主人公を探そう
1年はあっという間に過ぎ去った。
何事も1年生というのは忙しいものだ。そう記憶越しに知っているのと、実際に体験するのでは月とスッポンほどの差がある。
ロザリア嬢に恋文を送ったりエルメス教授と薬の研究をしたりしていたら進級試験をクリアしていて、我に返った頃には新入生が来る時期だった。
ということで、今日は入学式である。
中庭に面した外廊下は春の暖かな陽ざしが差して、明るく見えた。
式典の終わりに、俺は第二皇子殿下の横を着いて帰る。
「俺、心配なんです。殿下のことが……」
「何を心配することがある」
「殿下にはこれから素敵なお話がたくさんあるでしょう? このめくるめく学園生活の中で、新たなロマンスが割り込んでくるんじゃないかと思って」
「私の将来に口出しするな」
「サクラと出会っても恋に落ちないでください」
「お前はさっきから何を言っているんだ?」
殿下が呆れたように俺を見る。氷の眼差し。
彼には理解できないかもしれないが、サクラはいい子なのだ。
彼女には波乱万丈原作ルートではなく、悪役の登場しない淡く幸せなラブストーリーを送ってほしい。
しかし原作通りに恋をするというのなら邪魔せずそっと身を潜めるのみ……
俺は娘の旅立ちの日を見送る父親のように涙を拭く真似をする。
「止めはしませんよ」
「知るか」
殿下は軽く吐き捨てると、ふいと進路を変えた。
俺は立ち止まる。
「お休みになられますか?」
「本を読むだけだ。着いてくるな」
「いってらっしゃいませ」
ひらひらと手を振った。彼は振り返りもせず中庭のベンチへ向かう。
藍色の髪が日を受けてサラリと揺れ、海のように青く透けていた。俺は影の中から後ろ姿をしばらく見つめて、踵を返す。
そしてそのまま木陰に身を潜めたのであった。
「よし、よし、いいぞ……」
オペラグラス越しに殿下の姿を観察する。宣言通り、本を読んでいるらしい。
原作だとここで眠っているはずなのだが……それは睡眠障害の影響だったのだろう。どうやら眠る気配はない。
ただまぁここで待っていれば、じきにサクラが来て彼と恋に落ちるはずなのだ。
俺はリヴに合図をした。
「サクラ以外誰も近づけないようにしろ」
「承知しました」
足音が去っていく。俺は読書シーンから目を逸らさないまま、待機の姿勢を取った。
1時間後。
俺はまだ木陰で第二皇子殿下の貴重な休憩場面を観察する取材班である。
今をときめく皇位継承候補のお休み時間だ。お近づきになりたい有象無象共を払って、ようやっと作り上げた時間だった。
何故来ない?
俺は舌打ちしたい内心を押さえながら周囲を見渡して、ちょうど視線をやった先に、俺と同じく物陰に隠れて第二皇子殿下の様子を観察している存在を発見した。
ある少女。サクラだ。
俺は木陰から出てツカツカと歩み寄り、迅速に距離を詰める。
「何をしてる?」
「きゃっ何!?」
「静かに」
天国兎みたいに飛び跳ねて驚く彼女の口を咄嗟に片手で塞ぎ、殿下の様子をチェック。
かなり集中して読んでいるようだ。セーフ。
俺はほっと胸をなでおろし、サクラを一旦解放した。
どうしてか心臓の音が聞こえてきそうなほど緊張して顔を青くしている彼女は、は、は、と口で呼吸をして、
「ト、トマス=アクイナクス……!?」
押し殺した声で俺のフルネームを呼んだ。
「そうだが。何だ?」
「ど、どうしてここにッ」
「君がいつまでも出てこないからだ。何をしてる?」
「だ、だって、眠ってらっしゃらないから……」
「ん? ほら、さっさと行くんだ」
「待ってよ……!」
サクラは口をはくはくと開けたり閉じたりして、ちょっとパニック状態にあるみたいだった。
「落ち着いて、落ち着いて、絶対できる、絶対大丈夫……」
自分の頬に手を当てて一生懸命呪文のように唱えている。
余計なことをしたかもしれない。俺は多少反省して、彼女の背を日向に向けてそっと押した。
「ひゃあッ!?」
「早く行きなさい」
「い、行くって言ったって……!」
サクラは小声で抗議してから、ハッと中庭の中心に視線をやる。
幸い殿下は気づいていないようだ。集中力のある人だから並大抵のことでは作業を中断することはないだろう。
「落ち着いて、落ち着くのよ……」
彼女は数度呟いて、震える足取りでようやく殿下の方に向かって歩き出した。
「リヴ。聞かせろ」
「こちらに」
俺はリヴに用意させた魔術道具で殿下周辺の音声情報をキャッチ。オペラグラスを目許に当てた。
果たして彼女、第二皇子ルートに進むだろうか?
そこで俺が見たのが次のようなものである。




