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第十二話 あなたのおかげで私は間違えられる

色々やってたら思ったより時間が早く過ぎていってしまった……



「……何の御用ですか?」



 彼女が少し不機嫌そうに床に倒れる(わたくし)に声を掛けました。血を流しすぎたのか重い頭を上げて、いったい何のことでしょうと前を見上れば、教室の出入り口の扉を掴んでいる彼女の右手首に一本の鎖が巻き付いています。


「あ…………?」


 私が何かをしたわけではありません。そんな力はもう残っていなかったのですから。きっと不幸の連鎖がまだ一人残っていると、そう思って彼女を引き留めたのでしょう。



「……はぁ。もう疲れたでしょう?お休みになられたらいいのではありませんか?」



 そんな私を見て彼女はとてもめんどくさそうに溜息を吐きました。ぐわん、と頭が揺れた気がします。彼女の意に応えるかのように私の身体の力が抜けていき、意識が点滅して終わりを迎えようとします。そして私には彼女の支配から抜け出す手段はないのです。


 いえ、そもそも抜け出す必要すらないのかもしれません。先ほどまでとは異なり、今の私が死ぬ可能性などないでしょう。彼女は今まさにこの場を立ち去ろうとしているのですから。


 それに今更立ち上がったところでいったい何をするというのでしょう?彼女に戦いを挑んだところでボロボロの私が負けるのは目に見えています。仮に彼女を倒せたとしてももはや止めるべき争いは終わっています。意味はありません。


 ならばここで倒れ気を失うのが正解ではないのでしょうか。きっと天井の魔法陣のおかげで死ぬこともなく、またいつもの日常に帰ることができるのです。私はただ眼を閉じて安らぎに身体を委ねればよいのです。




 ジャラリと金属が擦れ合う音がしました。




 この戦いに意味なんてないのです。この場における勝利とは彼のようにこの舞台から降りることです。義憤を抱こうにも、私は皆同様彼女に踊らされた一人であって、彼等を傷つけた存在であって、この馬鹿げた場で一番他者を追い落とした愚者であって、その資格があるとも思えません。



 ジャラジャラという音がして、私の両腕がゆっくりと天井へと引っ張られていくのを感じます。



 ゆえにこそ、ここでの正解は彼女の声に導かれるままに気を失うことなのでしょう。ここで立ち上がることなど間違いなのでしょう。だから――――――






「――――だからきっと、これはあなたのおかげなのでしょうね。」


 椅子の形になった鎖の束に腰掛けながら、私はにっこりと微笑んで目の前の方へと話しかけました。


「いきなり、何の話ですか?」


 不機嫌そうな声。当然でしょう。終わったはずの存在がいきなり訳知り顔で起き上がってきたのです。彼女から見れば不快に決まっています。


「あなたの力のことですわよ?互いに戦い合うのはあくまで応用、その本旨は周囲の人間に「()()()()()()()()」、そうでしょう?」


 私の言葉に彼女の眼が一瞬だけ見開かれ、声にならない「へぇ」という音階が空気に溶けていきました。けれど彼女はすぐに何もなかったかのように口に笑みを浮かべると、こちらを嘲るための言葉を発します。



「力ぁ?道を踏み外させるぅ?あはは、おかしなこと言わないでくださいよぉ。魔法陣を見たとでも言うんですかぁ?ずっと動いていなかった私がぁ、その実何か魔法を使っていたとでも?」



 沈黙。思考。確かに彼女が魔法を使う場面は教室に入ってから一度もありませんでした。魔法陣だって目撃していません。であるならば――――



「……いいえ、おそらく魔法ではありませんわね。このような現象を起こす魔法なんて聞いたこともありませんし。あなたが新型の魔法を魔法陣を隠しながら使用できる精神魔導のスペシャリスト、という可能性もまずないと見ていいでしょう。魔道具も持っているようには見えません。」

