第十一話 きっと彼女とは出会うべきでなかった4
なんやかんやいろんなのに浮気しているうちに時間が過ぎておりました(汗)
「……これでめでたしめでたし、だったらよかったのですけれど。」
「全くだ。」
砕かれたゴーレムだった残骸を眺めながら溜息。目の前の銃剣を手に持つ彼もまた顔をしかめています。
「浮付きは多少残っていますが恐怖はもうありません。あなたに対しても憎しみなんてものもありません。けれど……」
「ああ、分かっているさ。それでも――――目の前の相手に勝たないといけないという想いが消えてなくならない。」
そう、そうなのです。間違っていると分かっているのに、全て後ろでくすくすと嗤っているあの女の仕業だと分かっているのに、その行為に意味なんてないと分かっているのに、欲求が止められません。
勝ちたい、勝ちたいのです。例えスェマやコーア、リルカやキャロルじゃなくとも、例えそれで認めてほしかった人に認められることがもうないのだとしても、正式な場では何の役にも立たない不純な力だったとしても、私は誰かに、私が強いと思える誰かに、勝ちたいのです。勝たなければいけないのです。
「ふふっ、だったら頑張らないといけませんよ。勝ちたいんですから、ねぇ?」
声が聞こえました。いえどうなのでしょう?余りにその声が透き通っていたので、もしかしたら私の幻聴なのかもしれません。けれどその声に導かれるように、声に導かれるのが自然なことのように、私は翼を広げ壁や椅子に鎖を伸ばし、自身を一気に加速させました。
「しっ!!」
満身創痍とは思えないほどに素早く駆けた私は前方の彼へと悪魔の血によって鋭利になった爪を向けました。
金属音。足音。銃声。
けれど私が放った一撃は、銃剣の先端部とぶつかりあってキンという音を鳴らすだけに終わります。反対に腕力の差で一歩後ろへと下がった彼の放った魔力の弾丸は私の左肩を打ち抜きました。
「っ――残念、今の私には再生力だってあるんですわよ!!」
けれど銃弾で傷つく体積というのはそう多くはありません。脳であったり、心臓であったりという急所を打ち抜かなければ今の私にとっては有効打にはならないのです。痛みという名の警報を頭の隅に追いやりながら私は教室を駆けもう一度彼へと追い縋ります。
今の私にとって多少の被弾は許容範囲。死ぬ前にあちらのエナジーアーマーを減らしきればそれで勝利できるでしょう。表示されているエナジーアーマーの残量は3割弱、決して削り切れない数値ではありません。
「鬼ごっこはお得意かしら!?」
「逃げるのは苦手だなぁ!!『妄念の刃は魔力を糧に膨れ上がる』!!」
いつの間にか私の身体から生えてくるようになった不幸の連鎖の先端を6本まとめて前へと伸ばします。これは拘束して勝負を決めようということもありますが、避けようとすれば大きく距離を取らなければいけなくなり壁際に追い詰められるだろうと思ったのもありました。
けれど彼が選んだのは前進。大きく私の左前へと跳躍することで伸びた鎖の方向を一つに絞り、それを肥大化させた魔力の刃で叩き落してこちらへと進んできます。狙いは恐らく心臓への突きか首を刎ねることでしょう。
ならばこちらの取るべき手段は他の部分の肉を犠牲にしてでも致命傷を避けること。左手を前に伸ばし銃剣を迎えに行くようにしました。剣先さえ肉で止めれれば相手は攻撃手段を失うからです。けれど―――
「―――ここで方向を変えられるんですの!?」
私の目前へと踏み込んだ彼は、けれど私と武器が触れる直前で足の向きを私から見て右側へと回し、回り込むように私を躱し――――蹴り!?
