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第七話 プレゼント

 ひとまず、殿下は救出に来たコルトゥール家の私兵に連れられて王宮に戻った。

 エイデスはいなかったけど、王宮に戻ったかしたみたいなのでよかった。

 そこらの私兵はどうにか誤魔化せるけど、ジドールと並ぶ武人の目を誤魔化すのは無理。

 服でどうにか胸元を押し潰して、ローゼンベルク公爵邸に戻る。

 さすがに時間が遅かったので、使用人は夜番の者を除いて寝ていたし、それはジドールの娘たちも一緒だ。

 ただ、どうしよう。ルドルフにバレた。

 これ、ジドールに役立たず判定されて屋敷を追い出されない?

 屋敷を追い出されるのはいいが、復讐出来なくなるのは嫌だ。

「お帰り」

 ぐるぐる考えながら廊下を歩いていたら、不意に穏やかな声がかかった。

 顔を上げると、廊下の壁に寄りかかって腕を組んでいるジドールの姿がある。

 おそらく自分を待っていたのだろう。

 彼は壁から背を離し、腕をほどいて目の前まで歩いてくると、にっこりとした笑顔で、

「殿下にバレたね?」

 と単刀直入に言われた。

「………………」

「おや、言葉もないとは、……もしかして私がローゼンベルク家を追い出すと思ってる?」

「だって、これ、もう役に立たないんじゃ」

「馬鹿だね」

 端的に言われて、思わずカッとなる。

「あんたよく人を馬鹿って言うな!」

「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ。

 性別がバレた程度で役立たずになるなら、お前もうとっくに死んでるよ?」

「は?」

「魔法契約の内容、忘れた?」

 そう呆れた顔で言って、ジドールは自身の嵌めていた手袋を取り、手の甲を見せる。

 そこに魔法契約の紋様が浮かんだ。

「お前が死んでなくて、この紋様が消えてないってことはそういうこと」

「……なんだ」

 ほっとした。脱力した。

 そういえばそうだ。魔法契約って、破った瞬間に死ぬんだった。故意じゃなくても。

 自分が死んでないってことは、まだジドールにとって役立たずになってないということだ。

「ただ、困ったねえ」

「え? なにが?」

 不意にさして困ってなさそうな口調で呟かれて、一度安堵してしまったのも手伝って思考がすぐについていかなかった。

「なにがって、殿下に女だとばれておいて護衛騎士が続行出来るかわからないって話をしているんだよ。

 私にとってまだ役立たずにはなってないけど、護衛騎士を続けられるかどうかとは別だからね」

「あ…………」

 そういえばそうだ。女性だとバレたら、普通護衛騎士なんて続けられるはずがない。

「まあ、私としてはどちらでもいいのだけど、殿下がどう出るかだな」

「…………………失望、されるかな」

「失望? 殿下に? なんで?」

「殿下を誘惑しようと女の身で近づいた、とか思われたり」

 ありそうな可能性を口にしたら、ジドールが目を瞬いた。

「お前が? 誘惑?」

「………………そう思われるかも」

「はっ」

 か細い声で言ったら、ジドールに鼻で笑われる。

「まさか。お前が誘惑? そんなこと思われるわけないだろ?

