入学式に参加しよう
ローマヴィア皇都学園の売りは、身分の壁がないことである。
平民も優れた才能と学費さえあれば入学可能で、皇族から平民までが同じ教室で授業を受けることになる。
前世の感覚からするとじゃあ奴隷はどうなの? という話になるが、奴隷は持ち物なので関係ないらしい。
ただ無料で授業を聞けるし、奴隷専用の訓練場も用意されているから、奴隷にとっても主人が学園に行くのはメリットのある話だ。
その学園の入学式。
「宣誓。私たちはこの学園で――」
新入生代表の長い歌のような話がもう15分も続いている。
俺は退屈していた。
宙に視線を固定し、あたかも話を真面目に聞いていますというポーズを取り続ける。
この間に薬の研究ができればどれほどいいだろう。今すぐ薬草を火にかけたい。
ただ公爵家令息としての役目なのだ。きちんとやっていないと俺の将来に関わる。
だというのに……
俺は首を動かさないまま目だけで右隣を見た。
深い藍色の髪の男が腕を組んで呑気に寝息を立てている。
かなりムカつくが、これを放っておいても俺の生死に関わるのだ。
入学式で寝こけているこの男、皇国の第二皇子にして『恋デレ』の人気攻略対象、ネロという。
大抵寝ていて大人しいように見えるが、起きれば毒舌ばかりの問題児だ。
これを起こして機嫌を損ねれば身の破滅、起こさずに恥をかかせれば将来絶望安心設計。
何度か会ったことがあるが、決定的な瞬間はなかった。
今日がその日になるのかは、分からない。
俺は深く、腹の底からため息を吐いた。声をかける。
「ネロ様。お目覚めになってください」
起きない。彼の腕に恐れながら手をかけて軽く揺する。
「もうスピーチが終わります。ネロ様、おはやく」
起きない。俺は揺する手を止め、己の胸に手を当てる。
「ネロ様が12の頃に一度だけ俺に見せてくださったノートの内容を暗誦します」
「お前は救いようのない馬鹿だな」
バチン! と圧の強い青色の目が開いて俺に暴言を吐く。
「そんなことおっしゃらないでください、俺はトマスですよ、覚えてらっしゃいますか」
「奴隷殺し。アクイナクスの拷問魔」
「過去のことはお止めください。もうやめたんです」
俺は照れた。前世的にアウトな黒歴史を公衆の面前で言われるとちょっと複雑な気持ちになるからだ。
第二皇子は眉を顰めると、周囲の様子を確認したようでギロリと俺に視線を戻した。
「ずいぶん様子が変わったようだが……噂は本当か?」
「噂ですか、ずいぶんいい噂でしょうね」
俺はニコニコで皇子の顔を覗き込む。第二皇子は姿勢を正して顔を背けると、呆れたように息を吐いたらしかった。
「熱病で気が触れたとか」
「とんでもない、ネロ様、俺は心を入れ替えたんです。商売も始めたんですよ。小さな薬屋です」
「本当らしいな。まさかお前が……」
皇子は一瞬口を閉ざし、軽く首を振った。
「まぁいい。私の邪魔にならないようにしろ」
「承知しました」
俺は両手を揉みながら笑顔を浮かべて返答した。長いものには巻かれろって言うし。
「ネロ様も必要なものがあったら何でもおっしゃってくださいね、ご用意しますので」
「構わない」
第二皇子は大して興味なさそうに俺から目を離すと、退屈な壇上の話に意識を向けたようだ。
俺は死を免れ、入学式は拍手の中幕を下ろした。
お目を通していただきありがとうございます。
とても嬉しく感じております。




