やりたいことをしよう
「ネロ様は一年目にやりたいこととかありますか?」
「やりたいことだと?」
「そうです、旅行とか、研究とか」
休憩時間、俺は板書をまとめながら第二皇子に話しかけた。
皇子は起きていられる分退屈なのか、珍しく俺に視線をやる。
「お前にはあるのか」
「俺は薬の商売を始めたので、それを大きくしたいですかね」
無難な回答をすると、彼は何か言いかけたが、興味を失ったように視線を戻してしまう。
「ネロ様は何かないんですか?」
「特にない」
バッサリと切って捨てられた。ないらしい。
青春の欲望が一つもないというのはいささか不健全ではなかろうか?
まあどちらかと言えば、俺のことが嫌い、という線が濃かった。
好き嫌いがはっきりしていて悪いということはない。せっかくならそのまま皇位継承して専属薬師としての俺の立場を強化してほしいところだ。
俺はウンウンと頷きながら席を立つ。
「では、今週の薬も届けさせますので……」
「おい」
「はい何でしょう?」
呼び止められて振り返ると、皇子は何やら複雑そうな表情をしていた。
「お前、何故そう薬を小分けにして渡すんだ?」
俺はニコリと笑顔を浮かべる。
「それはネロ様、いつでも新鮮な薬をお届けしたいからですよ」
嘘じゃない。備蓄はゼロだ。
「一週間ごとというのは短すぎるんじゃないか?」
「いえいえ、長いくらいですよ。何かあったら責任を取るのは俺ですからね。ああっ早くしないと薬の材料が売り切れてしまう……それでは失礼します」
俺はそそくさと立ち去る。
皇子は引き留めなかった。その前に俺が扉を閉めたからだ。
さて、皇族に嘘を吐くわけにもいかないので実際に薬屋を訪れてみるというところである。
裏路地にはなるが、皇都で一番の最高級店。皇都に来た薬師なら絶対に欠かせない場所。
目の前ではリヴが次々と薬草を籠に入れていた。こういうときマメな男だ。
「うーん……どうするかな」
俺はというと何を買うか決めあぐねていた。
次の薬の設計が決まらないのだ。こうして材料を見ることでインスピレーションを得ようという試みだった。
高い位置にある希少薬草があるのが目に入り、手を伸ばす。
その手が不意に別の細く小さな手に触れた。きゃっ、と少女の声が店内に響く。俺は黙ってその場で両手を挙げた。犯罪だ。
少女は顔を上げる。俺はその隙に一歩距離を取った。
「あっ、も、申し訳ございません」
「いや、構わない。怪我をさせたかな?」
「いいえ」
ふるふると首を振る彼女はいかにも貴族に初めて顔を合わせた平民といった様子だ。
「あ、この薬草……」
「ああ、あげるよ、君にあげる。何に使うんだ?」
「これは第二級睡眠薬に使う予定で……」
リヴにアイコンタクトを送る。彼は即座に意図を察したようで、手早く会計を済ませた。
俺は少女に笑顔を向けると、薬草を取り上げて手渡す。
「第二級睡眠薬か。いい薬師だな。名前と生まれは?」
少女は恐る恐るといった様子で答えた。
「サクラと申します。東の村から参りました」
「そうか。東の村には薬草が豊富な森があるな」
俺は地図を脳内に思い浮かべ、頷いた。
「じゃあ、俺はこれで」
踵を返し、リヴと共に扉から店外へ出る。
薄暗い路地。足元に大通りからの紙吹雪が風に乗って舞ってきていた。
歩きながら、俺は告げた。
「あの少女の身元を追うように」
「承知しました」
俺は緩む口元を押さえながら光のある方へと歩みを進める。
心の底から湧き上がるような歓喜を抑え込んで呟いた。
何たる運命的な出逢い!
「感謝します、神よ」
サクラだ。あの『サクラ』。
『恋デレ』の主人公はすでに皇都に来ていたのだ。