 冗談は休み休み言いなさい」

「悪かったな。貧相で色気のない小娘で」

 自分が女性らしい色気がないからだと思ったので、ついムキになってジドールを睨み付けるが彼は涼しい表情だ。

「だから男装させたんだけどね。背も高かったからいけると思ったし、実際ここまでは問題なかったわけで。

 まあエイデスはうっすら気づいていた可能性があるな。

 本当に鼻につく奴だ」

「ああ、確かに可愛いとか言ってたもんな……」

 最後だけ忌々しげに吐き捨てたジドールに、エイデスの言動を思い出してユミルも「ありそう」と考えた。

「ともかく、今日は休みなさい。疲れただろう。

 護衛騎士のことに関しては、殿下の沙汰を待つしかない」

「ああ…………」

 頷きかけて、ふとあることに気づいて黙り込む。

「なに?」

「あの、攫った貴族は」

「処刑だろうね。王太子を攫って無事で済むはずがない。

 その貴族はエイデスが捕らえたんだろう?」

「うん」

「なら確実だ。あいつが関わっていて、甘い処分で済むはずがない」

 はっきり言い切ったジドールに、「やっぱりジドールって、エイデスを信頼してるんだな」とつい口に出したら眉をしかめられそうなことを思ってしまう。

「…………」

「一つ、」

 それでも心配でうつむいたら、ジドールが指を立ててユミルの目の前にかざす。

「お前、どうしてあそこまで必死になった?」

「え?」

 思いも寄らないことを聞かれて、ユミルはぱっと顔を上げた。

「殿下のこと。もし殿下になにかあっても、お前は火の粉を被らずに済んだだろう。

 首謀者の狙いは王太子と、私を潰すことだ」

「ルドルフ殿下とジドールを潰すこと……?」

「そう、王太子に瑕疵をつけて王太子から退かせる。

 そして、宰相の私に濡れ衣を着せて失脚させる。

 その二つが狙いだったんだろう。

 だから、お前はついでに巻き込まれただけだったんだよ」

 理路整然と首謀者の目的を言葉にしたジドールに、ユミルは絶句してしまう。

 なんの落ち度もないルドルフに、そんなやり方で瑕疵をつけようとするなんて。

「私が失脚して、爵位が没収になっても、お前までは処分されなかっただろう。

 養親である私の言いなりになっただけ、で片付けられた可能性だってある。

 お前は用済みになった私を殺して逃げたって良かったんだよ」

「でも、それじゃ」

「うん?」

「それじゃ、……殿下が」

 声が震える。

 だって、それじゃああまりに惨すぎる。

 あんなにも、弱い者のことを思いやっている人が、そんな風に踏みにじられるなんて。

「……お前、もしかして殿下のことを大事に想ってるの?」

 ジドールの声は、やけに驚いた様子だった。

「………………………わからない」

 その問いに、しばらく黙って正直に答えた。

 大事かどうかなんて、まだわからない。

「ただ、殿下が悲しむのはなんか嫌だし、置き去りには出来ない」

「…………ふうん」

 思ったままを口にしたユミルに、ジドールは思案するようにまた腕を組む。

「ねえ、グレイという子はどういう容姿だったんだ?」

「あんた、知ってるんじゃないのか?」

 不意打ちで抉られた胸の傷に、反射的に目の前の仇を睨み付けた。

 だがジドールは冷淡な顔で答えるだけだ。

「知らないね。私は命じただけで顔を見ていない」

 と。

「……っ、灰色の髪だよ」

「そう、……灰色か。それって、光の加減で銀髪にも見えるよね」

「なにが言いたい?」

 ジドールの言いたい意味がわからず、剣呑な視線を向ける。

「いや、お前の心に巣くってるものは根深いねって話だよ」

 ジドールはひと言、軽く肩をすくめてそう答えた。




 翌日の朝、王宮にジドールと一緒に出仕したユミルは、王太子の私室の前で深呼吸する。

 そして意を決して扉をノックした。

「入れ」

「はい」

 短い返事に答えて、扉を開ける。

 ルドルフは机の前に座っていた。

「おはようございます」

「ああ」

「……ご無事で、なによりです」

「お前のおかげでな」

 なにも問題なさそうに椅子に腰掛ける姿に、ほっと安堵して歩み寄る。

「……」

 だがそれ以上言葉が出て来ず、机の斜め前で足が止まった。

 そのときだ。ルドルフが手元の本から顔を上げてこちらを見る。

「それで、どうする?」

「はい?」

 急に問いかけを向けられて、意味がわからず戸惑った。

「あの、どういった意味で……?」

「お前の部屋は俺の寝室と続きの部屋を用意してもらったが、お前はどうする?」

「え、」

 なにも気にしていない表情で聞かれて、一瞬息が止まる。

「護衛騎士を続けていいんですか!?」

 理解がすぐ及んで、机に手を突いて大声を出してしまった。

「俺はそのつもりだ」

 ルドルフは迷いのない表情を真っ直ぐユミルに向けて答える。

「……よかった」

 ほっと息を吐く。

 よかった。護衛騎士じゃなくなっても復讐に多分影響はないんだろうけど、でもよかった。

「お前は俺の護衛騎士となるために養子にもらわれたのか?」

 安堵のあまり素の口調が口を吐いたユミルの様子を観察し、ルドルフは不意にそう尋ねる。

「……えっと」

 そう、なんだろうか。でもジドールの目的に影響はないっぽいから、違うのかも。

「そうか」

「え?」

 答えに悩んでいたらルドルフは自分の中で答えを出したようにひと言呟き、立ち上がる。

「わかった。お前はひとまず、自分の部屋を確認してこい。

 必要なものがあるならすぐ言え。今日中に用意させる」

「は、はあ」

 ユミルは戸惑って、ルドルフの様子を見る。

 なんだか、怒ってる?

