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第十三話 一息吐いて

気が付いたらまた時間がががが



「まっっっっずぃですわ!!」



 ぼんやりと白い光が照らす病室で、(わたくし)はコップの中に注がれたどろりとした緑色の液体を睨みつけました。飲み干したというのに喉には未だに苦々しさがこべりつき、私の気分を落ち込ませます。


「仕方ありませんよ、傷はともかく悪魔の血液まで使用なされたんですから。傷ついた魂を修復しないと。」

「ぐぬぬ……」


 舌を伸ばして不味さに苦しむ私にコーアはしょうがない奴だ、と言わんばかりに溜息を吐きました。反論したいのは山々ですが、無茶をした私が悪いと言われればぐうの音も出ません。


 悪魔の血液は生物に注入することであちら側に住まう情報生命体である悪魔へと肉体や魂を近づけるもの。肉体の疲労もさることながら、無理やりその形を変えられることによって魂も大きく疲弊します。ですのでそれを緩和、ないし治療するためにこうしたお薬を飲まなければならないのですが……


「やっぱりまっっっっずぃですわ!!!!」

「仕方ありませんよ、魂を修復するだなんてそれだけ無茶な薬なんですし。……保健室で普通に出てきたのには驚きましたが。」


 そこはさすがに学院という所。悪魔の血液使用時に普段使っている薬、エリクソウミンというらしいのですが、保険適用外のためそれなりなお値段――詳しく聞いていないので想像よりも安いのかもしれません――がするとのことで日頃からコーアが保管しているものを服用しています。急に用意しようとしても大手の病院でもなければすぐには用意できない程度には希少であるらしいからです。


 けれど学院は学院の治癒作業の一環としてそれを無償でこちらに渡してきました。この国で一番優れた医療機関の一つでもあり、多くの魔法薬の製造を行っている場所でもありますから、驚くのは不自然かもしれませんが、それでもポンと渡されることには驚きました。……いえ、正確には驚いているコーアを見て彼女が驚くほどなのかと驚いたのですけれども。



「でもそこまでの設備があるのならこの味はどうにかなりませんでしたの……?」

「我儘言ってはいけませんよ?大体悪魔の血液は緊急時用って決めたじゃないですか。公式戦認可が下りるほどコントロールできているのならともかく、そうでないのなら授業なんかで軽々しく使わないでください。メイさんだって心配していましたよ。」

「き、緊急事態!!緊急事態でしたわよ、一応!?」

「はぁ、そうなので?」


 疑っている……わけではなさそうなもの結構胡乱な目でこちらを見てくるコーア。というか教師まで倒されているのですから尋常な事態ではないとは思うのですけれど……


「そも一般には何と説明されているのです?今回の事件は。」

「……永続持続式治癒魔法陣の経年劣化と一部生徒の魔法的体質が偶然引き起こした事故および集団幻覚、だそうです。」

「なるほど、その場に居た私から見ても筋は通っているようには()()()()わね。」

「見えるだけ、ですか?」

「えぇ。」


 一部生徒……あの恐ろしい彼女に特殊な体質があり、それが天井の魔法陣と干渉した。それによって多くの集団幻覚が起きてしまった。なるほど、確かにそれっぽいですわね。


()()が何かの前提がなければ動けないほど優しいものであるはずがありませんわ。」


 けれど私はそれに明確に否であると言えるでしょう。行われたのは幻覚ではなく精神操作、あるいは運命操作というべきそれであり、また彼女の体質が偶発的であるとも思えません。そんな軟な存在であるはずなものですか。彼女は他の何がなかろうと、単独であの惨事くらいなら起こしてみせますわ。



「あれ?」

「……少し恐ろしいと思う生徒がいたのですよ。」



 えぇ、あれは恐ろしいと言う以外に形容しようがありません。あのような人間が存在するとは思いもよりませんでした。幸い、魔法使いとしてはかなり弱いようでしたが……。


「恐ろしい、ですか。お名前は?」

「聞いていませんわ。ただ特徴は分かります。白髪で小柄よりのスレンダー体形、そして何より見た瞬間に分かる悍ましさこそが根幹ですわ。」

「悍ましさ、と仰られますか……」


 訝し気な目でこちらを見るコーア。信じていないわけではないでしょうけど、理解しかねているようですわ。当然です、あんな人間がこの世にいるだなんて私にも思いませんでした。あの恐ろしさは実際に体験しないと分かりませんし、一度体験してしまえばもう忘れられないでしょう。


「ああ、それと。調べるのは自由ですが、あなた一人でやるように。メイなどを巻き込んではいけませんよ?」

「そこまでですか……畏まりました。」


 これで危険は恐らくないでしょう。いくらなんでもコーアなら攻略はともかく対応はできるはずです。そもそも人を狂わせるのなら人数が多いことはメリットではなくデメリットですし。



