踏み込もう
現場に踏み込めばそこは茶会の最中であった。
俺はにこやかに机に手を着く。
「やってる?」
カシャンと床で陶器の破片が散った。俺を一目見たサクラがカップを落としたのだ。
「ト、トマス=アクイナクス!?」
デジャヴである。
「な、何でここに居るの!」
「茶会を開くって聞いて、興味が湧いて」
「そんなものに興味持つキャラじゃないでしょ……!」
「それは俺が決めることだな――ちょっと失礼」
答えながら、俺はティーカップを口につけかけたまま固まっている男の横に立った。
皇国の隣国、ジャーディル王国の第四王子、サリーくんである。
彼は異国情緒のある化粧で彩った目の端に反射的な微笑を讃えながらちょっと首を傾げる。
「何か?」
「お茶をいただいても? 喉が渇いていて。どうもありがとう」
言いながらカップを取り上げて、俺はスポイトで茶を採取した。
青い薬剤の入った試験管にぽとりと落とすと、液体がパッと煙のように赤へと変じる。
「おっと陽性だ。今の反応が何を意味しているか分かりますか?」
俺は試験管を太陽に翳した。赤色が濁っていく。
誰も何も言わなかった。言わせてもいいことはないので、
「ハルシノビソウを煎じたものに数種類の薬品を混ぜると特殊な効果が現れるんです。この薬草は王国にはありませんが、完成品は流通してるはずですよ。何せ素敵な薬だから……ハハ、たとえば、どんな薬ができるか分かりますか?」
場を和ませながら、誰かが口を開く前に試験管をサリーくんに手渡す。彼は大人しく受け取った。
「恋をさせる薬です。感情操作系。夢がありますね。これさえ飲ませれば誰とでも恋ができるんだ。まぁこの国じゃ規制されてて、所持で執行猶予、他人に飲ませると実刑のつく薬ですが……」
「サクラ?」
サリーくんがちょっと目を開いたままの黄緑色の目で、茶会の主催者を見た。
彼女はドンと机を叩く。あまりに強く叩いたので、茶器が一瞬浮き上がってカチャンと音を立てた。
「そ、そんなの、関係ない、嘘よ、信じて!」
「嘘じゃない。サリーくん。信用できる人に調べさせてください。君は犯罪に巻き込まれてる」
「この人、入学式で私を殺そうとして来た人なの、怖い先輩なの!」
「どうも怖い先輩です。後輩のためを思って言ってるんだよ。サリーくん。毒見がいないと不便だね。俺がいて助かった……」
「あっ?」
言い聞かせながら俺はしっかりサリーくんの左腕を掴んだ。リヴがサッと袖を捲り、肘の内側を拭く。黄色い薬剤で満たされた注射器を取り出すと王子様はちょっと困惑したみたいな声を上げた。
「それは?」
「大丈夫だ。怖いことはすぐ終わる。恋の始まりは曖昧なんだ。間違って俺に恋されちゃっても困るしな」
「さっきから何を……言ってるんだ? 大体、何処の誰?」
「ああ、そうか。はじめまして。ローマヴィア皇国アクイナクス公爵家のトマス=アクイナクスです。皇都学園2年。錬金術専攻。以後お見知りおきを」
「ちょっと、一回止めてくれ。何なんだその薬は」
「大丈夫大丈夫。解毒剤です。これで全部良くなる。俺注射上手いし……」
「誰か、誰かあるか!」
液剤が中に入って来て焦ったのかサリーくんが叫ぶ。暴れられると仕方がないので俺は彼の頭を押さえつけ、解毒剤を注入した。ドタドタと騒がしい足音がして、開きっぱなしのドアから数人が飛び込んでくる。サリーくんの侍従だろう。
「サ、サリー様! 貴様、何をしている!」
「見れば分かるだろ。ちょうどよかった。手伝ってくれ」
俺は捕縛された。




