第十六話 魔王
王宮にたどり着くと、まるで台風の目のように静かだった。
ここに来る道中は、荒れた風と雨の音でひどく賑やかだったのに。
廊下を走っていると、視界に触れるのは王宮で働く人々の姿。
使用人も衛兵も倒れている。
「みんな、死んでる……?」
「いや、濃い魔性の気配に当てられて、意識を失ってるだけだろう。
もっとも、これ以上魔力が濃くなれば命を落としかねないが」
茫然と呟いたユミルに、ジドールが答える。
不意に足を止めて、ジドールは口元に手をやる。
「どうしようかな」
「ジドール。策は」
「魔王はまず、陛下のお身体を捨ててはいないだろう。
それを脱ぎ捨てたら、私たちが倒すのが容易になってしまうからね」
短く問うたエイデスに、ジドールは難しい表情で答えた。
「じゃあ、僕がどうにかして陛下のお身体から魔王を引きずり出すのが先?」
「それが可能ならの話だけど、真っ向からだと多分難しい。
それに、今、相対したら真っ先にユミルを殺しに来るよ」
「いいじゃん。殺しに来てもらおうよ」
それを恐れたように口にしたジドールに、ユミルは逆に明るい声音で言った。
「ユミル?」
「思いついたことがあって」
そう口にして、ユミルは三人を手招いた。
風の音すら聞こえない、王宮の中庭。
そこに、その姿はあった。
「やあ、久しぶり。魔王」
「貴様は本当にここが好きだな。
自然が多いから、魔力を回復させやすかったんだろう?」
ジドールとエイデスは憎々しさをにじませて、目の前に立つ国王の姿をした魔王を見据える。その頭には角が生えている。
「父上」
「一時的なものだ。魔王さえ倒せば元に戻る」
その角を見て青ざめたルドルフに、ジドールは早口で答えた。
「そう簡単に倒せると思うな」
低い、人間と別のものの声が混ざったような響きが耳を打つ。
「もう、あの勇者はいない」
「そうだね。彼はいない。お前が殺した」
ジドールは肯定して、剣を握ると切っ先を魔王に向けた。
「だから、私たちは絶対にお前を許さない」
「やってみせろ」
魔王の声に合わせて、ジドールとエイデスが剣を振るう。
二人を中心に生み出されたのは、燃えさかる業火と凍てつく氷の魔法。
それが一気に魔王に向かい、魔王の眼前で衝突して上気が発生する。
視界が遮られる。そこにユミルが突っ込んだ。
「はあっ!」
剣を振り上げ、赤い閃光を放つ。解呪の魔法だ。
だが魔王が生み出した障壁によって弾かれた。
「そんな子供だましが通用すると思うな!」
魔王が衝撃破を生み出す。吹っ飛ばされたユミルの身体をジドールが抱き留めた。
『僕たち三人で奇襲を仕掛ける。その後、魔王は無防備な状態になっているはずだから』
「父上!」
不意に背後で聞こえた声に、魔王の反応がわずかに遅れた。
解呪の魔法を弾くことに意識を注ぎすぎた。
背後から接近したルドルフが、剣を魔王の、国王の身体に突き刺す。
「解呪!」
ユミルが手をかざして叫ぶ。
赤い閃光がルドルフの剣に降り注ぎ、剣を伝って国王の身体の体内に侵入した。
瞬間、魔王の絶叫がその場に響く。
体内まで貫いた剣を伝って侵入した解呪の魔法が、魔王の魂そのものを滅ぼしていく。
断末魔がその口からこぼれた。
真っ黒い瘴気が立ち上って、煙のように消えていく。
国王の身体が地面に倒れ込んだ。
「ち、父上!」
「エイデス! 治癒魔法を!」
「わかっている! お前も手を貸せ!」
一斉にルドルフと、ジドールとエイデスが国王に駆け寄り、ルドルフがそのそばにしゃがんで手を握った。
反対側にしゃがみ込んだジドールとエイデスが手をかざし、治癒魔法を発動させる。
「……う」
「陛下!」
「ローゼンベルク、宰相。コルトゥール、公爵」
「ご無事で!」
傷が癒えていくにしたがって、その頭に生えていた角がなくなっていく。
「……ルードヴィッヒ」
「父上」
自分を呼んだ父親に、ルドルフは安堵して握る力を強くした。
荒れ狂った嵐の空が、徐々に収まっていく。
王宮のあちこちで、倒れていた者たちが戸惑いながら起き上がった。
「よく、やった。皆。
手間を、かけさせたな」
「陛下の謝罪されることではございません」
「そうです。父上に責のあることではございません」
「だが、わたしは取り憑かれていたとはいえ、勇者を殺し、我が子に呪いを」
ルドルフの手を握り返しながら、悔やんだ声で零した国王に、ルドルフが笑みを浮かべる。
「それももう解けました。それでも悔やまれるなら、どうか願いを一つ」
「ああ、なんでも聞こう」
「ここにいるユミル・ローゼンベルク公爵令嬢を、我が妻とすることを許していただけないでしょうか?」
どさくさ紛れに凄いことを言ったルドルフに、ユミル、エイデス、ジドールは、
「え?」
「おや、」
「……へえ」
と三者三様の反応を返す。
「ジドール。ドスの利いた声が出たぞ」
そう小声でツッコんだエイデスがいたが、ジドールは無視をした。