「ところで、不幸の連鎖のことなのですが。」

「おや?何かありましたか?……まさか罅でも入りましたか!?」

「いえ封印処置が解かれていたようでしたので。」



 ――――ああ。確かにおかしいと思っていたのです。私にはあんなに不幸の連鎖を上手く扱えません。呪いの連鎖という性質を引き出すことだってできません。所詮魔力を込めて直線方向に伸ばし、絡めとるのが限度。どう考えても本来の力以上の力が出ていました。……恐らくは彼女の力によって。



「……はぁ。」



 結局彼女の掌の上で踊っていただけなのでしょうね、私は。そう思うとなんだか情けなくなってきます。いったい何をしているんでしょうか。本来であれば十三貴族としてあの場を穏便に治めるのが筋。それなのに良いように踊らされて被害を拡大、だなんて情けなくて仕方がありません。……まあ私が情けないのは今に始まった話じゃありませんけれど。



「それでどうなされますか?」



 心が沈みかけていた私にコーアが声を掛けました。けれど「どうなされますか?」と聞かれても何のことだか分かりません。私が何か決められることがあるのでしょうか?


「不幸の連鎖のことです。再度封印処置を為さいますか?それとも現状のままに致しますか?」

「現状の?呪物のままということですの?それは法律的に問題があるのでは?」

「ご心配には及びません。呪物取り扱い資格二級、取得済みでございますので。僕の周囲であれば問題なく所持・使用できますよ。」

「いつの間にそんな資格を!?」


 呪物というものは基本的に封印措置をしなければ危険極まりなく、歴史を紐解けば呪物のせいで滅んだ国、なんてのも存在するくらいです。けれど同時に、私が教諭のゴーレムと曲りなりにも戦闘が成立したように、その力は大きく、有体に言えば利用価値があります。


 ですので国としては一般に出回る呪物には封印措置を行いつつ、呪物をきちんと扱える者にその使用・管理を行う資格を用意しました。それが呪物取り扱い資格であり、コーアが取得したという二級であれば一定以下の呪物に対して自身の監督下で他者に使わせることも可能になります。……主に教師や呪物を利用した事業監督者用の資格ですわね。


「調べましたところ、学園外での公式戦では取り扱い資格がなければ基本的に使用不可。学園内の公式戦に関しては事前申請や互い同意に基づいて止められる位置に監督者が居ればよいものがおよそ半数ほど。辻決闘であればそういった制限はなしだそうです。登録さえしておけば僕が近くにいれば学園内ならある程度はお使いいただけますよ?どうします?」

「………………。」


 正直なことを言えば、このまま不幸の連鎖の力に頼りたい、という気持ちがあります。けれど私は呪物の使い方がきちんとできているわけでもなく、コーアに頼り切りな上にコーアが居なければ手札を失うような真似をするのはどうか、とも思ってしまいます。


 えぇ、えぇ、分かっています。そんなことは今更です。私はどうしようもない人間で自分ひとりではろくに何かを為せるような存在ではありません。対してコーアは、私が選んだ、きっとスェマに対して対抗できると思う人材。彼女に頼らなければきっと私は前と同様に誰にも勝てないのでしょう。しかしそれでもどうしても自分の情けなさを意識せざるを得なくて――――



「難しく考えすぎてません?今は単にお嬢様にとってどちらの方がマジックアイテムとして使いやすいかをお聞きしているだけですよ。」


 溜息を吐くようにこちらを見つめるコーア。なんですの?矮小な私の考えることくらいお見通しとでも!?


「矮小かはともかく、傍付きのメイドですから。それはもちろんお嬢様の心の中はある程度は推測できますとも。」

「ちょ、ちょっと人の心を読むとかプライバシーの侵害ですわよ!?」


 とはいえ確かにそうです。私にとってこの不幸の連鎖という呪物とどう向き合うか、私の情けなさがどうとかではなく純粋にそこのみを考えるべきです。でないと不幸の連鎖(この子)にも失礼ですから。


 まず使いやすさという点においては封印処置をした鎖の方が勝ります。想定外のことは起きませんし、素直に前へと伸びる魔法の鎖になるからです。この状態でもアンティークとしての破壊耐性を有していますし、十分に優秀です。


 対して不幸の連鎖の封印処置を解除した場合、この場合ですとコントロールが効かなくなるのは間違いありません。状況に応じて好き勝手に鎖を伸ばし、私を引きずることになるでしょう。


 それにいくつかの公式戦において使用できないというのも苦しい面があります。学園行事などもあるでしょうが、いくつかの実技試験も公式戦扱いで行われるものがあるからです。そうした時に不幸の連鎖を使えない、あるいは慣れていない封印状態で戦う嵌めになる、というのは大きなデメリットでしょう。


 けれど反面、私が動けない時でも動いたり、私単独では得られない爆発力を得ることができます。デメリットを無視した強さという点では封印処置をしない方が明らかに強いのはまず間違いありません。取るべきは安定した使いやすさかそれとも爆発力を伴う不安定な強さか。



「……考えるまでもありませんわね。お願いします、コーア。」

「は~い、お任せください!」



 にこにこと笑いながら手を伸ばすコーア。まあ私の単純な思考など、彼女にはお見通しなのでしょう。地力で劣るものが安定を取るのは愚の骨頂。安定してしまえばただただ予定調和の敗北を受け取るだけ。私がそう考えるに違いない、と思ったのでしょうね。正解ですわ。





「………………。」

「…………お嬢様?ちゃんと全部飲んでくださいね?」

「くっ、雰囲気で騙されてはくれないのですわね!?」


 しばらくの沈黙の後、そのまま話を終えようとした私にコーアが釘を刺しました。私の手元にはまだ中身が半分ほど入ったコップ。それを見てコーアがまたしても私に溜息を吐きました。雇い主に対して不敬ではないかしら!?