「えぇ、えぇ、私はDランクの新入生ですし、魔道具なんて高級品を買えるほど裕福でもありません。つまり私が何かしたな~んて可能性はありませんよぉ。」

「でしたらやはり、この異常はあなたの能力、あるいは生まれ持った神秘的な何か、なのでしょうね。」

「――――ぷっ、あははははははははは!!!」



 私の断定に対して、面白そうに嗤い声を上げる彼女。その白くて長い髪が腹を抱える動作によって揺れる。白髪が光を反射して、持ち主の性根とは正反対の煌めきを放っています。



「……何がそんなに面白いのですか?」

「くふふ、だって、ねぇ?これから魔法を学ぼうって方が余りにもオカルトチックな発言をされるものですから?おかしくておかしくて。」

「……オカルト?」

「だってそうでしょう?魔法を使わずにどうやって他者の精神に干渉するんです?神秘的な何かぁ?そんなものありません。私にはこんなバカ騒ぎを起こすことなんてできませんよ。」

「……言葉で誘導していたのに?」

「はぁ?言いがかりはやめてくださいよ、私がいつ、こんな無意味で無価値で低俗な争いをしろだなんて言いました?確かに余りのバカバカしさに独り言は言ったかもしれませんけど、それだけです。たまたま聞いた言葉とそのタイミングで起きたことを勝手に関連付けて考えているだけでしょう?」

「ならこの結果は何ですか?何もなくいきなり教室でお互いに魔法で攻撃し合って全員倒れるだなんて、そんなことが普通に起きうるとでも?」

「やだなぁ、責任転嫁はやめてください?楽しそうに戦っていたのはあなたでしょう?私見てましたよぉ?あなたが何人も何人もその鎖で倒すところぉ。結局ぅ、この教室にやってきたのは私以外どうしようもない野蛮人だったってだけですよ。それが真実です、それだけが真実です。」


 けらけら、けらけらと声が嗤う。今でも見ているだけで心の奥底を搔きむしられるような彼女の姿から眼を逸らしたいと本能が言う。込み上げる吐き気はそれ以上私の口を開くべきではないと突きつけるようで、けれども私は彼女と会話を続けざるを得ないのです。彼女がこの事件の元凶であることは間違いがないのですから。


「私は何もしていませんよ。魔法なんて使ってません、何かをしろだなんて命じてません、能力なんてありません。あなたたちが愚かで、どうしようもなくて、ただ目についた存在と戦いたくなった乱暴者なだけです。」


 否定しなければならない言葉。けれど確かに彼女の言う通り彼女は何もしていないのでしょう。おそらく本当に魔法を使っているわけではないのでしょう。だから彼女の言葉は真っ赤な嘘なのに、真実になってしまうのです。


「大体誘導ってなんですかぁ?誘導されたくらいであなたたちは人を殺そうとするんですかぁ?人を意味もなく攻撃しようとするんですかぁ?そんな簡単に人を傷つけようとするだなんて頭おかしいんじゃないですかぁ?」


 嘲るようで、けれどもその奥にどこか怒りを滲ませるような声。脳をガンガンと揺らしながら、けれどもどこか力なくすり抜けていくような不思議な感覚。


「悪いのはあなたたちです。悪いのはあなたたちです。悪いのはあなたたちです。私じゃあない。私じゃないんですよぉ?」


 足元が崩れていく錯覚。ただの、それなりに整った容姿の、普通の、未成年の、はずなのに。目の前のソレは、どうしようもなく悍ましい。直視に堪えないとすら思うほどに。


「だからほら、さっさと無様に跪いてくださいよ。諦めてくださいよ。あなたも、あなたが使っているこの鎖も。立っている意味なんて何もないんですから。ほら、早く。」


 ジャラリという音がしてついに彼女を縛っていた鎖が外れました。私を支え、あるいは釣り上げている鎖もまた少しずつ緩み始めています。ずっと頑張ってくれていた不幸の連鎖がついに彼女の圧力に耐えられなくなったのです。


 視界はもはや定まらずにぐるぐると回転し、どこか遠いところからキーンというひどく高い耳鳴りが聞こえます。身体はどんどん沈み込むように重くなり、叫び出しそうな恐怖とも怒りとも言えない感情が足元から突き上げるように湧いてきます。


