悪役令嬢を更生させよう
俺はアルベルトに背後から殴られ、シープシャンクを飲まされてやっと我に返った。
「俺は一体……」
「ロザリア嬢、失礼いたしました。ただ、お言葉ながら彼には更生の意思があるのです。刺激的な発言はお控えください」
親愛なる友人2号くんが深々と頭を下げてくれている。
ロザリアは何の温度もない目を彼に向けると、扇子で口元を隠した。
「わたくしはトマス様のために申し上げただけですわ」
「奴隷を殺すのが彼のためだと?」
「過度な節制は身体に毒ですもの。お労しや、トマス様。目の下も黒くして……」
彼女ははらりと真珠のような涙を零す。ズキリと胸が痛んだ。
この話、やっぱり俺が人を殺せば解決するんじゃないか?
だが神のお導きも裏切れない。俺は両手で頭を抱えた。
「ダメだ、俺には選べない……」
「気を強く持て、トマス。君は更生するんだ。罪は冥府の河にて裁かれるよ」
「汝、隣人を殺すことなかれ――奴隷は隣人か?」
「解釈は分かれるけど個人的な考えを述べると、聖書の教えは奴隷さえも救うと思う。彼らも隣人、よって奴隷を殺すことは罪だ」
「俺の神父様……」
「それやめてくれる? 絶対に嫌だ」
アルベルトの腕に縋りつくと丁寧に振り払われた。薄情な男。
「とにかく、君から毅然とした態度で言っておいた方がいい。もう人は殺さないって」
「嫌われないかな……」
「君と彼女はどういう関係だったんだ?」
俺の神父様はク、と片眉を上げて問うた。
「それは……」
どういう関係だったっけ。
思い返してみると俺とロザリアの関係は血みどろの終末殺人サーカスである。
ピエロと花形。
俺は性能が悪いから悪業が目立って、ロザリアは優秀だからその美しさが目立った。
彼女の殺人は間接的で、自らの手に血の一滴も触れさせない。
一抹の証拠も残さない完全犯罪なのだ。天才だった。
ロザリアは俺を肯定してくれる唯一の存在で、どうしてそうしてくれているのかはずっと分からない。
「あ」
脳髄にパチリと電流が走った。これは神のお導きだ。
前世の記憶情報が非連続的に脳裏を過る。ゲーム画面、破滅的なスチル、燃え盛る屋敷……
思い出した。『恋デレ』でサクラの恋路を邪魔した悪役令嬢『ロザリア=コルテーゼ』は悲惨な最期を迎える。
それを止めるために神は俺を導いてくださったのだ。
事は簡単だ。ロザリアを邪悪から遠ざければいい。
俺はゆっくり瞬きをしながら、答えた。
「婚約者だよ。俺は彼女を愛してる」
「ならいいよ。言ってきてくれ」
「分かった」
案外優しく背を押され、俺はロザリアの前に再び立った。
「トマス様」
「ロザリア嬢、実は」
ガラスの瞳がうるりと潤みながら俺を見る。
俺は彼女の白魚のような手を取って、伝えた。
「人を殺すことは、悪いことなんです」
「存じておりましてよ」
「えッ……!?」
俺はバッとアルベルトを振り返る。
敬愛すべき俺の神父様は首を横に振った。俺は絶望した。
何せ俺はこれ以上に人を説得する言葉を持たないのだ。大体俺だって悪いことだとは分かった上でやっていたわけで、俺の言葉は彼女にとって明らかに無力だった。
人の悪業を止めようと思うことすら初めてだし、心の底からいけないことだとは思っていないから説得力のある言葉が浮かばない。
俺は自分の手の中にあるロザリアの細い手をどうしたらいいのか分からずそっと両手で包んだ。
「ロザリア嬢。神の啓示があったんです」
「神があなたに死ぬようにと?」
「いいえ、生きるようにと。そのためには罪を犯してはならないんです」
「どれほどの間?」
「卒業までは……」
彼女はちょっと目を細める。考える仕草だった。
「構いませんことよ」
「ロザリア嬢!」
「ただし」
一度言葉を切って、ロザリアは花のように微笑んだ。風に吹かれて桜の舞い散る幻想が見えるほどだった。
「二度とわたくしを遠ざけようとしないでくださいまし」
「約束します」
俺は彼女の手を握った。
こうして俺は婚約者とともに更生の道に進んだのである。




