第七感を拡張しよう
「いや、まさかスプラッタが観られるとは思いませんでした!」
「手が込んでましたわね、再現度が高くて」
「追いかけてくる殺人鬼を見ましたか? 彼の背中に女が覆いかぶさっていて、俺はその死体と目が合ったんです」
「まあ羨ましい」
コロコロ笑う彼女の隣を歩きながら、俺は熱心にホラーハウスの感想を連ねていた。
皇都学園のホラーハウスは毎年過激化の一途を辿り、今年はとうとう観客を血糊塗れにして迷路の中を追いかけまわす始末。幸いなことに、それぐらいが俺たちの好みだった。
「まぁ間違いなく学園側から規制が来るでしょうが」
「来年縮小されるのが残念ですわね」
「全くです……ここですか?」
「ええ」
彼女はふと微笑んで、ある教室の前で足を止めた。
開け放した扉に人が吸い込まれるようにして入場していく。鮮やかな動線の描き方だ。加えて、詳しいことは分からないがギミックの一つに特殊な空間魔術を利用しているのかもしれなかった。
ロザリア嬢が振り返って笑う。
「チケットはご用意しております。行きましょう」
扉を抜けると、仄かな照明がいくつも灯り、幻想的な光景を作り上げていた。
見惚れる観客に交じって立ち止まると、彼女が軽く手を引く。
「お席はこちらです」
ロザリア嬢は優美に微笑んで、暗幕の奥に俺を導いた。
真っ暗な空間を何層も潜り、少し開けた場所で立ち止まる。
中心にパイプ椅子が一脚照らし出されていて、彼女はそこに俺を座らせた。
両肩に軽く手が添えられる。
「第七の景色を知っていますか?」
「俺は聞いただけです。ロザリア嬢はもう試されたのでしょう?」
「はい。きっとあなたも気に入るはずです」
始めますよ、と彼女は耳元で含み笑いしながら囁いた。
ブツン、と照明が落とされる。視界が暗闇で満たされた。
四方から微かにフルートの音が聞こえる。
そのメロディは近づいたり遠ざかったりしながら、駆け出すように三重奏を描き始めた。
ふと目の前の空中に球体の立体映像が投影される。
赤い網状の球体はグルグルと無秩序に回転していて、やけに目を引いた。
しばらく黙って見ていると、真っ赤な光の線がほつれて崩れていく。
最後の一片が消えたとき、不意に有機的な甘い香りが鼻先を掠めた。
新鮮な果実をナイフで切り分けたときのような、特有の匂いだ。
ラズベリー。
管楽器の音色が止まる。
パチン、と指を鳴らす軽い音が耳元で響いた。
視界の端に見える白い指先がぼんやりとビビッドピンクに光って見える。
俺は自分の身体が同じように燐光を放っていることに気がついた。
周囲に波が見える。暗いはずなのに、何だか眩しいと思った。
何度か瞬きをすると目が慣れてくる。
ここでは土砂降りの雨のように黄金の光の粒が降り注いでいるのだった。
「見えますか? トマス様」
声は立体的に、舞台音楽的に反響して聞こえてくる。
俺は彼女の姿を見て、彼女の指の先にきらきら光る結晶のようなものがふわふわ浮かんでいるのを発見した。結晶からは絶えず波が溢れ出ていて、純金のベルを鳴らしたときの音が連続的に聞こえる。
「それは、何ですか?」
彼女は光を浴びながら微笑んで答えた。
「氷魔法を使っているだけなのですよ。ただの小さな氷です。何をご覧になりましたか?」
「波が見えるのと、鐘の音が聞こえます」
「それが正しい見え方ですよ。マギアリズムは第七感の拡張によって『魔法』の新たな側面を明らかにしたのです」
雨は俺たちの身体を通り抜けて直線的に走っていた。
フランボワーズの強い芳香が鼻を衝く。薬品的ですらあった。
波が動く。
「生命は光を持っています。空間には波がございます。魔法によって作られたものはこのように、特殊な波を発しているのですよ」
俺は説明を聞いていて、これは魔塔が騒いだだろうなと思った。
マギアリズム。間違いなく世界を変える芸術だった。
この芸術は極めて科学的であったのだ。