 でも、自分に対してじゃないみたいだ。

 なんだろう。




 宰相の執務室。

 机に置かれた書類に視線を落としていたジドールは、不意に扉をノックされ顔を上げる。

 相手は返事を待たずに入ってきた。

 それもそのはず。相手は王太子であるルドルフだったからだ。

 その表情は硬い。それだけでここに来た意図を察して、ジドールは椅子から立ち上がると微笑んだ。

「おや、これは殿下。お呼びいただければ向かいましたのに」

「そんなことはどうだっていい。

 どういうつもりだ」

「意味を尋ねても?」

 とっくに意味ならわかっている。その上で白々しい台詞を返した。

「女のリュイシュンを、男と偽って護衛騎士にしたことだ」

 険しい顔をしたルドルフは低い声で言う。

 ジドールは「通りで怒った顔をしているはずだ」と内心呟いた。

「ああ、それは聞かれると思いました。

 単純な理屈ですよ」

 そんな内心は顔に出さず、笑顔のまま答える。

「私としては、殿下に廃嫡になられると困る。

 だが生半可な精神力の騎士では、殿下を恐れて護衛騎士になりたがらない。

 その強靱な精神力の騎士として、あの子は誰より相応しい。

 ですが女では護衛騎士になれない」

「だから、男装させた?」

「はい」

「……腑に落ちない部分はあるが、一応は信じておく」

 ルドルフはジドールの答えに、思うところは充分あるようだったがひとまず納得してみせた。

 それ以上に納得出来る理由が思いつかなかったのだろう。

「質問は以上で?」

「……いや、もう一つ」

「伺いましょう」

 ルドルフは口元に手をやって、少し考えた後にこちらを見た。

「あれは、ローゼンベルク公爵家に来るまでどういう生活を送ってきた?」

「と言いますと?」

「……俺は、あれの笑顔を見たことがない」

「そういうことですか」

 思い悩んだように口にしたルドルフに、ジドールは得心する。

 それはそうだろう。自分すら、ユミルの笑顔を見たことがないのだから。

「あれは、そういう性分なので」

「どんな性分だ」

「ならば性格」

「正直に答える気がないな」

 それはそうだ。ユミルがそうである理由をジドールはうっすら察しているが、それをユミルの許可なくルドルフに話す気はない。

「あいつは、惚れた男にもそうなのか」

 だから少し驚いた。ルドルフから、その話が出たことに。

「……それを、リュイシュンは殿下に話しましたか?」

「根付けから、俺が察した」

「そうですか……」

 ジドールは口元に手をやり、少し考え込む。

 それから手を下ろし、ルドルフを見つめた。

「これを私が話したことはリュイシュンには内緒にしておいて欲しいのですが」

 そう言い置いて、告げる。

「リュイシュンが好きな男は、もう死んでいますよ」

 その言葉にルドルフが息を呑んだ。

「それが殿下の安心材料になるかはわかりませんが。

 死者には永遠に勝てないなんて、よく聞く話です」

 にっこり微笑んで続けた内容に、ルドルフが眉をしかめる。

「薄々察していたが、お前は意地の悪い男だな」

「おや、やっと気づかれましたか」

「ああ、コルトゥール公爵に似ている」

 そう言い残して、ルドルフは背を向けると退室した。

 閉まった扉を見つめて、ジドールは手袋に覆われた自分の手の甲に、もう片方の手を重ねる。

「意図せずに言った、かな」

 そう呟いて、ため息を吐く。

「全く、それは一番効果的な悪口ですよ。殿下」

 そう、独りごちた。




「わあ」

 第一声がそれだった。

 王宮の、王太子の寝室と続きの間。

 その部屋に入って、ユミルは純粋に驚いた。

 しつらえから調度品まで豪華な、立派な部屋だ。

 ベッドなんてとんでもなく大きい。

 え、これ護衛騎士の部屋? 本当に?

