研究をしよう
部室にはある一部屋が宛がわれた。
研究器具をどんどん運び込んだら場所がなくなってしまって、資料をまとめる作業などは隣接するエルメス教授の研究室に雪崩れ込むことになる。『実験室』って感じだ。
そういうことを考えながら俺は薬剤をかき混ぜる。
教授はその様子を、黙りこくって見下ろしてきているのだった。
フラスコに花びらを振りまけば銀色の泡が立つ。溶けていく淡い色を眺めながら機嫌よく火を強めると、教授が慌てた様子で口を開いた。
「そ、それは何で強めたの」
「え……勘で……」
「げ、言語化して」
「あー、確か前ここで弱火にして失敗したので、それで」
「そ、その手続き資料にしてちゃんと残した?」
「ありませんね」
何か出来てるし。と答えると教授は絶句した。
「し、素人……」
「プロだとでも思ってたんですか?」
「す、すぐに実験手続きを文書化しよう。これからの、特許のし、申請にも必要だから」
「俺論文なんて書いたことありませんよ」
「て、手伝うよ。手伝うから……」
教授はおどおどしている。俺は構わずかき混ぜる手を止めて、スポイトでぽとりと液体を垂らした。
きらきらと粒子が舞って、弾ける泡は七色だ。
「い、今何が起きてるかは分かる?」
「エキシカティオ酸とA-2345系の物質が反応してるのは分かります」
俺が答えると、陰気な男は頷いて続けて問う。
「結晶化する理由は?」
「加える量が2.0mlでないと失敗するので、魔力の過剰飽和じゃないかと思ってますが、詳細はよく分かりません」
「あ、合ってると思うよ。さっきの花がハルシノビソウ系のものじゃなくても黒変したでしょ」
「砂漠珈琲の茎部だと成功したように見えましたが、黄変しました」
「それはね……」
しばらく話して、銀色に輝く液体を薬瓶に詰めた頃には俺はニコニコになっていた訳である。
アンニュイな雰囲気のある、長い前髪のかかった顔を覗き込んで笑顔を向ける。
「教授! 俺論文書きますよ。資料も全部まとめます」
「よ、よかった、私も手伝うからね」
「教授の研究にも資金を投じます。親に言って支援してもらいましょうか?」
「そ、そこまでしてくれなくても」
「遠慮しなくていいんですよ教授。だって俺たち、共同研究者じゃないですか」
共同研究者! 何ていい響きだろう。
俺は自分が言った言葉の響きにうっとりしながら薬瓶を揺らした。ちゃぷんと液体が跳ねる。
教授はしっかり俺の研究を見てくれて、俺が気づいていないところもいちいち言語化してくれた。俺の知らない知識も豊富で、しかも教え方が上手い。
俺はもうこの人のことが大好きだった。
教授の方も多少は安心してくれたようで、口元に微かな笑みさえ見せている。
「ト、トマスくんはいい錬金術師だよ。よく勉強してるし、記録は疎かにする傾向があるけど試行回数が並外れてる。正確性が高い。とにかく集中力があるんだね……」
「そうですか? 記録したらもっとよくなりますか?」
「な、なるよ。私も手伝うから、一緒に頑張ろう」
「ぜひ!」
俺は満面の笑みで彼の手を取った。
アルベルトはしばらく前から黙って聖書を読んでいたが、話が一段落したのが分かったらしく顔を上げる。
「もう終わった?」
「まだ話し足りないぐらいだよ」
「2人で5時間も話してたじゃないか。次は僕にも分かる内容で話してくれ」
「検討する」
気づけば窓の外はすっかり暗く、夜の帳が下りていた。
夢の薬はガラス瓶の中で沈黙している。
こうして俺たちの部活は至って順調に始まり、研究に困らなくなったという訳だ。




