・
そう言うオルカの顔は、どこか儚さを感じさせる。それを見たクラウスは、何も言わず背もたれに使っていた椅子を引いて座った。
「だから、暇な時は話し相手になってくださいね」
「暇だったらな」
壁に向き合うような姿勢で机に向かいながらクラウスは無愛想に言う。引き出しから何やら紙を取り出して書き物をする、一連の動作をオルカは机の近くの大きなテーブルから眺めていた。
「と、言うわけで暇ですか?」
「暇じゃない」
「お仕事ですか?」
「始末書」
面倒そうに返され、仕方なく頬杖をつきながらクラウスの作業を眺めることにする。始末書ということは、シュバルツが言っていた"鍵姫の視察"の事だろうか。身代わりの件は口外出来ないだろうから、などと色々考えているとつい気になってしまう。そして、作業をしている背中をみてふと思う。
「クラウス、それ書きにくくないですか?」
「何が?」
「そんなにかっちり着込まなくても。上着くらい脱いだらどうですか?」
夏も近いというのに、と思ったが故のオルカの言葉だったのだが、本人は平気だと言う。さすが、忍耐力が人並み以上なのか。感心しているオルカを他所にクラウスは、書き終わったらしく紙を纏め立ち上がる。
「この部屋から一歩も出るな」
「わかりました」
軽く返事を返したオルカは、扉が閉められ靴音が遠ざかっていくのをぼんやりと聞き流していた。どのくらい経ったか、気がつけば外は暗くなっていてきちんと寝台に寝かされいることに驚く。部屋の扉側に目を向ければ仕切りが塞いでいてペンを走らせる音だけが聞こえていた。仕切りを片付けると、物音に気付いたらしいクラウスがこちらを向いた。
「ごめんなさい、お手数をかけしてみたいで」
「本当だな」
「また、始末書ですか?」
「そう何枚もあってたまるか」
机の上に乗せられた燭台が、不安定に揺れる。クラウス自身も資料にまみれて書きにくそうだからと、燭台を取り上げ一番明るくなりそうな位置に自身の腕を固定する。少し驚いた顔をした彼だったがすぐに作業に没頭する。
「終わったら言ってくださいね」
「別にそんなことしなくてもいい」
「そのうち資料に引火しても困ります」
「夕飯冷めるぞ」
クラウスの言葉にオルカは何気なくテーブルを振り返る。見れば、パンやスープやらがまだ湯気を残して置かれている。視線を戻したオルカは、微笑んでみせた。
「冷めた夕食はいつもの事ですから、お気遣いなく。クラウスはもう食べたのですか?」
「そのうち」
「では、ぜひご一緒させてください。ひとりは味気ないものですから」
何気ないオルカの一言にクラウスの作業の手が止まる。しかしその手はすぐに動いて作業が再開する。
「お前、似てるな」
「セリス様にですか?それはセリス様本人にも言われました」
「違う、お前の知らない人」
作業をするクラウスの手が片付けを始め今度こそ燭台をテーブルに移動させる。料理は冷めてしまっていたけれど、どれも今まで食べていたものより質がよく美味しいと感じたのは確かだった。
「お前、本当に庶民出身なのか」
「よく聞かれます。どうしてって聞き返すと、言葉遣いも所作も丁寧だからって言われるのですよね」
オルカの所作を見たクラウスに尋ねられ、その先の質問も予想済みで彼女は相手の答えまで先回りする。先を越されたクラウスは、スープの皿を移動させてパンをちぎった。
「幼少期を貴族の養子として過ごしただけです」
「貴族の養子」
「えぇ、向こうにもお子さん居ましたしすぐ出て行きましたけど」




