第六話 救出
ローゼンベルク公爵邸。
リーリアの部屋から出て廊下を歩いていると、書斎から出て来たジドールがこちらを見て聞いた。
「リーリアはなんだって?」
「寂しいって。でもお祝いするってさ」
「そうか。懐かれたな」
「気に入らない?」
感心したような声に、ユミルはジドールの前に立つ。
「なぜだ?」
「なぜって、……いや、いいや。どうせあんたの考えなんてわからない」
「懸命な判断だよ」
自分の娘がこんな馬の骨に懐いていたら嫌じゃないのかと思ったが、ジドールはどうもそんなことは思っていなさそうだ。
本当に、この男は理解出来ない。
「では、明日から王宮に部屋をもらって過ごすわけだが、充分に気をつけることだ。
日中は私も王宮にいるが、夜はフォロー出来ないからね」
「わかってる。そもそも、そこであんたを頼ってたら役に立たないってあんた言うだろ?」
「わかってるじゃないか」
ジドールがそう返した矢先だ。不意に馬車が走る音が響いてきた。
音の大きさからして、あれは誰かがこの公爵邸に来たのだ。
「なんだ?」
「来客の予定は?」
「ない」
当主たるジドールが怪訝な顔をしていたので、ユミルは誰だろうと思う。
「お、お待ちください! 旦那様を今呼んで参りますので!」
「まどろっこしい」
それからすぐに使用人の焦ったような声と、その制止を振り切る男の声が聞こえてきた。
廊下を堂々と歩いてきた男の顔を見て、ジドールが息を呑む。
「な、」
早足で近寄ってきたのは、あのエイデス・コルトゥールだった。
「エイデス」
「やあ、俺の大切なライバル殿。火急の用件故、先触れなく失礼する」
ジドールが擦れた声で呼ぶのも意に介さず、悠然とした口調で挨拶したエイデスにジドールの眉が寄る。
「……火急の用件とはなんだ?」
あ、やっぱりジドールの纏う空気がピリッとした。
この二人、ジドールが一方的にライバル視してるのか?
でもコルトゥール公爵のほうも『大切なライバル殿』って言ってるしな。
「王太子殿下が攫われた」
端的なエイデスの報告に、ユミルは息を呑む。
「……それは、リュイシュンが殿下の部屋を退室してすぐか?」
「さすが我がライバル殿。察しが良くて助かる」
「世辞なら要らん」
疎ましげに返したジドールに、ユミルが「どういうこと?」と余裕なく尋ねる。
「つまり、リュイシュン、もしくは私の仕業に見せかけたいということだ」
「そういうことだ。
最近ジドールは独断で王太子殿下に護衛騎士をつけたばかり。
疑うには充分な理由がある」
わかりやすく説明したジドールに、エイデスが補足する。
「動機がないがな」
「そんなものは、でっち上げれば良いという浅慮な考えなのだろう」
「だろうな。本当に頭が悪くて嫌になる」
エイデスの言葉にジドールはうんざりと言った口調でため息を吐くと腕を組んだ。
「妨害工作はしたろうな?」
「ああ、護衛騎士リュイシュンとローゼンベルク宰相が帰った後、王太子殿下が一人部屋にいるところを訪ねた、と国王には報告してある」
「待て。それは一歩間違えばお前が疑われないか?」
「安心しろ。俺には動機がない」
わずかにエイデスを案じるように聞いたジドールに、エイデスは口角を上げて答える。
「私にもないがな。
……まあ、それを部外者が信じるかどうかは別だが、王家は信じるだろう」
「それで充分だ。
……それで、そこの可愛い護衛騎士はどこへ行く?」
エイデスのそばを通り過ぎたユミルを見やって、エイデスが制止の声をかけた。
「助けに行く」
「そう言うだろうと思ったが、もう王家お抱えの近衛が救出に向かった」
「救出に向かったって、殿下の居場所はわかってるのか?」
「わかっていないだろうな」
「じゃあ意味がない」
淡々としたエイデスの言葉に、焦りが募る。
「だが、リュイシュン。お前だって居場所がわからないのは同じだろう?」
「それは……」
「…………リュイシュン、お前、あの根付けはどうした?」
エイデスにもっともなことを指摘され、言葉に詰まった時だ。
ジドールが不意に口にした内容に、ユミルは目を瞬き、エイデスは表情には変化がないままユミルを見た。
「え」
「お前の手元にないようだが」
言われてユミルは懐を探る。
「あれ、ない」
「王宮に落として来たか。大事なものだろうに、全く」
「根付け?」
「リュイシュンの大事なものだ。なくさないよう、私が追跡の魔法をかけておいた」
急にそんなことを尋ねたジドールの意図がわからないとばかりに、さすがに尋ねてきたエイデスにジドールが答える。
「ああ、それで在処がわかるのか」
「ん……………動いているな」
魔法を使って、根付けの在処を追跡したジドールが小さく呟く。
「動いている?」
「ああ、王都の中を移動している……」
「なるほど。殿下も運が良いな。
その根付け、殿下が拾ったようだぞ」