「そんなぁっ!?」
突っかかる相手をなくし、腹部側面を蹴られたた私は左前へと体勢を大きく崩します。せめて相手の姿だけでも見えるようにしなければと首を回せば私の眼前へと迫る魔力刃。当然狙いは私の首でしょう。ここから助かる手段は――――――
「――まだっ、ありますわ!!」
切断される私の首が宙を浮きながら赤く小さな花弁へと変わっていきます。赤い薔薇の花弁は吹いていないはずの風に流されるかのように空気へと溶け解れ、首を離されたはずの胴体もまた同じように花弁へと変わりました。
「これは―――――――」
「成り代わりの薔薇ぁ!!ギリギリでしたが、発動が間に合ったようですわね!!」
不幸の連鎖によって無理矢理手元にやってきたからか、少し手に茨が刺さり私の血が滴り流れる薔薇を再度起動したデバイスの収納魔法の中へと仕舞いこみます。電源をオンの状態で投げ捨てたとはいえ、私の力では収納魔法の中に入った「成り代わりの薔薇」を発動させるのは間に合いませんでした。不幸の連鎖が望むものを取ってきてくださったがゆえの緊急回避です。
「さぁ、仕切り直しと行きましょうか!今度は簡単には避けさせませんわよ!」
距離を取り直して不幸の連鎖を10本ほど伸ばしま―――っとぉ!?私が鎖を伸ばすのと同時に私の胸に大きな衝撃と痛みが走りました。銃弾です。思わず血を吐きながら横に転がると、私の頭があった場所にも銃弾が通っていきました。……思ったよりも命中率が良いですわね。
「ちっ!」
けれどあちらも万全という訳ではなく、私が伸ばした不幸の連鎖を銃剣で叩き落しながら対応するも複数回被弾し、エナジーアーマーがガリガリと削れて行きます。痛み分けですわね。
血を吐きながらもう一度、急所が狙いづらくなるように今度は背を丸めるように立ち上がります。……大丈夫です、鼓動はあります。恐らくあたったのは心臓ではなく別の臓器だったのでしょう。ただそれでもきっと重要な器官に当たってしまったようですわね。穴そのものはもう塞がりましたが、まだ多少血が口の中に込み上げてきます。
ふらりと遠くなる意識を現実に寄せながら前へと駆けだします。銃撃がある以上遠距離戦よりはまだ近接戦の方が良いと判断してのことです。両腕に鎖を巻き付け、即席の籠手を作りながら私は彼へと迫ります。
彼の方でも逃げるのは得策ではないと考えたのか、もしくは遠距離戦は良くないと考えたのがこちらへ走ってきました。
金属音。
刃と籠手がぶつかり甲高い音色を響かせます。相手に攻撃を届かせようと両手の籠手を振るいながら、時折鎖を伸ばして相手を掴もうとします。
対して彼は近距離戦と言いつつもヒット&アウェイを繰り返し、私の死角へと回り込もうとしています。放たれる斬撃は私の一部を傷つけはするものの悪魔由来の再生力や天井の魔法陣の力によって対処はできます。ただそれゆえに彼は銃弾を織り交ぜたり、首を刎ねようとしてくるのです。っと、今のは遅かったら頬だけではすみませんでしたわね。
「(ちっ、やはりですか……!)」
予想通りというべきか、時折放つ鎖がエナジーアーマーを削ることこそあるものの、私が振るう攻撃は全くあちらに当たりません。身体能力はこちらの方が上なのに、です。
理由は技量とリーチの差でしょうね。恐らくですが、あちらはきちんとした近接戦闘の訓練を受けたことがあるのでしょう。私も昔習っていたことはありますが、それはあくまで剣術でしたし、あまり出来がいいものでもありませんでした。今の習うことすらやめてしまった私が簡単にあしらわれるのは当然のことでしょう。
「―――けれど諦める理由にはなりませんわよね!!」
「っ!?」
私の両腕の鎖が一気に広がり、彼へと殺到します。同時に私自身も大きく前へと踏み出しました。
「『不幸からは逃れられない』!!捕まえますわよ!!!」
「(後退……いや間に合わないかっ)だったら!!『怨念の刃は喉元へと喰らいつく』!!!」
お互いに即興の詠唱によって攻撃が誘導され相対する相手へと向かいます。私の首へと勢いを増して迫る刃。彼の身体の手足や首へと絡まりつつある鎖。私の不幸の連鎖が彼の動きを止めるのが先か、彼の刃が私の首を両断するのが先か。
この局面においてもはや新たに打てる手段はありません。必要なのはただ鎖へと魔力を供給し続けることだけ。あなたならもっと早く動けるのだと信じ力を注ぐだけです。
「――――さぁ、これで決着ですよ。力を振り絞ってくださいね。」
声が聞こえた。心の底を浸食してこようとする声です。私を奈落へと導こうとする声です。私の中に眠っている何かを呼び起こそうとする声です。けれどどうしてか受け入れたくなるような声でした。
