないじゃん!現実じゃん!!)
「はぁーーーーー」
新太は夢であって欲しかった現実を理解して、顔を覆いため息をつく。
「現実かあ。あの場所も、冥王とかも、あの熱さも全部実際にあったことで。そして死ぬはずだった私に冥王が何かをして、一命を取り留めていると」
すっかり覚めた脳で今一度分析したところ、とてつもない事実ばかりが浮き出てくる。
確かにあの時の新太の傷はどこからどう見ても致命傷だった。どう頑張っても死ぬしかない、そんな傷を完治させる程の力。
「どうやってとかは分かんない。それよりも考えるべきはこれからだ」
冥王が何かをして新太の命を繋ぎ止めた。冥王もあの傷では生きてはいない可能性もある。王が死に、一般人が生き残った。新聞の一面を飾るには相応しすぎる事実。
そんなことを考えながら、新太は机に置かれていたスマホを開く。画面は割れて、起動しなくなってしまったが、反射する顔だけはかろうじて認識できた。
明るめな性格とは正反対の冷えた黒い瞳。程よく高い鼻に少し口を開くと顔を出す八重歯。そしてボサボサの冥色の短髪。最後に、見慣れた絶壁。自分がよく知る巾凪新太がそこにいた。
(ん? 冥色? 黒じゃなくて?)
髪の毛を引っ張って色を確認してみると、確かに黒色だった髪は仄暗い青色になっていた。
(え、なんで髪色変わってるの??? あの時になにかされたのが原因?)
『コンコン』
髪色の違いに困惑していると、誰かが病室の扉を叩いた。
「ど、どうぞー?」
『失礼する』
扉が開き、入ってきたのは灰色の長髪と瞳を携え、白衣を着た麗しい女性だった。見るからに知的。高身長でスタイル抜群、そして鋭い瞳の傍にある涙ボクロがチャームポイントの女性は一直線に新太の方へと向かっていく。
「気分はどうだ?」
「気分、ですか?まあ、身体の方はなんともないですけど。……どちら様ですか?」
「まあ安心してくれ。それも含めた説明のために私が来たのだからな」
女性はそう言うと、どこからかホワイトボードをスライドさせてきた。
「病室にホワイトボード……?」
「なんかそこにあった」
「えぇ……」
何のために用意されていたのか分からないホワイトボードに、女性は何かを書き始めた。病室にペンがボードをこする音だけが響く。
ボードには新太が知ってる単語や知らない単語などがどんどん出てくる。なんなら8割くらい知らない単語。
「さて、今から、現在君が置かれている状況とそれを取り巻く勢力たちの説明をしていく。とてつもないボリュームだからしっかりついてこい」
「は、はい」
女性はそう言うとホワイトボードをペンで叩きながら説明を始めだした。
「この世界には『王』と呼ばれる者達がいる。まあこの小さな日本という箱庭の中だけではあるがな。そして『王』はそれぞれ、魔法のような超常現象を起こす権能を持っている」
「はい。学校でもそう習いました」
「ああ、そのように教えるよう私たちが指示しているからな。で、その中でも特に強力な王たちは『王域』と呼ばれる、まあ固有結界のようなものを展開できる。君も見ただろう、あの暗い世界を」
新太は無言でうなずく。
「王域は王や、権能を分け与えられた者、聖遺物を持つ者しか入ることができない。入れる例としては、騎士団や円卓に所属する人間だな」
「 “王たるもの、無辜の民を傷つけることなかれ”ってやつですよね」
それはすべての王が守らなければならない絶対的な誓約。これを守らなかった王は神からの裁きを受けることになる。裁きの内容はごくシンプルなもの。
「空から雷が降ってきて即死。まさしく裁きというにふさわしいもの。だからこそ王たちは王域を作り、入れる人間を制限し、裁きから逃れようとした。だからこそ“王域”と呼ばれるようになった、のだが……」
「私が何故か入ってしまった、と」
「ああ」
困ったと言わんばかりに深いため息をつき、頷く女性。どうやら今までに前例がなかったことらしい。
「裁きが起こらなかったのも気になるがな。まあそれは置いといて。良いニュースと悪いニュースととびきり悪いニュースがあるんだが、どれから聞きたい?」
「悪い方に偏ってるの絶望しかないんですが?―――なら悪いやつ2つの後に良いやつで」
「了解した。まず悪いニュースは、今代の冥王は君だということ」
「?????」
「そしてとびきり悪いニュースは、その権能を求めて君の命を狙う奴だらけだということ」
「??????????」
あまりの衝撃的ニュースに、新太は目が点になった。実質的な死刑宣告をされて、驚かないほうが無理というものだろう。
「で、良いニュースは」