「騙されてあげるわけないじゃないですか。お嬢様の寿命が掛かっているんですよ?ほら、つべこべ言わずに飲み干してください。食べ終わったら果物剝いてあげますから。」

「せ、せめて砂糖とかそういうのを……」

「駄目に決まってるでしょう、それで完成された薬なんですから。」

「うぅぅ……」


 不味いですわぁ。














「はぁ!?不幸の連鎖に封印処置をしないぃ!?もう申請書類を出したぁ!?コーア、あなた何を考えているんですか!?」

「何と言われましてもお嬢様がそう望まれましたので。今回に関してはそれ以上の理由は必要ないと思いますが?法律上も問題ありませんし。」

「法律の問題ではありません!!封印処置下にない呪物なんてお嬢様には危険すぎます!?あの方は十三貴族に属する高貴なる方なんですよ!?監督者の下で呪物を使うなんてそんな金のない苦学生のような真似をさせるおつもりですか!?」


 保健室から少し離れたお見舞いをしたり、あるいは授業の合間に少し休憩したい学生のために用意された待合室。そこで言い争うのは二人のメイド服に身を包んだ少女。


「苦学生とは違います。お嬢様はお金を貰っているわけではありませんし、呪物の所有権だって有されています。ただ封印処理をせずに呪物を一つ扱うというだけのこと。」

「詭弁ですよ、それは!?私はそもそもの危険性の話をしているんです!!」


 いや言い争うというのは正しくないのかもしれない。短く切り揃えられた薄緑色の髪を持つ少女が食って掛かり、それを水色の長い髪を持つ少女が受け流している。


「不幸の連鎖はそう扱いが難しい方の呪物ではありません。私がいる場所でのみ使用するのであれば、危険性自体はかなり低いと思いますよ?」

「な、なにを言ってるんですか、コーア!?だって、()()お嬢様ですよ!?」


 そう、彼女たちの主はヒルベリュカ・ローグ・ストフェルニア・デビライズ。出来が悪い十三家として貴族社会では有名な人物であり、客観的に見て呪物を扱うなんて領域には達していない、かろうじてCランク合格を果たした程度のポンコツ魔法使いである。


「(()()お嬢様だからこそ、なのですが、まあ言っても通じませんよね。)」



 だから仕える者として主の性能をきちんと把握している薄緑色の髪をした少女―――メイは呪物を使わせるのを止めようとし、けれど水色髪の少女―――コーアはその意見に首を横に振るのです。


「学園外ならばともかくここは学園です。早々人が死ぬような―――いえ、人が死ねるようなことはありませんよ。隕石が直撃しても誰も死なない学園、だなんて言われているのは伊達ではありません。ここでならお嬢様は多少のリスクを甘受できるのです。それにこのまま笑い者にさせておくわけにもいかないでしょう?」

「それは……そう、ですけど。」


確かにヒルベリュカの評判は余り良くない。魔法の腕が低いのもあるし、何度もスェマに戦いを挑みそして負けてきたという過去もある。さらにダメ押しのように社交界に顔を出さなくなり家に引きこもったのだからなおのことだ。けれどそれだけで主を危険に晒すという行為に納得できるかというとそういうわけもなく―――


「ともあれ、お嬢様が決められたことです。否があるのでしたらお嬢様の方へお願いします。私はこの件に関してはお嬢様のご意向を優先させていただきますので。」

「くっ……。」


 だからこそ守るべきお嬢様を大義名分にされては引き下がるしかなかった。


「で、でしたら!私からお嬢様にお願いして参ります!それで翻意されたら、封印処置を行ってください!!」

「えぇ、お嬢様がもしも仮にそう望まれたのでしたら。」


 諦めた振りをしながらそれでも結局力に飢えているヒルベリュカが考えを変えるはずがない。コーアはそう確信しているがゆえに余裕の表情で微笑み、メイはコーアを睨みつける。まるで自分の方がお嬢様のことを理解していると言わんばかりの表情だからだ。


「では私はお嬢様とお話してきますので失礼しますね!!」


 それでもコーアと異なり自力で呪物の封印処置を行えるわけでもない彼女は、大人しくその場を引き下がるしかなかった。



というわけで前回までのブーストは不幸の連鎖の封印処置が解かれていたからという大きな要因があったのです。

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