ジドールの言葉に、エイデスは得心したように口角を上げた。
「じゃあ、その根付けの位置を追跡すれば……!」
「そういうことだ」
頷いたエイデスに、ユミルはすぐ踵を返す。
「リュイシュン」
「止めないで。剣持ってくる」
「待ちなさい」
「なんで止める」
静かに制止するジドールに、振り返ってユミルはまなじりをきつくした。
「王命はまだ下っていない。独断で救出に向かう気かい?」
「それのなにが悪い?」
「それで殿下の身を危険に晒した場合、最悪極刑だ」
「はっ」
淡々と告げたジドールに、ユミルは鼻で笑う。
「今更、惜しむ命なんてないね。
僕はもう、四年前に死んた亡骸だ」
それだけ返して背を向け、走り出したユミルを見て、ジドールは嘆息を吐く。
「……一応、殿下のお心に配慮した苦言でもあったんだが。
罪な子だな。その真意を知らぬまま、命懸けで救出しに来たあの子を見たら、殿下がどう思うか考えもしないのか」
その呟きを聞くのはエイデスだけで、エイデスはただ無言でジドールの顔を見ている。
「……いや、しないか」
そう結論づける。
(君の心はずっと、彼の亡骸と一緒に炎の中に閉ざされているんだな)
ある貴族屋敷の地下室。
そのベッドに寝かされているルドルフに意識はない。
その周囲に、貴族が雇ったごろつきが群がっていた。
「この王太子、呪いにかけられてるってマジ?」
「そんなの信じてるのかよ。本当ならもう廃嫡されてるだろ」
「いや、ほかの王子がいないから廃嫡に出来ないって聞いたことが」
そんなことを話していた瞬間、燭台の灯りのみだった室内に光源が飛び込んでくる。
魔法の閃光が頭上で弾けて、ごろつきたちは目が眩んで動けなくなった。
その瞬間、室内に飛び込んだ小柄な影がごろつきたちの足を斬り裂く。
足を深く斬り裂かれたごろつきたちは立っていられず、床に倒れる。
その間に、根付けの在処を追跡してここまで来たユミルはベッドに駆け寄った。
「殿下! ルドルフ殿下!」
「う……」
「殿下!」
小さく呻いたルドルフに、ユミルが身を乗り出した時だ。
「何者だ!」
地下室に飛び込んで来たのは、身なりの良い中年の男。
おそらく王太子誘拐を命じた首謀者だろう。
「あんたの仕業か!」
「仕留めろ!」
ユミルが片手に持った剣を構えた矢先、男の声に息を呑む。
背後でどうにか立ち上がったごろつきの一人が、剣を振り上げた。
その剣がユミルの背中を斬り裂く。
「リュイシュン!」
「甘い!」
悲痛な響きのルドルフの声に構わず、ユミルは素早く動いてそのごろつきを蹴りで吹っ飛ばした。
それ以上はもう動けないようで、ごろつきは意識を失って動かなくなった。
「ひっ」
それを見て、貴族の男が臆したように後ずさる。
「はいはいあんたも寝ててもらうよ」
ユミルは大股で男に近づいて、剣の柄で鳩尾を殴った。
男は意識を失い、床に倒れる。
「殿下、ご無事ですか?」
「お前、なんて無茶を……っ、背中は、痛まないのか!?」
すぐベッドに戻ったユミルに、ルドルフは血相を変えてその肩を掴む。
「あー……これ、服が着られただけですね。紙一重で避けられたみたいです」
痛みを感じなかったので、ユミルは背中に手をやって、そう答えた。
「びっくりした……」
「びっくりしたはこっちですよ。殿下が攫われたって聞いて、飛び出して来たんですから。
父上は王命が下るのを待てってまどろっこしいこと言うから無視して来ました」
「お前は、……なにを差し置いても俺を助けに来てくれるんだな」
安堵したように、泣き笑いの顔で呟いたルドルフに、ユミルは当然だと言う顔で、
「護衛騎士ですから」
と答える。
「……これ」
ルドルフがその顔を見て、一瞬躊躇した後にポケットから取り出したものを見せた。
「あ、それ、根付け。やっぱり殿下が拾ってた。
ありがとうございます。大事なものなんです」
「これは、誰からもらったものだ?」
「誰って」
「誰だ?」
ルドルフの声は、やけに必死だった。
「それは」
なんと答えようと迷った。
だが自分を見る、真っ直ぐな、縋るような瞳
嘘は吐きたくないと思った。
「好きな人です」
「…………好きな」
「はい」
「……俺は」
ルドルフは躊躇って、それから自分の胸に手を当てる。
「俺はおかしいのだろうか」
「はい?」
「その、根付けを贈った者に嫉妬する」
「え? あ、ちょっと殿下、頬に傷が」
そう言ってユミルがルドルフに手を伸ばした時だ。
はらり、となにかがほどける感触がした。
ルドルフが息を呑む。
「お前、」
「え?」
「女、なのか……?」
信じられないというような声。
胸元を見ると、膨らんでいる。さっきのほどける感触が、胸を押さえていた布がほどける感触だと気づいた。背中を斬られた時に、布も切られたのだ。
どうしよう。役立たずになるかもしれない。




