釈明しよう
アルベルトは固く握った拳を何の躊躇もなく振り抜き、叫んだ。
「この、人でなし!」
俺は殴られたまま声も出なかった。何故?
大して痛くもなかったが、精神的衝撃が大きい。何故なんだ?
アルベルトがここまで怒ったのは3年ぶりぐらいだ。
そうだ。あのとき妹の病気が治るって嘘を吐いて毒を飲ませたんだっけ。昔の俺って最低だな……
「もう二度とするなと言っただろ、神の啓示を騙ってまで、何がしたいんだ君は!」
アルベルトは顔を真っ赤にしてキレている。当たり前だ。俺は頬を押さえながら内省した。
「あの時のことは悪かった。でも今度は嘘じゃないんだ。本当に」
「どうせまた蛙だか蟲だかの毒を飲ませるつもりだろ、それで、それで、フローラが!」
「まぁ聞けよ」
「二度と聞くか!」
「この薬だ」
俺は胸倉を掴む手にそっと薬瓶を添えた。
彼の視線が薬に向く。
銀色の薬だ。魔法みたいにきらきら光る、心を落ち着かせてくれる、清浄な銀。
「まだ実験中だが、改良すれば使える」
アルベルトは浅い呼吸を繰り返して、薬と、俺を見た。
俺は抵抗せずに瓶を揺らす。たぷりと水音が跳ねた。
「効能は色々あるが、魔力も上がるんだ。飲んでいけば生命維持のための魔力量は補えるだろ」
可哀想なお兄ちゃんはまた薬に視線を戻した。その聡明な頭を働かせて色々考えているんだろう。
それを遮るように、俺は口を開く。
「俺は常飲してる。さっき全力で殴ったのに倒れなかったのが不思議だろ。俺って性能悪いのになあ……」
ゆっくりと瞬きをする。俺は彼から視線を逸らさなかった。
彼の震える呼吸の端々から伺えるのは精神を張り詰めさせる警戒心と、とびきりの希望だ。
「君が、作ったのか」
「ああ。神の啓示があってな」
「副作用は」
「さあ、まだ研究段階だから……」
俺は一度切って、囁くように言葉を落としていった。
「部活動で販売レベルにまで引き上げて将来的には国の許可を取ろうと思ってる。俺一人で作るより人の目が合った方が安心だろ? メンバーには第二皇子殿下もいるんだ。いくら俺だってそんなお人の前で酷いことなんかしない。ちょっと間違えば死刑だ。ついこの間死刑宣告されたの見てただろ? 俺に次はないよ。お前は俺が薬を売るためのほんの少しの期間だけ付き合ってくれればいいんだ。大丈夫、すぐ解放する。そうすればフローラは呼吸ができる。想像したことはあるか? 春のうららかな陽ざしの差す、教会の美しい神像の下で妹が祈ってる姿――」
「君は、3年前と何も変わってない」
「そう聞こえたか? でも今の俺の手にあるのは本物だ」
彼の手を緩く解き、薬瓶の蓋を開けた。
瓶に口をつけ、一気に煽る。ひやりと冷えた液体が喉を伝って落ちていく。
瞼の裏には前世の記憶が鮮やかに映し出された。新しい薬のアイデアが胸に落ちる。
ぱちぱちと脳で火花が閃く快い感触に、俺は微笑んだ。
「シープシャンク。夢の薬さ」
アルベルトの顔色は真っ青だった。唇が色を失っている。
俺は困った。困って、半分残った薬瓶を彼に差し出す。
「悪魔に魂を売ってギャンブルをするか、神の教えに従って妹を見殺しにするか。そう思ってるんだろうが、違う。俺は神様を信じてるんだよ、アルベルト」
彼の細かく震える手が薬を受け取った。
「飲んでくれ。今ここで」
アルベルトの視線が揺れている。迷う暇を与えるな。
「神の啓示があったんだ」
彼が瓶に口をつける。
ふ、ふ、と何度か呼吸をして、それから一息に飲み下した。




