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悪役がエリクサーで覚醒する話  作者: 小林
皇都学園 二年生編
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文化祭に行こう

「俺、人を殺したいなあ……」

「そう」

「両手両足の爪を剥いで眼球に貼りつけたり、完全な球体にしたり、したい」

「うん、そうなんだ」

「神が殺人と拷問を許したケースについて聞きたいんだが」

「ないよ。うるさいな。異端審問官にでもなれば?」

「俺のカウンセラー……」

「退いてくれ」


アルベルトくんが心底ウンザリした声で吐き捨てる。

俺は彼から一歩距離を取り、ほろりと涙をハンカチで拭く真似をした。


ちなみに異端審問官は皇帝陛下が直々に任命権を持ち、皇国に一人しか存在しない職業だ。犯罪者の拷問や死刑執行などを一手に引き受ける。

設立以来教会から厳選された人材が就き、精神に問題のない者が選ばれるとされた。

つまり俺が異端審問官になる確率はゼロだ。

人格否定だった。


「もっとないか? 俺に対する不満とか、愚痴とか」

「君は荒野の羊を数え直した方がいい」


拍手して喜ぶと、アルベルトは俺を無視して手元の資料に丸を付けた。

俺は彼をイライラさせてこういう非人道的なことを言わせるのが大好きだ。

昔から変わらない話で、この男を苛立たせると宗教的ウィットに富んだ迂遠な悪口を披露してくれる。直接的な言葉をあまり使わないのが彼の性格を表していると言えるだろう。


今日は文化祭当日だ。在庫管理担当のアルベルトくんは忙しい。

俺の仕事はほとんど終わってもうすぐ自由時間なので、今はこうして倉庫で手伝いがてらストレスを解消している。

薬瓶が蛍光灯のハッキリした光を受けて棚一杯にぴかぴか並んでいた。


「手伝うならペネロペ嬢を手伝えばいいだろう。どうして僕のところに来るんだ」

「俺は店番向きじゃない」

「在庫管理向きでもないと思うけどね」

「そう言われると照れるな」

「全然褒めてないよ」


アルベルトがため息を吐いて、バインダーを作業台に置いた。

売上はずいぶん順調で、在庫も問題ないらしい。十分な在庫確保のために俺はすべての自由時間を費やしたので、文化祭の間は保ってくれなければ困るというものだ。

ペネロペは表で店番を担当している。トマス=アクイナクスがいるのが恐ろしくて近づけないとクレームが入ったので俺は午前の初めの時点で店番を下げられた。

在庫過多になるリスクがあるので製造作業を続ける訳にもいかない。

ロザリア嬢と約束している午後までは半刻ほどあったので、俺は暇だった。

親愛なる友人は一連の作業を終えてしまって、俺にじとりとした視線を向ける。


「やることがないなら休んで次の仕事に備えたらどうなんだ?」

「薬を飲むから問題ない」

「トマス=アクイナクス」

「分かったよ」


出て行けばいいんだろ、と俺はひらひら手を振って倉庫を立ち去る。

ガチャン。と扉の閉まる音を背に、俺は外を見た。


外には眩しい日差しの下、色とりどりの景色があった。

歓声とざわめきが押し寄せる。紙吹雪が風に乗って流れていく。


「ホラーハウス当日予約再開しました! チケットはこちらです!」

「ランチは静かな個室で如何でしょうか? すぐにご案内できます!」


折り重なる足音をかき消すように店の売り子の呼び声がかかり、真昼の空に花火が上がる。

人と人との距離が近く、笑い声が耳元で聞こえることすらあって奇妙だった。普段避けられているからそう思うのかもしれない。まぁ前世の記憶からするとこれが『混雑』というのが分かる。

俺は人波の中を泳ぐように歩いてやっと銀の時計台の下に辿り着いた。

ここはローマヴィア皇都学園定番の伝統的な待ち合わせスポットだ。

当然、俺が定刻までロザリア嬢を待つ場所もここだった。


周囲を見渡す。同じように令嬢を待つ男たちが蟻の群れのように黒い制服を纏って立ち尽くしていて、挙動不審な様子で相手の姿を人混みの中に探していた。すでに疲れ切った佇まいの学生もいる。文化祭の準備に追われる中で何とか時間を作ったのだろう。

俺は同情した。彼にもシープシャンクがあれば不眠不休で働けるのに……廉価版でも生気を取り戻すには十分かもしれない。行き渡ることを願うばかりだ。


しばらくぼんやりと観察していると、人波の向こうに煌めくブロンドが見えた。

駆け寄って人をかき分けると、もっとも高貴な令嬢がこちらを見てふわりと口元を緩ませる。

その微笑があまりに繊細で芸術的だったので、人々は彼女を避けて歩いているようだった。

開けた場所で彼女を呼ぶ。


「ロザリア嬢!」

「まあ、あちらでお待ちいただいても構いませんでしたのに」

「一刻も早くお会いしたくて」

「ふふ、行きましょう」


言いながら、彼女は俺の手を取った。透き通って白い指はいつでもひやりとして温度がなく、彼女が生きている人間であるということを忘れそうになる。

俺は彼女の手が壊れないようにそっと握り返し、人波に向けて歩き出した。

文化祭はまだ始まったばかりだ。


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