第二皇子殿下を勧誘しよう
第二皇子は忙しい。
10年に渡って彼を悩ませ続けてきた睡眠障害が治ったのだからさもありなんといったところだ。
忙しいので、俺は殿下の短い休憩時間を縫うようにして話を持ち掛けた。
「ネロ様、お話があるんです」
「後にしろ」
「大事な話なんです。お耳に入れたくて」
「結構だ」
これで65回目のやり取りである。1週間かけての成果だった。
自分で勧誘するとペネロペに啖呵を切った以上は引き下がれない。ああいう手合いはこちらに力がないと見るやすぐさま踵を返して逃げ出すからだ。これぐらいやれないと話にならないだろう。
あの手この手で勧誘するのだが、第二皇子はこちらを見もしない。
怜悧な横顔ばかり見ていても仕方がないので、俺は鞄から紙袋を取り出した。
「今回は薬について特別な変更がございますので、直接ご説明しようと思いまして」
皇族特有の特別な圧のある青い瞳がバチリと俺という個人を認識する。
『死刑』という言葉が脳内で点滅するのを無視して、俺は笑顔で口を開いた。
「今回の変更は日中により長い効能を持たせるものであり、従来は花弁を磨り潰していたものを……」
俺は隣を歩きながら滔々と薬の説明をする。ときに手書きの絵を交えて、俺なりに分かりやすく簡潔に話した。
実際、1週間は持ちうるすべての自由時間を全面的にこの薬の改良に当てていたのだから、薬の効能は改善したのだ。
まず、服用回数を1日1回に抑えることで服用が楽になった。
主要な材料を削減したことで市場価格に左右されにくくなり、その分で副作用だった頭痛を抑える薬剤を入れることさえできた。最新版の魔法学的シミュレーションの結果、副作用の確率が有意に減っていたのだからこれはいい成果だ。
第二皇子はしばらく聞いていて、俺が話し終わるまで待っているようだった。
「以上です」
「そうか」
彼はバシリと長い睫毛を伏せながら少し考えた様子で沈黙すると、不意に顔を上げた。
「要件はなんだ」
「はい、部活に入っていただきたくて。薬品の研究会なのです、研究もずいぶん進むでしょうからネロ様のお役にも立てますし、あと利益の分配につきましても」
「構わない」
「は」
「進めろ。お前は皇族直属の薬師だ」
それだけ言って薬の入った紙袋を受け取ると、一人でスタスタと立ち去って行ってしまう。
俺は廊下に置いて行かれて、周囲のざわめきは緩やかに戻ってきた。誰も話せなかったのだ。ネロがいたから。
たらりと垂れた冷や汗をハンカチで拭きながら、俺は振り返って何とか囁いた。
「殿下は成果主義らしいな」
「そのようで」
「いい漁になるぞ」
召使は静かに首肯する。俺は片手で顔を押さえながら口元を歪めた。
『皇族直属の薬師』!
俺は直々にそのお言葉を頂戴したのだった。将来はこの人と決めた。
死亡エンド回避に向けた重大な一手である。
だがこれで休んではいられない。
部活動に必要な生徒は5人。
俺、リヴ、ペネロペ、ネロ第二皇子。あともう一人生徒が必要なのだ。
俺には一つの当てがあった。




