・
オルカにはこれが精一杯の譲歩案だ。まだ何か言われるだろうかと俯いていると、椅子の引かれる音がしてそれに怯えた彼女を見たコリストスが苦笑する。
「臆病なのは変わらないね、また様子見に来るよオルカ」
「悪かったな、いきなり呼び出して」
「構わないよ、娘の元気な姿も見られたし」
扉の開閉する音が聞こえて、ようやく顔を上げる。何とも言えない表情のクラウスと視線がかち合った。
「叔父様と仲良いのね」
「色々あるんだ」
「ありがとう、クラウス」
「会議もうすぐだぞ。さっさと準備しろ」
紅茶のカップやらポットやらを片付けながら、オルカは謝辞を述べる。返って来たのは相変わらずの無愛想な返事だったが、気にしない。
ベールを取りに片付け忘れた仕切りの向こうに入ると、言い忘れたとクラウスが言葉を続けた。
「その敬語遣い、辞めた方がいい」
「どうしてですか?」
「姫様は、初対面と上流貴族以外には敬語を使わない」
要はするに、鍵姫になりきるのならそれらしくしろということか。鍵姫が入れ替わっていることを知るのは、三人だけと聞いていたから当然、上流貴族も王族もそれを知らない。この事がばれてしまえば、国中大騒ぎどころか大混乱になりかねない。
劇場の役者や、移動の雑技団のようにやりきらないといけない。オルカは、覚悟を決めてベールを被った。
「あちらの席へどうぞ、姫様」
「ありがとう」
恭しく椅子を引かれて、そこに座る。会議場に到着した途端クラウスの態度が打って変わって、鍵姫に従う騎士そのもののようだった。
「姫様、今日はお早いのですね!」
「こんにちわ」
どこでもいい、隠れたい。
次から次へと入ってくる沢山の上流貴族達と挨拶を交わしながら、オルカは思う。唯一の救いは、ベールで顔が隠れているから、どんな表情をしていてもばれないこと。しばらくして、コリストスと国王が入ってきて会議は始まった。
「この案件なのですが、資料をみて頂けますか?」
早速、オルカも渡されていた紙を見る。手書きのそれは、他国との貿易に関する案件だ。貿易船を増やすか規制するか、そんな内容らしい。
「これ以上増やせば、裏での取引も増える一方だ」
「だからと言ってこれ以上規制を掛けるのはいかがなものか」
「これは......」
渡されていた資料を捲りながら、オルカは小さく呟いた。何処かで見たことがあると思った。そして、どちらを選んだ方が最善策かと言う答えも出ている。
「姫様は如何お考えか?」
「わたしは、規制するべきかと」
しんと辺りが静まりかえる。元々会議なんて言うものは、貴族達の時間潰しの戯れにしか過ぎない。最終決定権は、鍵姫が持つのだから。
何か不味い事でも言ってしまったか、と後ろに控えるクラウスを見上げるも彼の無表情からは何も読み取れない。
この状況逃げたくなってしまうけれど、そこを堪えてオルカは顔を上げた。
今の鍵姫は、自分しかいない。
「資料を見せていただきました。これ以上の貿易拡大は、危険ではないかとわたしは思います」
この国は三国と取引しているらしい。ここで拡大すれば裏取引の規制が難しくなり、返って無法地帯にしてしまうだけだ。
自分の考えを示し終えたオルカは、そのまま資料を纏めて片付けてしまう。
「どうかされましたか?」
「いえ、姫様がそう仰るのならこの案は否決で」
あっという間に会議は幕を閉じたのだが、貴族達は何か腑に落ちないようだった。用事は済んだと立ち上がったオルカは、後ろにクラウスを従える形で会議場を出た。




