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悪役がエリクサーで覚醒する話  作者: 小林
皇都学園 二年生編
28/37

調剤部に行こう

風呂と着替えを済ませた後、俺が連れて行かれたのは皇宮の一室だった。

表札には『皇室調剤部』と書かれている。


「うわ」


この時点で俺は内心かなり嫌だったのだが殿下に「入れ」と短く命令されたので、囚人みたいにすごすご入っていった。

薬品の匂いが鼻を衝く。人のざわめきがピタリと止まる。室内の視線が一斉にこちらを向いた。白衣の集団。皇室調剤部の薬師たちだ。エリートの中のエリート。


「見ろ」


殿下が俺の前に立ってカツンと黒板を叩く。黒板はチョークで真っ白だったので、ちょっと揺らすだけでパラパラと粉が落ちた。


「トマス=アクイナクス。俺の専属の薬師だ。会話をしろ」


パン。と手を叩いて、彼は命令を終える。

俺と薬師たちはしばらく向かい合って、殿下を見て、どちらからともなくため息を吐いた。

薬師たちは「誰が行く?」「貴方が行けよ」とさわさわと葦のように囁き合っていて、俺は一人で行かなくちゃいけなくて孤独で嫌だった。


俺は皇室の薬師に嫌われている。

何を隠そう、ネロ第二皇子殿下へ皇室調剤部を通さずに薬を投与し続けているのが俺だからだ。

調剤部の薬師たちが何年かかっても治せなかった症状を、それまでロクに成果も出していない素人が抑えた。これは彼らのプライドを引き裂く行為であり、前世的に考えると他人の仕事の領域を侵すのは結構なマナー違反だ。

俺はこの問題に対処するのが心底嫌だったし、殿下が「調剤部」と口にするたび体調の問題で退室していた。諦めたと思っていたが、機会を見ていただけのようだ。俺が断れないタイミングを見て連れ出した。

内心舌打ちをして、一歩前に出る。


「みなさん、ごきげんよう。トマス=アクイナクスです。ご評判は聞いてます。ずいぶん腕がいいエリートの集まりだって……」


ニコリと笑いかけると、何人かが眉間に皺を寄せた。バッドコミュニケーション。


「何の話をしましょうか? 新しい薬の話でもしましょうか」

「解毒剤の作り方」


集団の中から一人の男がぶっきらぼうに手を挙げた。室内がさざめく。


「先日の事件における解毒剤の製法を開示していただきたい」

「構いませんよ」


潜めた声が白波のように膨れ上がった。俺は頷いて、瞬きする。


「協調性があるってよく言われるんです」


かなり攻撃的な提案だった。

製法を開示するのは個人の薬師にとって致命的な打撃になり得る。レシピは財産であり、未認可の薬は一つ材料を開示した瞬間すぐ第三者に盗まれて、市場に出回るまで3日とかからない。

ただまぁ先日の解毒薬は元の薬の製法を知っているから勘で作れたのであって、俺が費やしたのは確認実験と分析の42時間だけだ。もう調剤部の作った解毒薬もある。レシピを出し渋ってもいいことはない。

前世社会で言うところの『報連相(報告・連絡・相談)』が大事になってくる局面だ。


俺は温厚で協調性があるので、無償で解毒剤の製法を開示した。



「何故加熱する必要があるんだ? 妥当性は?」

「加熱変性によるミャルニス反応を起こすための最低限の時間。理論上は凍結処置で2秒短縮できますが……実際に試しても?」

「そうしよう。なあ誰か追加で結晶よこしてくれ」

「古代花で材料全部賄えると思いません?」

「いや無理だな、調達費用が高すぎて認可下りない」

「あーコストか、そういうのもあるのか」

「おい」


実験器具を囲んでみんなでゴソゴソ話していると、ガラリと扉が開く。

俺たちはピタリと動きを止めて、一斉にそちらを見た。第二皇子殿下の声だったからだ。

静まり返った部屋にカチャン、と試験管をぶつける音が響く。

みんなどうして実験が止まるのか分からなかった。

キョトンとして殿下を見ていると、青い目が呆れたように上を向く。


「時間だ。出ていけ」

「え……誰が……?」

「怖い……」

「何故……?」


俺たちがざわめくと、殿下は拷問中の罪人みたいなため息を吐いた。

仕方がないので、新人の俺が挙手して伺う。


「皇子殿下、調剤部に何の御用でしょうか」

「トマス=アクイナクス。前に出ろ」

「あっ俺か」


俺はすっかり自分が皇室調剤部の一員だと思っていたのだが、トマス=アクイナクスだったので白衣と手袋と防護ゴーグルを外して殿下の前についた。


「殿下、時間とは」

「退出時間だ。話があるなら日を改めろ」

「もう少しで何か分かりそうなんですが」

「皇室の薬師の労働時間を浪費するな」

「らしいので、じゃあ、先輩方、さようなら……」


涙ながらに別れを告げる俺に先輩方が「また来いよ」「弁護士つけろよ」と実家のような安心感と弁護士の名刺とゲスト入室証を持たせてくれる。

公爵家の長男が表に立たされる裁判なんて絶対有罪の死刑確定なのに。


「戻ったぞ」


俺は両手にお土産を抱えて寮の部屋に帰った。

「お帰りなさいませ」とリヴはいつも通り出迎えた。


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