第十五話 真実
翌日、ユミルはルドルフと一緒にローゼンベルク公爵邸で朝食をとり、その後、ジドールの書斎を訪ねた。
「ああ、いらっしゃい」
ジドールの姿は机の奥にあって、机に積まれた書類を片付けていたようだ。
「父様、朝食は?」
「さっきここで食べたよ」
「事務作業しながら? ちゃんと食べないと。
ていうかなにこの大量の書類」
「お前、亡くなった妻みたいな小言言うようになったね」
ジドールはにこにこ笑って答える。
地下牢にいた時に感じた自暴自棄さがなくなっていて、ユミルは内心安堵した。
「リーリア様たちが言わないから僕が言ってんの」
「ああ、あの子たちはそういうところ、母親に似なかったのかな」
「父様が二人の前では隙のない父親を演じてるからだろ」
「まるでお前の前だとそうじゃないって言ってるみたいに聞こえるけど?」
嫌味のような言葉だが、口調は柔らかい。お互いにだ。
「実際そうだから」
「ほう?」
「まあまあ、親子喧嘩してないでくれ」
口調も表情も柔らかかったから、喧嘩ではないのはわかっていたが一応ルドルフが割って入る。
嬉しそうなユミルを見ているのはルドルフも楽しいが、なんだかユミルをジドールに取られたようで少し嫉妬してしまうのだ。
もちろん二人の間には、混じり気のない親子愛しかないのはわかっているが。
「これは、申し訳ありません。殿下」
「すみません」
「まあ、二人が親子らしく話せるようになったのは良いことだが。
というか、本当にこの大量の書類は一体」
「王宮の私の執務室に貯まっていた書類を届けてもらったんですよ。
処刑騒動で片付けられなかったから」
「ああ」
ジドールの説明にルドルフは納得して相づちを打った。
「それで、事情の説明だったね」
ジドールは椅子から立ち上がると、机の前にあったソファに腰掛け、二人にも座るよう促す。
ユミルとルドルフはジドールの向かいに腰を下ろし、ジドールの顔を見た。
「うん。……どこから話したものかな」
「そもそも、どうしてユミルのいた孤児院は燃やされた?」
「それが聞きたい。どうしてグレイたちは殺されたの?
グレイを養子に欲しいって言った貴族は?」
「養子に欲しいって話自体が、彼を殺すための嘘だったからだよ」
冷静に答えたジドールにユミルがかすかに息を呑む。
「どういうこと」
「彼は、赤みがかった目をしていたんだろう?
それが原因」
「まさか」
ジドールの言葉にハッと息を呑んだのはルドルフだ。
「殿下。なにか思い当たることが?」
「解呪の赤眼。真紅の瞳を持つ者は、ほかの人間が持つことの出来ない解呪の力を有する。
俺たちが生まれた頃に断絶した、エイシャ公爵家の血筋にしか発現しない瞳だ」
「そう、まず最初に純血のエイシャ公爵家の血筋を滅ぼして、徐々に混血の、完全な赤じゃない目の持ち主を殺していった。
あのグレイという子は、その混血の血筋じゃないかと疑われたんだ。
それがあの子が、あの孤児院の人間が殺された理由だ」
静かなジドールの声にルドルフは青ざめる。
「……そんな、…………ユミル?
どうした?」
ルドルフは擦れた声を漏らしていたが、ふとその隣に座るユミルの赤紫色の目を見た。
「宰相。ユミルもその混血の血筋なのか?」
「いいや、ユミルは純血だ。
完全な真紅の瞳を持っている。おそらく、エイシャ公爵家で生まれた子だろう。
断絶する直前に、公爵家の人間が誰かに託して、孤児院に預けたんだ」
「ユミルが、公爵家の血筋……?
だが、ユミルの目は赤紫色で」
「それは魔導具の力の作用によるものだ。
私が赤紫色の瞳になるよう設定した」
ジドールの言葉にルドルフも、ユミルも声を失った。
「……………」
「ユミル。なにか質問は?」
「……僕が、その公爵家の血筋っていうのは、わかったけど」
ジドールに促され、ユミルはどうにか声を絞り出す。
「じゃあ、誰がそんなことを?