しかしどんな声が聞こえたのだとしても信じて鎖に力を注げばいいということは変わりません。私はただ力を注げばいいのです。命も血も名も全てを薪へと変えて、ただただ不幸を、私の傷を、私の膿を連鎖させればいいのです。どこまでも、どこまでも。
私の身体中を巡っていた悪魔の力がなくなりました。注いだからです。私の中の魔力が空になりました。注いだからです。私の身体を支えていた気力と体力がなくなりました。注いだからです。
私の首筋に触れた刃が少しずつ私の首の肉を裂こうとしてきます、けれど問題ありません。だって私は生きたいのではなくただ死ぬのが怖かっただけなのですから。その恐怖も優しい声によって取り払われたのならば、私は勝利を掴むという目的だけのために前を向くことができます。
目の前の、結局名前も聞かなかった彼のエナジーアーマーが尽きようとしています。私の首が刎ねられるよりも早くそれを為せばいいのです。さぁ、速く、速く。今度こそ、今度こそ私は勝ちたいのですから。勝たないと私を許せないのですから。
けれどそれは目の前の彼もそうなのでしょう。必死の形相で睨むようにこちらを向いています。込められる魔力がどんどんと強まって、魔力の刃がその強靭性を増していきました。その瞳には明確な殺意と、そしておそらくは後悔の色が浮かんでいます。きっとこの戦いに関してではないでしょう、彼の過去に何かがあって、その時果たせなかった勝利を私のように今求めているのでしょう。
「けれど負けませんわ!!勝利は私こそが掴むのですから!!」
「う……おぉおおおおおぉぉぉぉ!!!」
お互い力を注ぎすぎたが故の均衡か、それともただ死に瀕した私の意識がいつもよりも集中力を増しているのかは分かりませんが、妙にゆっくりと進んでいくように感じられる攻防の中で私は力を振り絞ります。けれどもあちらも同様に力をどんどんと込めています。すでに腕にも銃剣にも鎖は巻き付いているというのに私の首を両断せんとその腕力も魔力も上昇しています。
「トウドー、サトウ、ナカヤマァ、俺に力を貸してくれぇぇぇぇ!!!」
「私は、証明しなければならないんですよ、私の価値を!!!私が生きていて良いのだという理由を!!!」
あと少し、あと少しなのです。刃を止めようとする鎖から魔力の衝突による火花が飛ぶのを見ながら、重い身体を鎖によって動かしてもらい、一歩踏み出しました。なけなしの力を振り絞り、右腕を彼の頭へ向かって伸ばします。首の痛みは危険信号を発し続けていますが、しかし、これで―――――――
「――――は?」
次の瞬間、急に彼の力が失われ不幸の連鎖が彼をこれ以上なく締め付けてあっさりとエナジーアーマーの安全装置を発動させました。吹き飛ばされる鎖と彼を見ながら、けれど呆然と立ち尽くします。
私が勝った訳ではありません。私なんかが勝てるはずはありません。今までだってこれからだって、どんなに勝ちたいと思っても本当は私がちゃんと勝てるはずはないなんてことは分かっているのです。
だからこれは私の力ではなく彼が最後の瞬間意図的に力を緩めたのでしょう。私は見ました、最後の一瞬だけ彼の眉間の皴が解れたのを。彼の瞳から殺意が消えたのを。
「あぁ……あぁぁ…………」
何故そんなことをしたのか、決まっています。こんな戦いに意味はないからです。彼が最後に挙げた名前はきっと、彼にとって何等かの大切な人だったのでしょう。名前すら知らない彼にどういうことがあったかなんて私には分かりません。
けれど大切な誰かの名前を呼び、魔力を自身の魂の根源から引き出そうとしたがゆえにこそ、この場における戦いが、今もこちらを向いてあの嘲笑を浮かべているであろう女によって引き起こされた何の意味もないものであることを思い出せたのでしょう。その支配から抜けることができたのでしょう。
視線を向ければ気絶した彼にはどこかほっとしたような安堵の表情がありました。ああ、やっぱり。私は彼女に踊らされ、ただ目前の与えられた勝利に飛びつき、彼は支配に打ち勝つことで真の勝利を手に入れたのです。いえ、もしかしたら私なんかと違ってずっと支配に勝利しようと抗っていたのかもしれません。
「とんだ、ピエロですわね。」
私は結局勝つことなんてできないのだと、ただ踊らされ無様に醜態を晒すのがお似合いなのだと、立ち続ける力さえなくなって床に倒れながら実感します。頬を伝って床の冷たさが私へと伝わり、脳と身体を興奮から冷やしていきます。
首から流れる血も天井の魔法陣からの治癒魔法が止めてしまいました。けれど力が戻るわけでもなく、「もう十分」なんて顔をしたあの女が後ろへ、出口の方へ向くのを、私はただ見つめることになるのでした。
次回、決着編です。




