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「身代わりが来たんだ、問題ないだろ」
まだ何か言いたげなシュバルツを腕で制したクラウスに睨まれオルカは思いがけず怯んだ。とにかく、相手に失礼にならないようにとベールを外す。小さな音を立てて外されたベールは、ゆっくりと芝生を転がった。
「この子、本当に身代わり?」
「姫様の目は翠だ」
「それじゃまるで偽物と本物が入れ替わったみたいじゃ」
「姫様に前世の記憶なんか無かったよ、本人がよく言ってた」
"鍵姫"は、この地に生命を宿した女神の生まれ変わりとされる、王族に一人しか生まれない稀有な存在。前世の記憶を持ち合わせる鍵姫がその名の通り女性に限られてしまう為、神秘性はかなり増す。今では、鍵姫と言えば国の政に口出しすることも出来るし、教会でも祀りあげられている存在だ。その容姿も黒髪に夜色の瞳と決まっていて、オルカが鍵姫の容姿そのものだ。
「この子が本物の鍵姫?」
「わたしはそんなじゃないです。前世の記憶なんて無いですし、出身は庶民ですから」
「姫様も凄いの見つけてきたな」
「話はそっちじゃない。何故お前が姫様の身代わりで来たのかだ」
驚き関心するシュバルツを他所にクラウスが、短刀の存在を仄めかす。慌ててセリスと出会った所から身代わりになった所まで話す。すると短刀がクラウスの懐に戻され、彼は何処かへ歩いていく。ぽかんとしていたオルカは、シュバルツに背中を押され我に返った。
「ついて行って、もう何もされないから」
「え?わかりました?」
「大丈夫、さっきのはクラウスなりの身元確認だから」
驚かせてごめんね、と手を振って去っていくシュバルツを見送ったオルカは、手早くベールを被りクラウスの後を追う。
確かに話の流れからして、上手く逃したはずのセリスが何処かで捕らえられ、身代わりとして来たのが敵だったりしたら、それは死活問題だ。
「あの、わたしオルカって言います。よろしくお願いしますね、クラウス」
「お前の名前はどうでもいい。どうせ、姫様の身代わりなんだ」
「では、公的な場合を除いてそれ以外は、オルカって呼んでくださいね」
「今の話聞いてたか?」
噛み合わない会話をしながら、王宮内を歩くとそれだけで圧倒される。上から下まで全てが初めて見る世界だ。使用人達とすれ違うようになってからは会話も無く、本物の鍵姫と騎士のようだった。やがて部屋に着いたらしく、クラウスが扉を開けた。
「この仕切りは何ですか?」
「そこから向こう、お前が居るべき場所」
「ここから扉までは?」
「使用人達が世話焼く場所」
鍵姫の扱いとは、そんなに大袈裟なのか。ベールを外しながら、オルカは仕切りを小さく動かす。
「これ必要ですか?」
「迷信が根強いだけ」
「素顔を見られると前世の記憶が消えるとか、存在自体が消えるとかでしたっけ?」
何の興味も無さそうなクラウスの声音を聞き流し、オルカは仕切りを横にずらして片付ける。ベールを外して片付けて顔を上げると、そこには呆然とした顔のクラウスが居た。
「どうかしましたか?」
「仕切り元に戻せ」
「わたしは鍵姫の偽物ですし、消えたりしないので問題はないでしょう?」
「お前、殆ど俺がこの部屋に居るのを知っても言うか?」
そういえば、クラウスは鍵姫専属騎士とか言われていたっけ。そんなことをぼんやりと思い出し、殆どの意味を考える。つまりは、朝から晩まで彼が何か特別な事情で抜けない限り。少しずつ現実味を帯びてきたあれこれが、オルカの頭に浮かぶ。
「それってつまり、そういうことですよね?」
「俺からはこれ以上何も言わない」
目の前で頭を抱えたクラウスを見たオルカは、そっと仕切りを元の半分くらい戻す。それでも、一人でいる感覚に陥るのは嫌なオルカは、やっぱり仕切りを片付けた。
「必要な時以外は、こうしておきます」
「そうか」
「ベールも使いません。誰かが近くに居るって分かってて、でもこんな仕切りで区切って声だけのやり取りなんて嫌ですから」