誰が、エイシャ公爵家の血筋を滅ぼそうとしたの?」
「それが、私がお前を利用しようとした理由と同じものだ。
おそらく黒幕は街に使いに来たその子を見て、孤児院に赤みがかった目の子どもがいると報告を受けたのだろうね。
黒幕の息のかかった人間も、孤児院でもユミルの姿を見なかったから赤みがかった目の持ち主は一人しかいないと判断したんだろう。
孤児院もろとも消したのは、真実を知る人間を消すためだ。
奴は純血のエイシャ公爵家の血筋が生き残っていることを知らない。
ユミルのことも、混血だと思っているはずだ」
そこで一旦ジドールは言葉を切った。
わずかに躊躇って、ユミルの顔を見て口を開く。
「私は奴が赤眼の持ち主を見たら黙っていないことを知っていた。
だから、わざとユミルの瞳の色を赤紫にしたんだ。
奴が餌に食いつくように。
だから、結局私は、ユミルを利用しようとしていたよ」
「おあいにくだけど、それでもうあんたを軽蔑したりは出来ないよ」
その言葉に気づく。
ジドールはユミルに軽蔑されないかを恐れたのだと。
それがわかったからユミルははっきりと告げてやる。
「あんたは、そうでもしなきゃいけない理由があったんだろ。
それこそ、自分の命を懸けるほどの」
「参ったね。お前は本当に強い子だ」
「教えて。黒幕は誰?」
毅然としたユミルの姿から、ジドールは視線を移す。不安げな顔をしたルドルフを見て、
「ご安心ください。殿下。
国王陛下は、黒幕ではない。
あなたを呪ったのも、私を殺そうとしたのも、ユミルの仇も、陛下ではない」
と答える。
「全ての黒幕は、魔王。魔王が国王陛下のお身体を乗っ取っているんです」
「な……!」
はっきりと告げられ、ルドルフは息を呑んだ。
「魔王は、俺たちが生まれる前に滅んだんじゃ……」
「それが、倒し切れていなかった。
私たちも完全に滅ぼしたと思った。
でもしぶとく生き延びて、人間の身体に寄生していた。
それが陛下のお身体を乗っ取ったんです」
「待って。父様の言い方だと、まるで魔王を倒したのが」
「ああ、魔王を退治したのは勇者と、その仲間二人。
勇者の仲間だった二人の武人が、ローゼンベルク宰相とコルトゥール公爵だ」
勇者一行の仲間が誰だったのかを知らなかったユミルの言葉に、ルドルフが答える。
「父様と、コルトゥール公爵が……」
驚きに擦れた声を漏らした時だ。書斎の扉が開いた。
「真剣な話の途中かな」
「いや、ちょうどいいタイミングだ。エイデス」
室内に入ってきたのはエイデスだ。
ジドールの返答を聞いて、エイデスは歩いてくるとジドールの隣に腰掛ける。
「どこまで話した?」
「私とお前が、勇者の仲間だったというところまで」
「そうか」
エイデスの質問にジドールは簡潔に答えた。
「待ってくれ。じゃあ、勇者の死因というのは」
「え、勇者って亡くなってたの?」
「ああ。俺たちが幼い頃に」
元の世界に帰ったんじゃなく?という疑問が顔に浮かんでいたユミルに、ルドルフが説明する。
「そうだ。彼は亡くなった。
それが、私がユミルを利用しようとした理由だ」
もう目を逸らさなかったジドールに、うっすらとその意味を察した。
「じゃあ」
「私は、勇者の仇を討ちたかったんだ」
「俺はそれを止めたかったがな。
勇者亡き後、どこからどう見てもジドールは生き急いでいて、俺はそれが心配だった。
俺にとって、共に旅をした二人の友は、なににも代えがたい大切なものだった。
一人を失っただけでも死にそうなのに、もう一人まで失ったら生きてはいけない」
ぎゅっと自身の手を握りしめてエイデスは切なげに話す。
それこそが、ずっとエイデスがジドールを気に懸けていた理由だったのだろう。
「…………魔王は弱ってるってこと?」
人間の身体に寄生しなければいけないということはそういうことではないか。
「陛下のお身体から出て来ないということは、そういうことだろうね。
まだ十全な力を取り戻していない。
