話をしよう
体験終了後、展示を色々見て回った俺とロザリア嬢は喫茶室の個室を訪れた。
婚約者を長々歩かせるわけにはいかないからだ。椅子の座面は適度に柔らかく心地よかった。
座ってみると俺みたいなものでも案外足の疲れを感じるものだ。
ショートケーキのまろやかな生クリームに銀のフォークを通しながら彼女に笑いかける。
「第七感、よかったですね」
「お気に召したようで何よりですわ」
彼女は金粉の散らされたオペラケーキを前にして満足気に答えた。
俺は光の雨を浴びる彼女の姿を思い出し、フォークの先でサクリと苺を突く。
「非常に宇宙的でした」
彼女はぱちりと瞬きをした。視線の奥に思索が走る。
「うちゅう、とは?」
「ああ、いえ」
そういうもので、と答えながら俺はじっと彼女の目を見つめた。
ロザリア嬢は、この国でもっとも高貴な令嬢はまたゆっくり瞬きをして、軽いため息を吐く。
「この頃はずいぶん難しいお言葉を使われますのね」
「失言でした」
「構いませんわ、ご説明をいただけるなら」
「説明すべくもないことです、ロザリア嬢」
「教えてくださらないのですね」
カタリ。細いフォークを皿に置いて、婚約者は悲し気に眉を下げる。
俺は困った。困ったので、
「『恋デレ』というものをご存知でしょうか?」
洗いざらい吐いた。
熱病の折にエリクサーを飲むと神の啓示が下り、前世の記憶が蘇ったこと。
前世の世界に俺たちの現実世界を模したゲームが存在し、その通りに事件が起きたこと。
この惑星の外には果てのない宇宙が存在し、今この瞬間にも絶えず素粒子が降り注いでいること。
あと俺が今作っているのはエリクサーではなく新型万能薬シープシャンクなので法的には問題ないこと。
「以上です。ロザリア嬢」
「まあ」
愛すべき婚約者は藤色の目を円くして俺を見つめていた。
温くなった紅茶にも口をつけずに俺の長い話を聞いていてくれていたのである。
彼女はちょっと上を見て、考える仕草をした。
「先日の下手人も神の啓示を受けて地下牢に?」
「彼女は機会を活かしきれなかったようです」
「薄情ですのね、神は」
「万物に対して平等なのですよ」
「あなた、ずいぶん彼の存在の肩を持たれるようですけれど」
ロザリア嬢は、彼女にしては珍しくやや刺々しい口調で呟いた。
俺はティースプーンで紅茶を緩くかき混ぜて、聞かなかったフリをする。
その様子を見ていて呆れたのか諦めたのか、彼女はティーカップを持ち上げた。
「あなたが神を信じるようになったのはエリクサーのせいでしたのね」
「幸いなことに。リヴが持っていまして」
「どんな薬でしたか?」
「金色の薬です」
「まだお持ちですの?」
「いいえ。すっかり飲んでしまいました。空き瓶だけ手元に。ご興味が?」
「いえ」
彼女は首を振って、紗々の扇子で口元を隠した。これは彼女が深い考え事をするときの仕草で、俺は幼少期からその目を見るのが好きだった。
いつも通りヘリオトープの瞳を見つめながら待っていると、不意に視線が合う。
彼女はキュッと目を細めた。蛇の目。
「教えてくださってありがとうございます」
その日はそれでお開きになった。
喫茶室の個室にアルベルトがわざわざ魔法まで使って乗り込んできて、俺を誘拐したからだ。
俺が彼からの「在庫が足りない」「早く帰って来てくれ」「何処にいる」という旨の連絡魔法を意識的に無視し続けていたことが原因で、俺は当然婚約者との時間を優先するべきだとして無罪を主張した。
しかし認められず、俺は文化祭終了まで緊急製造作業にあたることになった訳だ。
俺が実験室でほろりと涙を拭く真似をすると、リヴが素早くハンカチを差し出した。
「甘やかすんじゃない!」
在庫管理担当くんからの鋭い一声が飛ぶ。
長い一日になりそうだったし、実際そうなった。