「ストップストップ! ちょっと待ってください!私が冥王? それに命を狙われてるって……」
新太の質問に、先程とは打って変わって神妙な面持ちになる女性。その雰囲気に、新太も思わず姿勢を正す。
「……意識を失う前のことを覚えているか?」
「胸に穴空いて……」
「ああ、そんな君を先代は救ったんだ。自身の権能を君に譲渡することで」
「──────」
『権能の譲渡』。その言葉に、新太の頭から意識を失う前の記憶が引き出される。あの時彼がしていたのが、これだったのだ。
命を救う代わりに血みどろの戦いに足を踏み入れなければならない。同意の上ではなく、彼自身のエゴで。
「ふう……」
自分の置かれている状況を理解した新太は、深呼吸をして気持ちを入れ替える。女性を見据える瞳には、覚悟が覗いていた。
「それで、狙われてるっていうのは」
「理由は権能の強力さだ。君は『冥府』と聞いて何を思い浮かべる?」
「天国とも地獄とも違う、魂の行きつく先というか……」
「ああ、だいたいの人間がそうイメージするだろう」
女性はそう言い、ホワイトボードに書かれている"冥府"の文字を強く叩く。
「それだけならただの地獄に似た世界なだけなんだが、厄介なのは神代にも存在していたとされている点だ」
「それの何が厄介なんですか?」
「そうだな……」
どう説明するか悩みながら、女性はホワイトボードに図を書き足していく。
「地獄はどちらかといえば人が対象のものとされており、その影響も人間の範疇にいる存在すべてにある。まあ『悪人は地獄行き』と言われているくらいだからな。しかし、冥府はそうではない」
ボードに書き終わり、今一度新太の方へ向き直る女性。
「神でさえ自由を奪われる世界を権能に持っている。簡単に言うと、冥府の中ではこの世界の誰も冥王に勝てはしない。最強だ」
(最強ねぇ……もし本当なら先代も負けてなかったはずだし、絶対なんかあるでしょこれ)
疑問に思った新太は、指を立てながら質問する。
「でも、何かしら条件があるんですよね?」
「ん、鋭いな。それについて説明したいところだが……」
腕時計を見ながら渋そうな顔をする女性。時間にでも追われているのだろうか。そんな中自分に時間を割いてくれてありがたいなと新太が思ったのもつかの間。
「移動した後にしよう」
「移動?どこに?」
「私たちの本拠地だな。私たちが君を保護する、というのが良いニュースなんだが……言うのが遅れたな」
そう言って、女性は指をパチンと鳴らす。すると、どこからともなく黒服が現れた。
「え?」
黒服は新太の服を脱がし、新しい服に着せ替えた後、肩に担いだ。
「え???」
そしてそのまま病室の窓を開けて、《《跳躍した》》。
「えええええええええ!?」
みるみる遠くなっていく病院に、新太は頭の理解が追いつかない。飛んでいる。確かに自分は今飛んでいるのだ。あるビルの屋上から別の屋上へと、軽々と跳んでいく。
「空の旅は初めてか?」
「うわびっくりした!」
声をかけられて初めて、新太は自分の横を併走している女性を認識した。女性も負けず劣らず……というかなんなら余裕そうに微笑みながら新太のことを気にかけている。
「ど、どういうことなんですかこれ!?」
「言っただろう? 私たちで保護するって。これから君には私たちも住んでいる場所で生活してもらいます」
「そんなデスゲームみたいなノリで住所変えないで!?」
唐突な住所変更の要請に思わず敬語が外れる新太。そんな新太に目もくれず、女性は淡々と会話を続ける
「保護するにはそれが一番楽だからな。それに、君にはその力の使い方を覚えてもらわないといけない。安全も確保出来て強くもなれる。一石二鳥だろう?」
「本人の意見が含まれていない点を除けば最高ですね! てか、荷物とかどうするんですか!」
「安心したまえ。君が寝てる間に既に移動済みさ」
「ほんとに何してんだあんた!」
拉致からの不法侵入告白。多分警察に言えば逮捕してもらえるんじゃないだろうか。
「あ、あと私の名前、リーア・グレイモール、君と同じ王の一人だ。よろしく頼む」
「絶対タイミング今じゃない!!!」
「じゃ」
そう言ったリーアは、スピードを上げたかと思えばそのまま見えなくなってしまった。
今から行くのは彼女が向かった先。ならもちろん追いつくためにスピードを上げるわけで───。
「……ゆっくり行かない? 別に急ぐことなんてないんだし、な?」
しかし無慈悲にも、黒服は踏み込む足に力を入れる。そのことを新太が認識した瞬間、新太の視界から、リーア以上の速さで景色が過ぎ去っていった。
「おおおおぉぉぉお!?!?」
新太の悲鳴は、目的地に着くまで続くのだった。