だから、倒すならば今しかない」
「父様が僕にして欲しかったことは、もしかして魔王を陛下のお身体から引きずり出すこと?」
「そうだ。エイシャ公爵家の解呪の力なら、その力がある」
魔王の身体を乗っ取る力もまた呪いだからね、とジドール。
「それに魔王を滅ぼせば、自然に殿下にかけられた呪いも解けるよ。
魔王の命を核とした呪いだからね」
「じゃあ、あんたは僕を利用してないよ。
僕は僕自身のために、魔王を倒したい」
揺るぎないまなざしで答えたユミルに、ジドールは参ったように笑う。
「ジドール。お前の子は本当に強いな」
「全くだ」
エイデスも同じような顔で、満足げに微笑んでいる。
「……一つ、なぜ、魔王は俺に呪いを?」
その場に一瞬落ちた沈黙を待って、ルドルフが尋ねる。
「我が国を滅ぼす、もしくは弱体化させる目的があったのでしょう。
魔王討伐の命令を下したのは陛下ですから、陛下の血を絶やすことも魔王にとっては復讐だったのだと」
「そうか」
ルドルフはジドールの返答にホッと息を吐く。
ずっと、父親に疎まれていると思い詰めていた。
実際は違うのだとわかって、安堵したのだ。
その横顔を見つめて、ユミルはそっとルドルフの手を握りしめた。
ルドルフはその温もりを感じて、ユミルの笑顔を見て、口元を緩ませると手を握り返す。
「父様。父様は僕に、陛下に向けて解呪の力を使えとは言わなかったけど」
「おそらく真っ向からやっては強い効果が望めないからだよ。
ユミルと相対するときは、おそらく相手は相当に警戒するだろうからね」
陛下のお身体から出ていれば別だけど、陛下のお身体にいる間は陛下のお身体が壁のような役割を果たすから、とジドール。
「…………なんかごちゃごちゃしてきた」
ユミルは額に手を当てて呟く。
一度に知った情報が多すぎて、こんがらがってきたらしい。
「部屋に戻って、殿下と話し合いなさい。
殿下も混乱してるだろうし、昨日馬を飛ばしてきた疲れが取れきっていないだろう」
ユミルとルドルフが退室した後、エイデスと二人だけになった書斎でジドールはふと表情を緩ませる。
「ジドール」
不意に隣に座っていたエイデスが名を呼んだ。
「お前、死に損ねたと思っていないだろうな?」
「思ってないよ。確かに、処刑が決まった時、これで楽になれると思わなかったと言ったら嘘になるけれど」
ジドールはもう嘘を吐く気はないのか、正直に告白した。
「あの子たちが前を向いているんだ。私だけ後ろを向いていられない」
「そうか」
柔らかな表情で答えたジドールに、エイデスも和らいだ声を零す。
「露骨に安心した声を出すなあ」
「仕方ないだろう。
本気でお前を失うかもと思ったんだから」
「それはすまなかったね」
謝って、それからエイデスの顔を間近で見て、ジドールは目を瞠る。
「エイデス。お前、隈が出来ているぞ。
さては、私が処刑されそうになって眠れなかったか」
「悪かったな」
「いや、」
悪戯っぽい口調に少しムッとして返せば、ジドールが否定を口にして、エイデスの肩に顔を埋める。
「すまなかった。……ありがとう」
心底悔いたような、安堵したような声に、今までの危うさがなくなっているのを見て取ったエイデスは口元を緩ませた。
だが、ざわり、と感覚に触れたものに息を呑む。
ジドールも弾かれたように顔を上げた。
「ジドール。今、」
「ああ、感じた。
……十年来、久々に感じる、濃い魔性の気配」
二人の視線は窓のほうに向いている。
そこに扉を開けてユミルが飛び込んで来た。
「父様!」
その背後にルドルフが立っていて、彼も動揺をにじませて窓を見ている。
「空が!」
窓の外、見えるのは暗雲。荒れ狂った嵐の空。
「突然こんな荒れた空になって、普通じゃあり得ない」
擦れた声を漏らすユミルに、ジドールは冷や汗を掻く。
「参ったね。私を殺せなかったから、奴め、不完全な状態ながらこの国を滅ぼしにかかったか」