 なんか、王族の部屋みたいな豪華さじゃない?

 いや、王族の寝室見たことないけど。

 そう考えていたら、ガチャ、と音が響いて部屋の扉が外から開いた。

 室内に入ってきたのはルドルフだ。

「あ、殿下」

「どうだ?」

「あの、この部屋で間違ってませんか?

 本当にここ、僕の部屋ですか?」

 思わず心配そうに確認してしまったユミルに、ルドルフは頷く。

「ああ、間違えていない」

「……あの、本当にいいんですか?

 ただの護衛騎士に、こんな立派な」

「それは、色をつけてもらったと思え」

「色?」

 ルドルフの返答に、ユミルは首をかしげる。

「俺を救出したのはお前だろう。

 それは国王陛下にも伝わっている。

 俺を王宮まで護送したコルトゥール家の私兵ではなく、護衛騎士であるお前が助けたと。

 その報奨だ」

「ああ、なるほど……」

 その言葉にユミルはやっと得心したように呟いた。

 国王陛下。一度だけお会いした。

 冷たそうな印象の方だったけれど、やはり息子のことは大事なんだろうか。

「使用人には、お前は身体に人に見られたくない傷跡があるから無断で入室しないようにと命じておいた」

「それは、お気遣いありがとうございます。

 ……………………」

 礼を口にしたものの、なんとなくその場に沈黙が落ちた。

「殿下」

「お前は、本当に笑わないんだな。

 声から、安堵しているとわかるのに」

「あ……」

「俺には、気を許せないか。

 ただの一度も笑顔を見せられないくらいに」

 思い悩んだような表情を浮かべたルドルフの横顔を見て、ユミルはなんと答えようか迷った。

「あの、違うんですよ。これは」

「なにが違う」

「殿下のことを警戒しているとかそういうことじゃないんです。

 ただ、その」

 悩んだけど、ルドルフに黙っているのはなんだか、嫌だ。

「ローゼンベルク公爵家に来る前に、その、すごく、悲しいことがあって。

 それから、笑えなくなっちゃっただけなんですよ」

「それは……いや、」

 聞こうとしてしまって、ルドルフは口元を手で覆って堪える。

 ジドールから聞いた話を思い出した。

 それ以上はとても聞けず、ルドルフは服のポケットを探って取り出したものをユミルに差し出した。

「お前、これを」

「これは、チェーン? ネックレスの?

 でもなにもついてない」

「これにあの根付けをつけて、首に下げておけ」

 ルドルフの手の上に載っていたのは、ネックレスについているようなチェーンだ。

 それも充分高価なものだとわかる。

「大事なものなんだろう。俺の部屋じゃないところで落としたら、あんな安物もう見付からないかもしれないぞ」

「あ、ありがとうございます」

「あと、これを」

 チェーンを受け取って、ユミルは礼を言う。

 だがすぐルドルフが懐から取り出した小箱を受け取って、箱を開けて目を瞬いた。

「これは、十字架のペンダント?」

 箱の中身は、高価な十字架のペンダントだった。

「今回助けてもらったことの礼だ」

「あ、ありがとうございます。いいんですか?

 こんな高そうな品を」

「気にするな。お前は次期国王の命を救ったんだ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 そう口にしながら、確かに声は柔らかなのに、ユミルの顔にはなんの笑顔も浮かんでいない。

「いや、別に。

 ほら、俺の私室に戻るぞ」

 それになにか言いたげにして、結局誤魔化してルドルフはユミルを促す。

「はい」

 頷いて廊下に向かったユミルの隣を歩いていたルドルフは、不意に足を止めた。

 廊下に出たユミルから視線を逸らし、部屋に残る。

「意地が悪いだろうかな。死人に張り合うなんて」

 そう呟く。

 十字架の中心にはめ込まれているのは、高級な水晶。

 あの根付けと同じ、水晶。

 それも首にかけて、大事にして欲しいなんて。

「殿下。早く行きますよ」

 ユミルが戻って来てルドルフに声をかける。

「ああ」

 それに頷いて、一緒に部屋を出た。


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