 けれど彼女から眼を逸らしてはいけません。彼女という存在を攻略するためには、彼女という存在を理解するためには、彼女という存在に一矢報いるためには、彼女の悍ましさから眼を逸らしてはいけないのです。きっとそれが、この場における()()()なのですから。彼女のようにどうしようもなく昏く嗤って、私の人生に更なる汚点を加えましょう。




「――――分かりました。」

「えっ?」




 意味が分からないのかきょとんとする彼女に、私は口を開きます。


「あなたの主張を諦める(受け入れる)と言ったのですよ。間違え(認め)ますとも、あなたは悪くない。悪いのは全部私で構いません。」

「……なら早く離してくださいよ。私にもう用事はないはずですよね?」


 私の意思に呼応してもう一度彼女の反対側の手首に巻き付いてくださった鎖へと、湧き上がってきた魔力を注ぎます。もしかしたら何か大切なものを削っているのかもしれませんが、しかしこの場においてそれはむしろ正しくない(肯定材料)とさえ言えるでしょう。


「いえいえ、もう少しお付き合いくださいな。」

「あっ!?」


 鎖が彼女の足にも結び付き、跳ね上げるように扉から彼女を巻き上げます。天井から生えてきた鎖が空いていた腕を、床から生えてきた鎖が空いていた足を掴みました。


「このっ……何のつもりですか?」

「何って続きですよ、続き。」

「続きって、まさか……」

「えぇ、私はあなたの仰る通り、私は人を簡単に傷つけようとする頭のおかしい人間ですから。」


 こちらを睨みつける彼女に私は心からの笑みを浮かべました。鎖が、不幸の連鎖が上下左右教室の至る所から伸びていき、私の掌の上の空間で絡まり一つの大きな球へと膨らんでいきます。


 えぇ、そうですわよね。彼女にぶつける不幸と言うのならば、私に限ることなんてありません。この教室で争い、倒し合った彼等の不幸もまた連鎖して襲うべきなのです。


「ほ、本気で言ってるんですか……?あなた身なりからして裕福な家庭の人でしょう!?こんなことしてただで済むとでも!?人生を棒に振るリスクを考えたらどうですか!?」

「あらら、冷や汗が出ましたわね。人を陥れるのには慣れていても人に襲われるのには慣れていないのですか?―――自分を被害者から外せるだなんて本当に厄介なこと。」


 全くおかしなことを言うものですわね、ただで済むか、だなんて。あなたに惑わされた時点で手遅れでしょうに。それに棒に振れるほど私の人生なんて上等なものではないですわよ?


「だから能力なんてないって――――」

「ああ、大丈夫ですわよ?独り言ですもの。あなたの主張を否定するつもりはありませんわ。」


 絡み合った鎖の珠はその直径が私の身長よりも大きく膨れ上がりました。教室一つを巻き込んだ事件なのですから当然と言えば当然ですけれど、一体何kgになるのでしょうね?


「それから独り言ついでにもうひとつ。デバイスを持っているなら電源をオンにすることをお勧めしますわ。それだけで緊急時にはエナジーアーマーが起動することになっていますもの。……ああ失礼、両手がふさがっていましたわね。」


 自身の内ポケットの辺り、おそらくは閉まっていたデバイスへと焦るように視線を向ける彼女。拘束から逃れようとする行いは、ただ両手足の鎖を楽器に変えるだけ。和音を響かせようとでも言うのかじゃらじゃらと音を鳴らしながら鎖球が後ろへと下がります。無論演奏会をするためではなく、威力を上げようと助走をつけるために。



「待っ――――――」

「――――――――ごきげんよう。」



 勢いを付けた金属の球体が彼女にめり込みを押しつぶすのを眺めながら、そこから漏れ出る悲鳴に心を震わせながら、私は笑顔で意識を手放しました。……少し無理をしすぎましたかしら?


これで唐突に始まった長いバトルは終了。

次回からはまた普通の学園生活に戻ります。

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