説教されよう
「お前はいちいち物事を複雑にしないと気が済まないのか?」
ネロ第二皇子殿下は険を帯びた青い眼差しで俺を見下ろした。
ちょうど地下牢の鎖に繋がれている俺は立ち上がれないので、彼を見下ろすという不敬を犯すことはない。
ただこんな地中深くの陰気な場所まで足を運ばせた責任は重いだろう。
俺はというとこの暗闇と寒さにも慣れてきたころだ。誰が責任を取ってくれるんだろうか。
「これって俺が悪いんですか?」
「どうやったら隣国の王子を組み敷いて認可されていない薬を打つことができるんだ? 外交問題に発展するところだったんだぞ」
「俺は後輩を助けようとしただけなんです……」
ほろりと涙を零しかけたが、ハンカチを渡してくれるリヴがいないのでやめた。こういうときありがたみを感じる男である。首を傾けて尋ねる。
「彼女、どうなりましたか」
「捕縛された。余罪についても調査中だ。長い時間をかけて裁かれることになるだろう」
あの後、王国のものが注射器のついでに茶を調べようとしたところ、サクラが抵抗してちょっと騒ぎになったらしい。問題の茶からはもちろん惚れ薬の成分が検出された。彼女はこれを自室で製造していて、攻略キャラクターたちに投与していたのだ。
薬を投与された相手は知らず知らずのうち相手に惹かれるようになる。
効果が切れる前に茶会を開いて薬を補充して、次の茶会の約束を取り付けるのだ。
皇国では茶会で毒見役をつける文化がない。過去に皇室制度を揺るがすほど悲惨な殺人事件が起きたからだ。そういうとき毒見を徹底するか完全に撤廃してしまうか歴史的には分かれるところだが、この国は後者を選んだ。茶会での毒見は原則禁止。相手を信頼していないと見做される。
また、この国では令嬢から呼ばれれば必ず答えなくてはならない。これは皇国貴族社会絶対のマナーであり、法律だ。
だから隣国の王子様も皇国の子息たちも無抵抗に惚れ薬を飲むしかなかった。
そして、恋に落ちた。
「侯爵家と騎士団長は公式に抗議の意を表した」
「うちの家はどうですか?」
「沈黙を保っている。どこぞの長男が騒ぎを起こしたからだな」
「俺は被害者ですが……」
「地下牢でどの面を下げてそんなことが言えるんだ?」
殿下はクッと片眉を上げて反応した。彼はよくそういう仕草をして、これは怒ってないときのリアクションだ。
蝋燭の灯りが青く透き通った目に反射してちらちらと揺れている。
「まぁいい」とまぁ機嫌が悪そうでもない第二皇子殿下は浅いため息を吐いて、俺の顔を見下ろした。
「牢を出ろ。お前に皇室から呼び出しがかかっている」
「出ろと言われましても」
「出ろ」
「出ますが……」
俺は鎖をガチャンと外して立ち上がった。動かしていなかった足の関節がギシリと痛む。鉄格子の扉の錠を掴んで魔力を流し続けると、ぐにゃりと折れ曲がった。そのまま押し開けると外に出られる。
「出ましたが」
「ついてこい」
「出てよかったんですかね? 脱獄すると刑が重くなると看守が言ってたんですが」
「俺が許した」
「俺の殿下……」
「やめろ。怖気が走る」
殿下の後について地下通路を歩いていく。
こうして俺は地下牢から1か月で解放されたのだった。




