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外に控えていたシュバルツの素っ頓狂な声に、オルカはびくりと震える。午後までに気持ちを整理しようとしていたのに、これではそれどころか更に纏まらなくなってしまう。
「姫様の専属騎士に戻る」
「え、でも午前中は使者の人達の警護に当たってんじゃないの?」
「無理言って外してもらった」
「今回そんなに姫様と離れるのが嫌だったの?」
どこか焦ったような様子でクラウスが言うのを、シュバルツがからかい口調で笑う。いつもならあっさり受け入れてしまうのだが、今はまだクラウスと一緒に居たくない。
オルカは顔を上げた。
「そういう事らしいから、姫様」
「クラウス、警護に戻りなさい」
いつもと違う口調になったオルカに、外の二人が固まったのが分かった。幸い、周りは談笑していてこのことに気づいてはいない。
「無理してわたしの方に来る必要はないわ。押し付けも期待も要らない」
「どうしたの、姫様急に」
「他の方もきっと困っているはずよ。当初の予定通り、警護に当たりなさい」
そこまで言ったオルカは、唇をきつく噛みしめる。口内に鉄の味がじわりと広がったが、そんなことに構っていられなかった。唇を噛む力を緩めたら、涙が溢れてしまいそうだったから。
クラウスが離れていく気配がして、ようやくオルカは唇の力を抜いた。
「何かあったの、姫様?」
「何もないわ?」
朝食会の後の見送りも終えて移動していると、不意にシュバルツに尋ねられたが、普段通りを装う。ここ二日は、ベールの有り難さが身に染みて分かる気がする。
部屋の前まで着くと、仕事が終わったとばかりに立ち去っていく。クラウスも仕事でしか見ていないのだろうか。
「来てやったわよ、オルカ」
「リスタ」
とりあえず、リスタを部屋に入れ常備されている紅茶を淹れる。
ベールを外すとリスタが驚くのが目に入った。それはそうだろう、オルカ自身も酷い顔をしていると思う。
「どうかされて?」
「分からないの、何もかも全てが」
リスタと話してから後のことをオルカは全て話した。それを聞いたリスタは、無言で立ち上がり勢いよくオルカの頬を引っ叩いた。
「そんなことで鍵姫辞めようなんて不謹慎にも程があるわ!」
「でも、わたし」
「好きなら好きでいいじゃない。鍵姫としての感情とオルカ自身の感情は、別物でしょう?」
それが好きという感情なのだと、頰のじわりとした痛みと共にオルカは初めて自覚した。そしてそれが恋なのだとも。
苦しいのは当然の感情で、期待してしまうのも当たり前だという。リスタの言う通り、鍵姫としての感情とオルカ自身の感情として分けてしまえば、難しいことではなかった。
もしかしたら、誰かが話を聞いてくれるのを待っていたのかもしれない。
「言わぬが花、よ。頃合いまで胸に秘めておくのが一番なんだから」
「ありがとうリスタ」
リスタが出て行った後、片付けをしている間にクラウスが戻ってくる。
いつも通りにテーブルで資料を読んでいると、目の前に箱が差し出されてオルカはキョトンとする。
「ケーキ」
「ケーキ?どうしたの、急に」
「別に。気分だ」
「今取り分けるわね」
箱を開くとカットの大きいそれが姿を見せる。厚さもあって美味しそうだ。
「クラウス、朝はごめんなさい」
「疲れてたんだろ」
「怒っていないの?」
「怒ってたら買ってくるかよ」
そっぽを向いたクラウスにオルカは笑みを零す。ケーキを取り分けながら、思うのはただひとつ。
あぁ、彼を好きになってしまった。




