第1話 成人の儀
今日は、成人の儀の日だ。
俺たちの暮らすこの国では、成人の儀を迎えると神殿で職業を授かる。
剣士。
騎士。
魔術師。
僧侶。
その職業によって、得意な能力や成長の仕方まで変わる。
上位職。
希少職。
特殊職。
普通の職業とは違う、特別な職業を授かる者もいる。
だから、この日を楽しみにしている者は多い。
もちろん、俺もそうだった。
そして――。
「次」
「はい!」
俺の隣に立っていた幼馴染が、一歩前へ出る。
アリサ。
俺が子供の頃からずっと一緒にいた女の子だ。
俺は少し離れた場所から、彼女を見守る。
神官が祭壇へ手をかざした。
淡い光がアリサを包む。
しばらくして。
神官の目が大きく見開かれた。
「これは……!」
ざわっ、と神殿内が騒がしくなる。
「何?」
「どうしたんだ?」
神官は何度も祭壇を確認してから、声を張り上げた。
「【黄昏の魔女】です!」
「おお……!」
歓声が上がった。
俺も思わず笑う。
【黄昏の魔女】。
強力な魔法を扱い、高い魔力成長を持つ希少職業。
魔王軍と戦う者にとって、これ以上ないほどの職業だ。
アリサが振り返る。
俺と目が合った。
嬉しそうに笑った。
俺も親指を立てる。
するとアリサは、少し照れたように笑った。
「次」
神官が俺を見る。
「名前を」
「カイです」
祭壇の前に立つ。
アリサと同じように、光が俺の身体を包む。
何かが身体の中を通り抜けたような感覚。
そして。
祭壇の光が消えた。
神官が首を傾げる。
「……ギャンブラー」
「え?」
神殿が静まり返った。
「職業は【ギャンブラー】。特殊職です」
「ギャンブラー……?」
誰かが呟いた。
続いて。
「ぷっ」
笑い声。
「なんだよ、それ」
「聞いたことないぞ」
「戦えるのか?」
「ギャンブラーって、賭博する職業だろ?」
笑い声が少しずつ大きくなる。
俺は苦笑した。
「そんなに酷い職業なんですか?」
神官は困ったような顔をした。
「……戦闘向きとは言えません」
「やっぱり?」
「成長補正も、他の戦闘職と比べれば低いでしょう」
周囲からまた笑い声が起こる。
俺は祭壇を見る。
これが俺の職業。
【ギャンブラー】
どうやら、俺は外れを引いたらしい。
「カイ」
声がした。
アリサだ。
俺のところまで歩いてくる。
「大丈夫?」
「まあな」
「私は気にしないよ」
「……アリサ」
彼女は笑った。
「だって、カイはカイでしょ?」
その言葉に、少しだけ救われた。
「ありがとう」
「うん」
アリサは俺の手を握る。
昔から変わらない。
俺たちは幼馴染だ。
そして――恋人でもある。
だから、このときの俺は思っていた。
この先も、ずっとアリサと一緒にいられると。
◇
儀式が終わると、教会の神官がアリサを呼び止めた。
「アリサさん」
「はい?」
「あなたには、勇者様のパーティに加わっていただきたい」
アリサは驚いた顔をした。
「私が……?」
「はい。【黄昏の魔女】は、魔王軍との戦いにおいて非常に重要な職業です」
「……」
「勇者様も、あなたの加入を望んでいます」
アリサはすぐには答えなかった。
「少し……考えさせてください」
「分かりました」
神官はそう言って、その場を離れた。
アリサは黙ったまま、俺を見る。
俺も何も言わなかった。
正直に言えば、行ってほしくない。
ずっと一緒にいたい。
今までだって、そうしてきた。
だから俺から「行ってこい」なんて言えるはずがなかった。
◇
その日の夜。
俺とアリサは町の外れにある丘へ来ていた。
子供の頃から、何度も二人で来た場所だ。
町の明かりを眺めながら、俺たちは並んで座っていた。
「ねえ、カイ」
「ん?」
「私……旅に出たくない」
「……」
俺は少し考えてこう答えた。
「できるなら、ずっとアリサと一緒にいたい」
アリサが俺を見る。
「じゃあ……私、断ろうかな」
「……アリサがそうしたいなら、それでいい」
俺はそう答えた。
引き止めたい。
本当は、今すぐ「行かないでくれ」と言いたい。
でも、それを俺の口から言うことはできなかった。
「カイは……私に行ってほしくない?」
「行ってほしくない」
俺は迷わず答えた。
「絶対に行ってほしくない」
アリサが少し驚いたように俺を見る。
「だったら……」
「でも、決めるのはアリサだ」
俺はアリサの手を握った。
「俺はアリサを縛りたくない」
「カイ……」
「だから、自分で決めてほしい」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、アリサが小さく息を吐く。
「……私、行く」
「……そっか」
「怖いよ」
「うん」
「カイと離れるのも嫌」
「俺も嫌だ」
「でも……」
アリサは空を見上げた。
「【黄昏の魔女】になった私にしかできないことがあるなら……私は、それから逃げたくない」
俺は何も言えなかった。
「ごめんね、カイ」
「謝るなよ」
「でも……」
「俺は待ってる」
俺は笑った。
「アリサが自分で決めたなら、俺は待ってる」
アリサの目に涙が浮かんだ。
「私、絶対に帰ってくる」
「ああ」
「魔王を倒して、絶対に帰ってくるから」
「待ってる」
アリサが俺の手を握り返す。
「そのとき……」
アリサが少しだけ頬を赤くする。
「私たち、結婚しよう」
一瞬、言葉が出なかった。
「……本当に?」
「うん」
アリサは笑った。
「約束」
そして。
アリサがゆっくりと顔を近づけてきた。
俺も動かなかった。
唇が重なる。
ほんの一瞬。
俺たちにとって、初めてのキスだった。
離れたアリサは、顔を真っ赤にしていた。
「……初めてだね」
「ああ」
「忘れないでね」
「忘れるわけないだろ」
アリサが笑う。
俺は彼女の小指に、自分の小指を絡めた。
「約束だ」
指切りをする。
アリサが旅に出る。
俺は町に残る。
そして、いつか彼女が帰ってくる。
そのとき、俺たちは結婚する。
そのときの俺は、本気でそう思っていた。




